ひとり暮らしの日々が映画となったもうすぐ105歳・石井哲代さん。小学校教師だった時に初めて受け持った生徒たちと80年ぶりに再会したら、なんと…

2025年4月18日(金)12時29分 婦人公論.jp


4月に105歳を迎える石井哲代さん/(c)「104歳、哲代さんのひとり暮らし」製作委員会

前向きな言葉と素敵な笑顔が人気を博し、102歳の時に出した本がベストセラーになった石井哲代さんは、4月に105歳を迎えます。そんな哲代さんのひとり暮らしの様子を追った映画が公開。4年にわたり取材した監督の山本和宏さんが哲代さんの魅力を語ります(構成:玉居子泰子 撮影:本社・武田裕介)

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<前編よりつづく>

長く生きていれば想定外の幸せが


哲代さんが102歳の年、施設に入居している妹の桃代さんのお見舞いについて行かせていただいた時のこと。

末っ子の桃代さんは哲代さんが7歳の時に生まれ、子守りを任されていたこともあって、哲代さんの愛情もひとしお。脳梗塞を患い、言葉が出ない桃代さんに、「ももちゃん、ももちゃん、お姉さんよ」と声をかけ、触れようと手を伸ばしていました。

コロナ禍で、アクリル板越しにしか話せなかった悔しさはいかばかりだったでしょう。それでも、「背中におぶって、ももちゃんとばっかり遊んだんじゃけぇなぁ」という哲代さんの言葉に、桃代さんは涙を流していました。

帰り道、桃代さんのひ孫に車椅子を押してもらいながら見せた、哲代さんの嬉しそうな笑顔は忘れられません。

お世話をする姪御さんたちを見ていると、決して「親戚だから」とか「やってあげている」という様子がありません。みんな哲代さんに会いたくて、心から力になりたいと思っているのが伝わります。

お子さんに恵まれなかった哲代さんは、「本家の嫁」として苦しさを感じていたそうです。しかし、こうして周囲の人に慕われるのは、哲代さんのお人柄だと思わされます。

小学校教師だった哲代さんが初めて担任を受け持った生徒さんたちの同窓会に招待され、80年ぶりに再会した時の哲代さんの喜びようも印象的でした。

太平洋戦争の真っ只中に尋常高等小学校の教師を務めた哲代さん。子どもを食べさせるのに精一杯だった時代で、哲代さんは親代わりとして世話をし、お漏らしした子の下着を洗ってあげることもあったそうです。

米寿となった生徒たちは、大変な時代に自分たちを守ってくれた哲代先生のことを忘れていませんでした。そして哲代さんもまた、生徒の顔と名前をちゃんと覚えているのだからすごいことです。

哲代さんがカメラ越しに見せる表情のひとつひとつが、「長く生きていれば想定外の幸せが訪れることがある」ということを教えてくれました。

あるシンクタンクの調査によると、「100歳まで生きたい」という人は、日本人の2割しかいないそう。それを哲代さんに伝えると、「世の中変わったんですねぇ」と一言。「でも、花を摘めるし、お話もできるし、生きているからこそできることってあるんですよ」。

私自身、あと60年生きたいか正直わからないなと思っていました。でも、哲代さんが言うと「そうだよなあ」と、素直に思えるから不思議です。


石井哲代さんを4年にわたり取材した監督の山本和宏さん(撮影:本社・武田裕介)

画面の自分にツッコミを入れて


哲代さんが周囲の人に愛される理由は、いつも感謝を忘れず、人を大切にしているところにあると思います。

たくさんの教え子がいて、近所でも「先生、先生」と呼ばれるのに決して偉ぶらない。逆に周囲の人たちに、見守ってくれてありがとうと口癖のように言葉にします。どんな些細なことでも、助けてもらうことを当たり前だと思っていないのです。

53歳の時に哲代さんがご近所・中野地区の仲間を集めて開いた「仲よしクラブ」は、結成50年以上。週1回続けていて、現在、参加者の平均年齢は80歳を超えています。

ご自身が主宰者のような場所でも、みんなと同じ立場で音楽やお喋りを楽しむのが哲代さんの素晴らしいところ。本当に分け隔てがないんです。

教師時代に磨いたオルガンの腕をふるって、大正琴で奏でるのは、ご自身が作曲した「中野ソング」。仲よしクラブでもみんなで一緒に歌うこの曲を、映画のエンドロールに使わせていただきました。


画面の自分に、「よう喋りよってねぇ」とツッコミながら、楽しそうに鑑賞したという哲代さん/(c)「104歳、哲代さんのひとり暮らし」製作委員会

「与えられた命いうものは、自分でも大事にせないけんし、いろいろな力で大事にしてもらえているような気がしますね」

そんな哲代さんの言葉や姿勢に、われわれ下の世代は大いに励まされています。老いてできなくなることが増えても、いつもご機嫌な哲代さん。その姿が人生の手本として周りの人を支えているのです。哲代さんがいることで、周囲が活気あふれる場所になっています。

世代や関係性を超えて、お互いにちょうどいい距離で楽しく支え合うことができたなら、長生きは、思うほど恐れることではないのかもしれません。哲代さんが見せてくれる笑顔や歌声に、誰よりも私が、励まされたような気がします。

映画が完成した時、哲代さんは入院していたので、私はパソコンを持って病院に伺いました。94分という長さの作品を、ベッドの上で観るのは大変だろう、と心配しましたが、一気に鑑賞。

笑うシーンは一緒に笑い、歌うシーンは一緒に歌って。画面の自分に、「よう喋りよってねぇ」とツッコミながら、楽しそうに観てくださって安心しました。

映画の舞台挨拶に伺うと、みなさん劇場を後にする足取りが心なしか軽くなっています。哲代さんのパワーを感じていただけたら幸いです。

婦人公論.jp

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