九龍城砦がどこの管轄にも属さない土地「三不菅」になったきっかけとは?日本軍占領時の「ブラック・クリスマス」

2025年4月24日(木)6時0分 JBpress

(みかめゆきよみ:ライター・漫画家)


新界租借条約ののちの九龍城砦

 イギリスの勢いは止まらなかった。1898年、清はイギリスに新界地区と香港島嶼部の230以上の島々を99年間の期限付きで租借した。表向きの理由は「香港の適切な防衛と保護のため」である。新界は香港島、九龍半島以外の全域で、香港島と九龍地区を合わせた面積のほぼ10倍もの広さを持つ。この条約には日本も間接的に関わっていた。1894年に勃発した日清戦争に敗北した清は国際的地位が低下していた。そこにつけ込んだ形での租借であった。

 九龍城砦も租借地の範囲に含まれていたが、特別条項により清の官員の常駐が許され、イギリス側の香港の治安維持を妨害しない限り清側の管轄権を行使することが認められた。

 1898年以降、香港は緩やかにイギリスへの接収が進んでいき、九龍城砦の兵員についても整理が進められた。九龍巡検が所轄していた200余の村落はもはやイギリスの租界になっていたので管轄の必要がなくなっていた。多くの兵を置く必要がなくなってしまったのだ。

 もちろん接収は簡単にはいかず、一部の地元住民から反発が起こった。広東当局は九龍城砦に兵を派遣しこれを援護したが、イギリス側はこの事態を「香港の治安維持を妨害した」とみなし、軍隊を派遣して城内を制圧した。イギリスとしてはこのまま九龍城砦も接したいところであるがそうはいかない。1900年に行われた李鴻章(りこうしょう※)とブレイク香港総督との会談では、李鴻章が九龍城砦について言及し、九龍城砦が持つ「特別条項」を引き合いに出したという。

 イギリスは強く出ることができず、九龍城砦の接収に至らなかったのである。結果的にこの一件が長く続く「三不菅」を招くきっかけになっていった。この後、イギリス政府は再三九龍地区の浄化を試みるが、住民たちの反発にあい、すべて失敗するのである。

※ 李鴻章 清の政治家。日清戦争の際には下関条約の調印を行なった。


日本軍の侵攻、香港陥落

 1911年の辛亥革命により清が滅亡、1924年には国民革命が起こり、中国国内は動乱を迎えた。この動乱から逃れ香港にやってきた人は年々増加し、九龍城砦の人口も増していった。1933年、植民地政府は九龍城砦の開発を進めるため立ち退きを求めたが、住民たちはことごとくこれを無視し、また、中華民国側からも抗議が及んだことから失敗に終わった。

 一方で日本は中国への侵略を開始した。1937年に侵攻は始まり、日本軍は瞬く間に中国の主要都市を占領した。1941年12月8日、日本は世界に向けて宣戦布告を発し、開戦当日の午前8時には日本軍の飛行機38機が啓徳空港を爆撃。陸では新界への侵入が始まり、9日午後には九龍城門陣地の北に到着した。11日の午後にはイギリス側の防禦ラインが崩れ、九龍半島は日本軍の手に落ちた。開戦からわずか5日にして新界と九龍は全て日本軍の手に落ちたのである。

 勢いづいた日本軍は香港島へと上陸し、イギリス軍と死闘を繰り広げた。25日、イギリス軍マーク・ヤング総督は酒井隆中将に無条件降伏し、香港は日本軍が占領するに至った。世にいう「ブラック・クリスマス」である。以降3年8カ月の間、九龍城砦含む香港は日本軍の管轄下に置かれることとなった。


日本軍統治の38カ

 日本軍は香港全体をイギリスの植民地としての色から日本の色へと変えていき、地名や道路の名を日本名にしたり、暦を日本の元号へとしていった。香港全体としては早い時期から人口を減らす政策を取っており、1942年には強制送還の布告が出されている。160万余人もいた人口は占領が終わる頃には60万人に減少している。強制退去のせいだけではない。泣く子も黙る日本軍警による厳しい拷問や処刑によって命を落とす者も多かった。

 

 日本軍にとって九龍城砦の「三不菅」は関係なく、香港の一部として等しく植民地として扱った。そして城砦としての意味をなさなくなった九龍城砦の城壁は取り壊され、啓徳空港を軍用空港にするための建材となった。

 日本軍の統治は長くは続かず、1945年8月14日、日本政府はポツダム宣言を受諾し香港から撤退した。香港は再びイギリスの占領下に置かれ、城壁が取り払われた九龍城砦には多くの移民が住み着くようになった。1930年代は約500人だった人口は1947年には約2000人にまで膨れ上がったという。ここからは戦後の九龍城砦史となっていくわけだが、相変わらず九龍城砦は「三不菅」として扱われ、時にはそれが原因で大きなデモにも発展していった。

参考文献
九龍城寨の歴史 魯金著 倉田明子訳 みすず書房
香港の歴史 ジョン・M・キャロル著 倉田明子、倉田徹訳 明石書店
最期の九龍城砦 中村晋太郎 新風舎
大図解九龍城 九龍城探検隊 岩波書店
日本占領下の香港 関 礼雄著 林 道生訳 御茶の水書房
香港追憶 長野重一 蒼穹舎

筆者:みかめ ゆきよみ

JBpress

「日本」をもっと詳しく

「日本」のニュース

「日本」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ