標準レンズ1本で「小机城」を撮ってみた、最大の見どころである巨大な空堀の立体感をうまく出す方法
2025年5月2日(金)6時0分 JBpress
(歴史ライター:西股 総生)
はじめて城に興味を持った人のために城の面白さや、城歩きの楽しさがわかる書籍『1からわかる日本の城』の著者である西股総生さん。JBpressでは名城の歩き方や知られざる城の魅力はもちろん、城の撮影方法や、江戸城を中心とした幕藩体制の基本原理など、歴史にまつわる興味深い話を公開しています。今回は、神奈川県横浜市の小机城を舞台に、標準レンズ1本で撮影する方法をご紹介します。
最大の見所は城域中心部を防禦する空堀
横浜市にある小机城は、関東地方を代表する戦国期の土の城の一つだ。JR横浜線の小机駅から徒歩10分くらいの好立地にあるうえ、主要部は市民の森となっていて手入れもよいから、首都圏近郊で手軽に歩ける土の城としてビギナーにも人気がある。この城の最大の見所は、コンパクトにまとまった城域中心部をガッチリと防禦する巨大な空堀だ。
一般に、土の城を撮るには広角レンズ(ないしはズームレンズの広角側)を使うのがよいとされるし、筆者もこれまでそう書いてきた。そんな土の城を、単焦点の標準レンズ1本で撮ってみよう、というのが今回の試みである。
今回用いたレンズは、GNニッコール45mmf2.8という半世紀ばかり前の製品だ。普通の標準50mmレンズの画角が46°であるのに対し、45mmは50°だから、少し広い。といっても、別に5°ばかりの画角が欲しかったわけではない。
このレンズは、テッサーというタイプのレンズ構成を採用している。普通の標準レンズが5群6枚とか7群8枚であるのに対し(もっと多いのもある)、テッサーはたったの3群4枚というシンプルなレンズ構成だ。
かつては、低コストで高画質が得られるとして重宝されたテッサーだったが、反面で、開放f値(口径)を稼げない、ある程度絞らないと画質が均一にならない、近接撮影ができない、といった弱点もあった。レンズの設計・製造技術が進歩した現在、テッサーのメリットはとうに失われている。
今回は、そんなテッサーをあえてデジタル一眼レフに付けて城を撮ってみよう、という酔狂なのである。おまけに、このGNニッコールは元来がフラッシュ撮影用に、絞りと撮影距離を連動させる設計になっているから、一般撮影ではピント合わせがやりにくい。
けれど、それが何だというのだろう。光学機器であれ何であれ、量産される工業製品である以上、万人を100%満足させられることなんて原理的にありえない。だったら、不足する要素を許せないか、許せるかは、結局は使い手各自の問題で、その製品を「好き」と思えるか次第なのである。
GN45mmの場合、ボディキャップかと見紛うばかりのコンパクトさは、何にも替えがたい魅力である。ピント合わせは確かにしんどいが、そもそも趣味とは過程の手間を楽しむ営みではないか。手間が面倒なら、最初から趣味で城の写真なんて撮らなければよい。
さて、標準レンズ1本で小机城を撮るとして、いちばん気になるのは、巨大な空堀をうまく撮れるかどうかだが、結果からいうと、ちゃんと撮れました。今回訪れたのが、たまたま春の「小机城まつり」の直前で、城のコンディションがよかったのも幸いしたが、要は、標準レンズの画角でうまく撮れるアングルを探せばよいのである。
むしろ広角レンズにくらべて、標準レンズは遠近感が人間の視覚に近くて自然な分、空堀の立体感みたいなものは、うまく表現できるかもしれない。何より、ズームに頼らずに一定の画角でサクッサクッと情景を切り取ってゆくのが、楽しい。広角レンズのように、あれもこれも画面に収めたいという煩悩に煩わされなくて済むから、その分いま自分が、この場所で何を撮りたいのか、頭の中が整理されるみたいで、テンポよく撮れる。
なお、現行のデジカメ用標準レンズは、筆者のGNニッコールなんかよりずっと大口径かつ高画質で、価格も手頃だ。皆さんも試しに、単焦点の標準レンズで土の城にチャレンジしてみてはいかがだろう。
筆者:西股 総生