なでしこディオッサ出雲の愚行が日本サッカー界に落とす暗い影
2024年12月26日(木)16時0分 FOOTBALL TRIBE

島根県出雲市をホームとする、なでしこリーグ2部のディオッサ出雲FCは、MFラウラ・スペナザットとFWフェヘ・タイスのブラジル人2選手が、12月31日を以て契約満了に伴い退団すると発表した。
この2選手は今年11月6日、堺陽二監督やコーチらからセクハラやパワハラを受けたり、通訳を付けてもらえなかったりしたなどとして、リーグや日本サッカー協会に対し処分(一定期間のクラブの活動停止や関係者の処罰)などを求め、日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)に告発文を送っていた。
事の経緯を詳細や、考えられる問題について検証する。
告発の内容とクラブの対応
代理人弁護士によると、2選手は2022年8月の入団当初から練習や試合の際、堺監督からポルトガル語で男性器などを意味する性的な暴言を投げかけられたり、コーチ2人からも「こいつら分かってんの?」と嘲笑され、舌打ちされるなど侮辱的な言動を受けたとされている。さらに、練習や試合に帯同する通訳を手配する契約だったにも関わらず、その義務が果たされることはなかった。通訳は週1回しか付かず、監督らの指示が理解できないなどの支障が出たと訴えていた。
2選手は7月に心療内科で診察を受け、急性ストレス反応(うつ状態)と診断され、チームを離脱して通院を余儀なくされた。診断書には「監督からの圧力による影響が大」と記されたという。
この2選手は、告発文を送った11月6日に会見を開き、その際は「女性選手が心理的虐待や精神的健康上の問題に直面しているのは憂慮すべき」「試合に出られないことでメンタルが悪化する」と語った上で、「(解決すれば)クラブに残りたい」と訴えたものの、その願いが叶うことはなかった。
2選手の告発会見を受けクラブ側も会見を開き、運営法人である特定非営利活動法人ディオッサスポーツクラブの渡部稔理事長が、選手からの訴えに対する調査状況を説明。クラブは堺監督とコーチに対し、その後全選手も含め、ヒアリングを行った。
堺監督はクラブからのヒアリングに対し「(セクハラ発言は)言っていない」と話したものの、その後の弁護士を介したヒアリングでは「一部の発言はあったが、選手には言っていない。個人的に発したことはある」と遷移が見られた。また、通訳帯同義務の不履行については「通訳を探すのが難しかった」と渡部理事長が認め、1人当たり25万円の損害賠償をする意向だと語っていたようだ。
2選手の代理人弁護士は「今後の対応によっては訴訟も提起したい」と語る中、12月16日になって、クラブ側が「ハラスメントに相当する事実は認められなかった」との見解をホームページ上で明らかにした。これはクラブが委任した弁護士による第三者的な視点から調査した報告書が提出されたのを受け、発表されたものだ。
それによると、2選手が訴えているパワハラやセクハラなどについて「不適切な点はなかった」とする報告書の内容を支持するという表現で、ハラスメント行為自体を否定するものだった。この調査報告書はリーグ側に提出されるため、報告書の詳しい内容は公表しないとしている。
なお、通訳帯同の契約が果たされなかった事案については、クラブが落ち度を認めているため、報告書の対象外としている。クラブは今後の対応について「リーグにはクラブが把握している事実関係を可能な限り報告しており、事実調査に全面的に協力する」と話した。日本女子サッカーリーグもクラブによる調査とは別に2選手を含め、所属選手へのヒアリングを進めていた。
2選手の代理人弁護士はクラブ側のこの見解について「受け入れられない内容で、リーグの調査に協力する」と語っている。
禍根が残されたままでの退団劇
そんな中での2選手の契約満了は、要するに“クビ宣告”と言えよう。2022年8月にプロ契約で入団し、中心選手として活躍していたにも関わらずだ。契約満了通知は2選手本人ではなく、代理人弁護士に送付されたという。
スペナザットは「ディオッサ悲願のなでしこリーグ昇格という歴史的偉業達成に貢献した。ファンに感謝し、人として、プロとしての信念と人格を失わずに胸を張って去る」と語り、タイスも「明確な良心と、最後には必ず真実が現れるという確信を持って仕事を続ける。ファンの皆さんに感謝したい」などとクラブを通してコメントした。
これに対しクラブ側は「なでしこ参入のため、チームのために出雲でサッカーに取り組んでいただき感謝したい」と話しているが、禍根が残されたままでの退団劇には強烈な違和感を覚えざるを得ない。ディオッサ出雲は、2選手が告発会見を開いた11月6日から堺監督が活動を自粛していたが、わずか8日後の11月14日から復帰している。
11月23日の皇后杯2回戦(ヴィアマテラス宮崎戦/0-6)で敗れ、今2024シーズンを終えたディオッサ出雲。告発を受けた堺監督は「暴力だったり、言葉の暴力だったり、差別だったり国もそうですし、年齢もそうですし、すべてに差別のない、それはスポーツの一番の魅力だというふうに思っていますので、私は今もそして過去もこれからもしっかりと指導者として誠実に向き合っていきたいと思っています」と胸中を明かしたが、今となっては“どの口が…”という印象しか残らない。
12月23日に更新されたクラブ公式ブログでは、MF浅海早希の言葉でシーズン報告会の様子が写真と共に伝えられているが、当然ながら、告発した2選手の姿はなかった。

ジェンダーギャップ指数とスポーツ界は連動
問題はこの後だ。2選手の去就は未定だが、母国ブラジルに帰ったとしても、他の国のリーグに移籍したとしても、日本で味わった屈辱の日々をメディアを通じて告発する可能性があるだろう。また、弁護士を通じて国際サッカー連盟(FIFA)に被害を訴えたり、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴することも考えられる。我々日本人が考えるよりも、世界におけるジェンダーギャップに対する考え方は厳しい。
女子スポーツに関して国連の経済社会理事会の諮問資格を持ち、主要なスポーツ団体に提言を行っているウィメン・スポーツ・インターナショナル(WSI)は、2021年に発足した女子サッカーのWEリーグに対し、2024年9月の役員改選によって、現Jリーグチェアマンの野々村芳和氏がWEリーグ第3代チェアと兼任することになり、理事9名のうち女性が3人となったことで「女性役員の割合を40%以上とする」というガバナンスコードから外れたことを問題視した。
スポーツは社会の鏡という側面もある。社会のジェンダー格差(ジェンダーギャップ指数)と、スポーツ界は連動している。FIFA女子世界ランキング2位のスペイン女子代表だが、2024年のジェンダーギャップ指数ランキングではスペインは10位。FIFAランク3位のドイツ女子代表も、ドイツはジェンダーギャップ指数では7位にランクしておりいずれも高い。これは単なる偶然とは言えないだろう。
2011年のFIFA女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会での優勝以来、なでしこジャパン(日本女子代表)がタイトルから見放されてしまっているのも、世界一となったことで“現状維持”の道を選び、改革を怠ったツケではないのか。なお、日本は同ジェンダーギャップ指数ランキングで118位である。
ハラスメント行為や人種差別に対する世界標準
そもそも論になるが、サッカーに限らずスポーツ界はハラスメントが起こりやすい環境だ。監督の言うことに逆らったら、試合で使ってもらえないなどという人事権や裁量権のようなものが、どうしても集中してしまう。結果、ガバナンスが疎かとなり、このような問題が表面化するに至ったとは言えないだろうか。
現在、この問題について地元の山陰中央日報をはじめ、読売新聞や毎日新聞といった全国紙も積極的に報じている。しかし、日本を離れた2選手が海外メディアに告発すれば、その批判の矛先は日本サッカー協会(JFA)、および会長の宮本恒靖氏に向かうことになるだろう。そして、この問題が起きた際に何の動きを見せなかった協会と宮本会長を非難するだろう。加えて、FIFAが「問題アリ」と断じた際には、協会も何らかの形でディオッサ出雲への罰則を迫られることになる。
ディオッサ出雲の運営母体はNPO法人(特定非営利活動法人)だ。特定非営利活動促進法では法の規定に違反した場合、刑罰や行政罰が科せられ、50万円以下(あるいは20万円以下、10万円以下)の過料に処せられる。そして、改善が見られない場合は所轄庁から「認定取り消し処分」が科される。
そんな事態に発展すれば、「ハラスメント行為に端を発するクラブ解散」という前代未聞の事件を引き起こしかねない。“そんなオーバーな…”と感じるだろうが、世界標準ではそれくらいハラスメント行為や人種差別には厳しい姿勢で、根絶に臨んでいるのだ。
昨2023年、スペインサッカー連盟会長が、女子のW杯優勝選手にキスをして、批判され謝罪に追い込まれた。今回の件は、それと比べ物にならないくらいの重大な案件だ。告発した上に“クビ”になった2選手は「時限爆弾」を手にしたまま日本を後にすることになる。運営法人の渡部理事長と堺監督は枕を高くして眠れない日々が続くだろう。