さあ、帰ろう。67年間前に打ち上げた人工衛星「ヴァンガード1号」を帰還させる計画
2025年4月23日(水)8時0分 カラパイア
「ヴァンガード1号」は、アメリカが1958年に打ち上げた世界4番目の人工衛星であり、太陽電池パネルを採用したものとしては世界初の人工衛星だ。
打ち上げから6年間、地球と交信を続けていたが、1964年に通信は途絶えた。それでも67年間、高い軌道をひとりぼっちで静かに回り続けている。
だがようやく彼に帰還のチャンスが訪れようとしている。アメリカの研究チームが、ヴァンガード1号を地球に連れ戻すための計画を立ち上げたのだ。
今になってなぜ?と思うかもしれない。それは、彼が宇宙で積み上げてきた貴重な経験が、これからの宇宙開発の未来を支える、大きなヒントになるかもしれないからだという。
冷戦時代、米国の威信をかけて打ち上げられた人工衛星
ヴァンガード1号が打ち上げられたのは、冷戦時代の米ソが熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた時代のことだ。
当時、この競争を一歩リードしていたのはソ連だった。
同国は1957年、世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功。同年、米国はこれに負けじと人工衛星の打ち上げを試みるが、これを搭載したヴァンガードロケットは打ち上げ直後にエンジントラブルで爆発。
米国の宇宙開発計画が始まって以来の大失敗に終わってしまった。
「スプートニク・ショック」と呼ばれるこの出来事は、米国の自信を粉々に砕くとともに、西側諸国にも大きな衝撃を与えることになった。
米国の面目をどうにか保たせたのは、1958年1月の同国初となる人工衛星「エクスプローラー1号」の打ち上げ成功である。
今回の主役「ヴァンガード1号」は、その2ヶ月後、1958年3月17日に打ち上げられた。世界では4番目、米国では2番目となる、太陽電池パネルを採用したものとしては世界初の人工衛星だ。
ちなみにエクスプローラー1号は、1970年に大気圏に再突入し、すでに燃え尽きいる。
だが、ヴァンガード1号は、いまも軌道上にあり、2010年の時点で地球を20万回以上も周回し、2025年、生誕67周年を迎えることになった。
とは言え、ヴァンガード1号はとうの昔に通信が途絶えてしまっている。
太陽電池の出力が弱まり、最終的に電力不足で送信機が動かなくなってしまい、打ち上げから約6年後の1964年5月に完全に通信が途絶えた。
通信が止まってから64年が経とうとしているが、それでもヴァンガード1号自体は地球上の高い位置にある「楕円軌道」を回っている。
いちばん近いときは地球から約660km、遠いときは3,822kmくらい離れた場所をひとりぼっちで何度も何度も回り続けている。
高い位置の軌道を回っているからこそ、地球の大気にひっかからず、何十年も燃え尽きずに生き残っているのだ。
ヴァンガード1号は1958年3月17日に打ち上げられた NASA
そろそろ地球に帰還させてあげよう、チームが動き出す
「ぼく、少し疲れちゃった」——そんな声が聞こえたのかどうかは知らない。
バージニア州に本社を置く先進技術企業「ブーズ・アレン・ハミルトン(Booz Allen Hamilton)」の研究者チームは最近、ヴァンガード1号をどうにか回収する方法を検討し、その旨をアメリカ航空宇宙学会が主催した学術会議で発表[https://arc.aiaa.org/doi/10.2514/6.2025-1399?]した。
研究チームによると、ヴァンガード1号は宇宙時代のタイムカプセルのようなものなのだという。
この人工衛星は67年もの間、宇宙に滞在し、宇宙線にさらされ、微細な隕石やデブリなどに衝突されてきた。
ヴァンガード1号を回収できれば、その状況を直接観察することができる。
回収方法の研究を主導するマット・ビレ氏は、「材料工学者や宇宙史研究者にとって、これほどの学習チャンスはほかにありません」と説明する。
小さなヴァンガード1号の回収は簡単ではないが、実行可能だという。
ヴァンガード1号はアルミ製の球体で直径165mmのきわめて繊細なものだ/Image credit: NASA
繊細で小さなタイムカプセルは無事帰還できるのか?
ヴァンガード1号は1964年にすでに沈黙し、もはや信号を発していない。だが幸いにして、公開されている追跡データから位置なら把握できる。
そこで、これを手がかりに高解像度センサーを向ければ、損傷の具合やスピンの有無など、機体の状況を確認できるだろう。
その後は、ヴァンガード1号を低軌道まで下げて回収、あるいは国際宇宙ステーションへ搬送し、そこで梱包して地球に送り届けるなど、いくつかの案が挙げられている。
だが、その取り扱いには細心の注意が必要になる。
ヴァンガード1号は直径165mmのアルミ球体に91cmのアンテナを取り付けた小さな人工衛星で、きわめて繊細だ。手荒に扱おうものなら大切な機体が壊れてしまう恐れがある。
ヴァンガード1号に搭載されている機器には、水銀電池一式、送信機、温度センサー2個、太陽電池6枚によって駆動するビーコンなどがある。/Image credit: Naval Research Laboratory
もう1つ、回収作業の費用を誰が負担するのかという問題もある。
過去には、起業家のジャレッド・アイザックマン氏(トランプ政権から次期NASA長官に指名されてもいる)が世界初となる民間人だけの宇宙飛行を実現した。
他にもアマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏がアポロ計画のサターンVロケットエンジンを大西洋から回収し、博物館に展示させたといった事例がある。
研究チームが期待するのも、こうした歴史や慈善事業に関心がある民間の資金提供者だ。
だが実際のところ、宇宙から古い人工衛星を回収するという難しいプロジェクトの資金集めはそう簡単ではないだろう。
「それを実行できる人たちが費用に見合う価値を見いだすかどうか、見守るしかありません」と、ビレ氏は話す。
そんなわけで、ヴァンガード1号の具体的な回収計画やスケジュールは今のところ未定だ。
だがもしも宇宙時代の黎明期から地球の外で活躍していた勇者が帰還できたらなら、そのときは「おかえり」と温かく迎えてあげたいところだ。
ヴァンガード計画の一部であるヴァンガード1号衛星は、国際地球観測年(IGY)のために設計された小型のアルミ製球体である。IGYは太陽活動が最も活発になる時期に合わせて、1957年7月から1958年12月まで行われた、さまざまな地球物理現象を協調的に観測する国際プロジェクトだ。 image credit:NASA
ちなみに「ヴァンガード1号」は通信衛星として最も古く軌道に残る人工衛星ではあるが機能はしていない。
一方、1965年5月に打ち上げられた、リンカーン校正球1号(Lincoln Calibration Sphere 1, LCS-1)は、通信機能や観測機能をもたない受動的な人工衛星だが、現在も使用されている中で最も古い人工衛星[https://karapaia.com/archives/52322017.html]となる。
References: Retrieving History: Options for Returning Vanguard 1 to Earth[https://arc.aiaa.org/doi/10.2514/6.2025-1399?] / Vanguard 1 is the oldest satellite orbiting Earth. Scientists want to bring it home after 67 years[https://www.space.com/space-exploration/launches-spacecraft/vanguard-1-is-the-oldest-satellite-orbiting-earth-scientists-want-to-bring-it-home-after-67-years]