<ここには隠しカメラがあるの>老人ホームの入居者が気づいていた秘密。知らないはずのことを知っていた施設長は笑顔を見せて…

2025年4月11日(金)6時30分 婦人公論.jp


(イメージ写真:stock.adobe.com)

高齢化が進む日本では、介護人材が不足しています。2022年度の介護職員の数は215万人ですが、厚生労働省は2026年度には240万人の介護職員が必要だと推計しています。『メータ—検針員テゲテゲ日記』の著者、川島徹さんは検針員生活の後、10年間老人ホームで夜勤者として働きました。その経験から、「老人ホームは人生最後の物語の場」と語ります。そこで今回は、川島さんの著書『家族は知らない真夜中の老人ホーム』から、一部引用、再編集してお届けします。

* * * * * * *

「気をつけてね」


西陵のグループホームを思い出した。

わたしが介護の夜勤の仕事を始めた最初の施設である。

「ここは、隠しカメラがあるからね。気をつけてね」

親しくなったスタッフの田端久美さんが教えてくれた。

入居者の杉山イネ子さんも気づいていた。

彼女はデイサービスに週2回しか参加しないので、施設長に嫌われていた。

その杉山さんはわたしが夜勤のときよく2階から下りてきた。

そして、片づけや朝食の下準備をしているわたしと話をしたが、その彼女がホールの物陰に座るのだった。

初めてのとき、「こちらに来て座ったら」と言ったら、ここには隠しカメラがあるの。施設長が見ているのよ」と声を潜めたのだった。

みんな気づいていた


隠しカメラがどこに設置してあるか、誰も知らなかった。

が、施設長の中島奈美さんが思いがけないことを口にすることがあったから、みんな気づいていたのだった。その場にいなければ知らないはずのことを、日曜日とか夜のことを、施設長の中島さんはそれとなく口にして注意してくることがあったのだ。

わたしも言われたことがあった。


『家族は知らない真夜中の老人ホーム』(著:川島徹/祥伝社)

「川島さん、杉山さんと仲良しね。でも夜は入居者の方をホールに下ろさないでくださいね」

あのときちょっと笑った施設長の中島さんの顔が、全部知っているのよ、と言っていたのだった。

そして「桃の里」では、過去に金庫からお金が盗まれたということだった。

わたしが「桃の里」で夜勤を始める前のことである。

事務所の金庫から5万円あまりのお金が盗まれたということだった。

今村浩子施設長が警察に被害届を出したことで犯人は自首した。

その当時の夜勤者で、しかも施設長の親戚の男性だったということである。

スタッフを家来のように


施設長がおかしなことを言ったことがあった。

冷蔵庫に電気代の張り紙が出される前のことで、夕方、施設長が「桃の里」に立ち寄ったときだった。

「川島さん、本田さんのベッドで、一緒に寝なさいよ」と言ったのだった。

本田健二さん、中堅の建設会社の部長だった人である。


(イメージ写真:stock.adobe.com)

かなりな認知症で目覚めているとき始終、誰かを自分のそばに呼びつけておかなければ気がすまない人だった。子どもみたいなかん高い声で「おーい、おーい」と声をあげる。誰かが付き添うまで声をあげていた。それでみんな手を焼いていたのだった。

夜中、何時であろうと目覚めたと思ったら「おーい、おーい」と夜勤者を呼びつける。そして「メガネ、メガネ」などと言うのである。メガネを捜せというのだった。

「何時だと思っているの、夜中の2時よ」

本田健二さんは子どものような声をあげて抗議しようとするが、「アー、アー」としか言えない。小柄な体で手を振って怒るのでサルのようである。この野郎ッ、と黙って見守る。すると、「そこ、そこ」などと言いだすのである。タンスの引出しをひとつずつ開けて確認しろというのだ。横柄で命令口調でスタッフを自分の家来のように使うのである。

会社にいるつもり


食事のときもいっ時も静かにしていない。

甲高い声で「おーい、おーい」とやる。

みそ汁にごみが入っているなどと言うのである。

「会社に居るつもりよ。あれで、社員をこき使っていたのよ」

配膳をしながら佐藤ヨシ子さんが言ったことがあった。

処方された精神安定剤も睡眠導入剤もなんの効果もなかった。

今村浩子施設長は、「これじゃ仕事にならないわね」と退居させる段取りを始めた。病院ならもっと強い薬を服用させることができるということで、家族と話し彼は退居させられた。精神病院に併設された施設に入居させられた。

思わず天井を見た


その傍ら施設長は空きベッドを作らないために、次の入居者探しも進めていた。提携している病院との取引があり、本田健二さんが退居し1週間もしないうちに坂本義輝さんが入ってきた。

「お天道さまがみごとだね。こうして今日もありがたいことだね」と、宗教めいたことを言い、夏の朝の太陽を拝んでいた人である。

そのたびにアルツハイマー型認知症の平山梅子さんが、「また始まった」といやな顔をするのだった。

ああしたときの今村施設長の判断、そして交渉力には頼もしいものがあった。その今村施設長がわたしに、本田健二さんと一緒に寝たらと言ったことがあった。

あのとき思わず天井を見た。

隠しカメラがある。

施設長はわたしがホールのソファで仮眠をとるのをカメラで見ていたのでは。そしてホールの冷房をつけっぱなしにしていると思ったのではないか。本田健二さんを気遣ったのではなく、冷房の電気代を心配していたのではないか。

※本稿は、『家族は知らない真夜中の老人ホーム』(祥伝社)の一部を再編集したものです。登場する人物および施設名はすべて仮名としています。個人を特定されないよう、記述の本質を損なわない範囲で性別・職業・年齢などを改変してあります。

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