「世界はまだまだ広い」。平川真子がWRC女性選手育成キャンプで可能性を実感。兄・亮からのメッセージも
2024年9月25日(水)12時31分 AUTOSPORT web
「これからは、ちょっとやそっとのことがあっても乗り越えられるような気がします」
明るい声音でそう語るのは、全日本ラリー選手権やKYOJO CUPで走る平川真子。その活躍が認められた平川は、WRC世界ラリー選手権が行う『ビヨンド・ラリー女性ドライバー育成プログラム』に日本でただひとり選出され、ポーランドにあるラリーの名門チームMスポーツの本社にて、9月16日から18日まで3日間のトレーニングキャンプに参加した。
このトレーニングキャンプは、第12戦セントラル・ヨーロピアン・ラリー(CER)への出走権をかけた審査を目的としたもので、参加した15人のなかから3人が選抜される。その出走権は、惜しくも他の選手の手に渡ったが、平川にはその結果よりも多くの貴重な経験からくるポジティブな記憶が刻まれたようだ。
帰国直後の平川に、WRCとしても初の試みとなったトレーニングキャンプの内容や、初の海外ラリー経験で感じた手応えなどを聞いた。
■一瞬泣きそうになったり。キャンプは初日から大忙し
まずは、帰国直後の平川にトレーニングキャンプの率直な感想を聞く。
「一番の感想はやっぱり『楽しかった』です。あと、今回のプログラムのタイトルである『ビヨンドラリー』という意味がすごくわかるトレーニングキャンプで、私もそれが実践できたと思います」
開口一番のポジティブな言葉には、自身の成長を実感している様子が感じられる。キャンプに向かう前は、「不安と緊張が半々だった」というが、行きの飛行機から偶然にも“トレーニング”は始まっていたという。
「飛行機がドイツで乗り換えでしたが、ポーランドへの便が翌日に変更になり、荷物もない状態で一泊過ごさなきゃいけなくなりました。英語も苦手ですし、そんなトラブルもありながらですごく大変でした」
「キャンプに参加するみなさんとの初めましての会がディナーの場で、他に日本人はひとりもいない状況でした。今回は自分で頑張っていきたいという思いがあったので、通訳の方もいませんでした。それでも少し心細くて、一瞬泣きそうになったりもしましたが何とか耐えて、気合と笑顔で乗り切りました」
いきなりのアクシデントやコミュニケーションの難しい状況の中、14人のライバルを含む各面々と合流した平川は、ついに翌日から3日間のキャンプに臨んだ。
15人のドライバーは3日間、実績のあるドライバー/コドライバーやFIAメンバー、WRCプロモーターらに評価され、その評価を元にWRCの出場権が3人に与えられる。運転技術はもちろん、体力量やクルマへの知識、メディアへのアピール力までを審査するべく各プログラムが進められていった。
「1日目は、シャトルランや体幹のトレーニングといった体力テストと、メカニカルに関しての筆記テストがあり、実技ではタイヤ交換のスピードやシートベルトの脱着を含めた乗り降りのスピードを測かるといった基本的なテストがありました」
「その後に『みんなが応援したくなるようなドライバーになるには人間的にどのような成長が大事なのか』という自己PRについても学びました。実際に聞かれたことに対して自分が思うことをアピールするプログラムもあったのですが、私は翻訳機を使いながらでした……そこはあまりポイントを稼げなかったなと思います」
初日は基礎能力を測るプログラムに取り組んだ平川。アピールテストではあまり良い手応えが得られなかった様子だが、各選手の経歴は多岐に渡るため、座学が中心の一日目は当然、キャリアや文化の違いで14人それぞれの得意不得意が出たことだろう。そして二日目からは、いよいよ走行テストがスタートした。
■初めての4輪駆動にワクワク。ラリー3は「すごく乗りやすい」
キャンプの折り返しとなる2日目は、ターマック(舗装路)のテストが実施。15人の参加者が、2台のフォード・フィエスタラリー3を交代で乗りながらタイムアタックを行っていく。
「2日目はターマックのショートサーキットを走るテストで、3周を確認で走ってから、5周のタイムアタックのような感じでした」
「私自身、左ハンドルも四輪駆動も乗るのが初めてだったので、『大丈夫かな』と思いながらでしたが、意外と左ハンドルでの操作は気にならなくて、もう純粋に四輪駆動を楽しみながら走ることができました」
「今回は、隣にプロドライバーが乗って審査してもらったのですが、『ブレーキングやシフトチェンジがアグレッシブでとても良かった』とコメントをいただいて、素直に嬉しかったです」
ラリー3マシンの良さを感じながら走行ができた、と語る平川の口調はかなり明るい。KYOJOでの経験も豊富な分、ターマックには自信があったというが、それでも「ピッチングがかなりあるクルマなので、動きすぎた感じはありました」と、課題もあった様子だ。
続く3日目は、今回のトレーニングキャンプの最終テストとなるグラベルの走行へと移る。
「約1キロの普通の道(グラベル)で、レッキも行いましたが走行時にノートを読んでもらうわけではなく、またプロのドライバーに同乗してもらって走るというかたちでした」
「ターマックでは走順が最後の方でしたが、この日は逆転して初めから2番目の出走でした。ステージはかなりの泥道で、ここまでドロドロの道は走ったことがないほどでした。それでもラリー3はよく動いてくれて、すごく乗りやすくて楽しかったです」
「最初に走ったのがフィンランドの選手(スビ・ユルキアイネン/WRC第12戦出走権の獲得者)で、プロの方にはその選手と同じように走れていたよと言われたのですが、みんな走っていくうちに路面も良くなっていったみたいでしたね」
こうして終えたトレーニングキャンプ。今回は、先述のユルキアイネン、ベルギーのリシア・ボーデ、ドイツのクレア・シューンボルンという3人が出走権を手にすることとなり、平川にとっての育成プログラムはここで終了することとなった。
■悔しさを超える成長の実感。戦友とふたりで散歩も
世界中から15人が一堂に会して競うという初の試みを終えた平川は、不選出の悔しさを感じつつも、どこか清々しさを感じている様子で心境の変化を語る。
「ひとりで海外でやっていくのは、日本でやるのとは全然違いましたし、これまですごくみんなに守られて、助けられてレースをしていたんだな、ということもすごく思いました。改めて、周りの方々に感謝の気持ちがより深まりました」
「これからはもう、ちょっとやそっとのことがあっても、乗り越えられるような気がします。もうなんか、全然世界は広いんだなと思いました」
「世界中の女性ドライバーが集まって、いろんな女子ならではの話だったり、ラリーの話だったりときには何かアドバイスをくれたりとかして、すごく楽しかったです。それも含めて、さらにラリーが大好きになったプロジェクトでした」
3人の選抜選手が発表された際には、それぞれがハグをしながら健闘を称え、近い未来での再会を誓ったという平川。そのなかでも、トレーニングを進めていくなかでひとりの戦友ができたのだという。
「一番の戦友はですね、(レバノンの)ジョアンナ・ハッスーンという選手です」
「英語を話せない私を気にかけてくれて、『大丈夫? 今の話は全部聞こえた?』みたいにすごく寄り添ってくれました。あとは、ディナーまでのフリータイムがあるときは、ふたりでポーランドの街に出かけたりもしたんです」
「ホテルの周辺を、話しながら歩くという普通の散歩な感じでしたが、私にとってはすごく印象的な時間でした」
さらに、競い合い、支え合った同志のほかにも、日本からはたくさんのメッセージが届いており、心細さもあったトレーニングキャンプ中の大事な支えとなっていた。
「出発する前からたくさんの方にメッセージいただいて、キャンプのときも『大丈夫?』と気にかけてくれた方もいました。なので、帰路ではもうみんなと早くコミュニケーション取りたくて、飛行機では機内Wi-Fiを買ったくらいです」
「家族からも、父親からは毎日メッセージがあって、『胸を張って帰国してください』という言葉をもらいました」
「兄の亮には、ちょっとコミュニケーションがあんまりできなかったから、そこが一番悔しいと伝えたら、『英語ができると絶対に世界が広がる』と。『せっかく友達もできたし、連絡を取って状況を話し合って、それで英語も勉強できたらすごくいいし、最高の環境だったね』と言ってくれました」
最後には、トレーニングキャンプで感じた課題と、これからのラリーやレースへの意気込みを言葉にし、声援をくれた多くのファンへの言葉とともに締めくくった。
「選ばれなかったときは非常に悔しかったのですが、私のなかでいろんなことをすべてやりきって、すっきりした感情がありました」
「やっぱり準備不足があったなことは感じましたが、課題もすごく明確に見えて。みんなが見えない努力をたくさんして、これまで悔しい想いをしてきていると思うので、日々の積み重ねが自分は足りていないなと感じました」
「世界はまだまだ広いので、自分の可能性を信じてもっともっと努力して、自分の夢を叶えられるように頑張りたいとすごく強く思っています。私はクルマを運転するのが大好きだと再認識しました。Beyond Rally, Fun to drive.もっともっと皆さんとラリーやレースを楽しみたいです。これからも応援よろしくお願いします!」
初のポーランドで14人の戦友としのぎを削り、確かな手ごたえと新たな熱意を得た様子の平川。2024年シーズンは九州の地区選手権でポイントリーダーとなっており、11月のラリージャパンにも全日本ラリーをともに戦うトクオワークスレーシングからの参戦するという。世界での挑戦を機にさらなる進展を夢見る彼女は、未来を切り開いていく殻破りの走りを見せてくれそうだ。
●Profile
平川真子(ひらかわまこ)1996年生まれ、広島県出身。
18歳からレーシングカートをはじめ、2018年にKYOJO CUPで四輪レースデビュー。2022年からは全日本ラリーにも参戦し、レーサーとしてキャリア7年目を戦っている。2024年KYOJOではつねにトップ5に入る走りを見せており、全日本ラリーでは第3戦久万高原ラリーでJN-5クラス4位入賞を果たすなど、着実に実力を伸ばしてきている選手のひとりだ。そして、現在WEC世界選手権でトヨタのレギュラードライバーとして戦い、F1ではマクラーレンのリザーブドライバーを務めている平川亮の妹でもある。
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