『べらぼう』蔦屋重三郎が世に送り出した歌麿の美人画、写楽の役者絵…海外でも愛される名品を一挙公開
2025年5月9日(金)6時0分 JBpress
(ライター、構成作家:川岸 徹)
現在NHKで放映されている大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』。その主人公である出版人・蔦屋重三郎(1750〜97)の活動の全貌をひも解く特別展「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」が東京国立博物館で開幕した。
会場に吉原の街並みを再現
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の放映により、一躍“時の人”となった蔦重こと蔦屋重三郎。今年は全国各地の美術館で蔦重をテーマにした展覧会が複数予定されているが、その決定版といえる展覧会、特別展「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」が東京国立博物館 平成館で開幕した。
展覧会主催は東博とともにNHK、NHKプロモーションが務めており、大河ドラマ『べらぼう』と深い連携が図られている。会場の入口には吉原への唯一の入場口であった吉原大門を設置。この大門はドラマの美術チームが制作したもので、ドラマで実際に使われたという。門をくぐると桜の木が並ぶ吉原・仲之町通りが現れる。ドラマの世界に入り込んだかのような雰囲気に気分が盛り上がる。
展覧会の企画・監修は東京国立博物館学芸企画部長で、『べらぼう』では近世美術史考証を担当する松嶋雅人。蔦重が手がけた黄表紙、洒落本、狂歌本、浮世絵などを中心に、展示替えを行いながら約250作品が展示される。
出版業の始まりは吉原の情報誌
蔦重の生い立ちを簡単に紹介したい。1750(寛延3)年、蔦屋重三郎は江戸・吉原の貧しい家に生まれ、7歳の時に吉原で引手茶屋を営む親戚・喜多川家に養子として引き取られた。当時の吉原は不景気の只中。江戸のあちこちに非合法の岡場所が増え、金がかかる吉原からは客足が遠のいていた。だが、23歳になった蔦重はそんな吉原に商機を見出す。吉原大門五十間道に、蔦屋次郎兵衛の店の軒先を借りて書店「耕書堂」を開業。版元・鱗形屋孫兵衛から吉原遊廓の案内誌『吉原細見』の“改”を任される。
「“改”とは、『吉原細見』の掲載情報をアップデートする仕事。それから1年後に蔦重は早くもオリジナルの細見の刊行に踏み切ります。第1号となった『籬の花(まがきのはな)』は情報鮮度が高いのに、値段が安い。吉原を訪れる客の人気を集め、やがて細見出版は蔦重の独占事業になっていきます」(松嶋)
細見を発行しながら、蔦重は独自の出版事業にも乗り出す。蔦重が初めて手がけた出版物『一目千本』は、吉原の遊女をアツモリソウやモクレンカといった花々になぞらえて紹介する遊女評判記。絵は当代随一といわれた人気絵師・北尾重政が担当。一般に販売された様子はなく、遊女がなじみの上客に配ったものだと考えられている。
洒落や風刺を効かせた物語書籍、すなわち“黄表紙”では、山東京伝作『箱入娘面屋人魚』が面白い。おとぎ話「浦島太郎」の後日譚ということだが、ストーリーは荒唐無稽。沖釣で生活費を稼ぐ平次が品川沖で釣りをしていると、船に人魚が飛び込んできた。その人魚は浦島太郎と鯉との娘。平次は人魚と結婚し、妻となった人魚は吉原に働きに出るという物語だ。一丁表には、蔦重が裃姿で口上を述べる姿が描かれている。
“大首絵”の手法で歌麿を売り出す
出版ビジネスで成功を収めた蔦重は、寛政期(1789〜1801)に浮世絵界に進出。喜多川歌麿、東洲斎写楽、栄松斎長喜といった名だたる絵師たちを発掘し、彼らの魅力を最大限に生かした浮世絵を企画・出版していく。
「蔦重が企画した浮世絵の特色といえば、人物の顔をクローズアップした“大首絵”の構図。顔を大きく描くことで、歌麿は女性の個性を際立たせました。遊女のほか、茶屋の看板娘など、市井の人々もモデルに登用。あらゆる階層の女性たちの心情を描き出し、歌麿の美人大首絵シリーズは大ヒットを収めます」(松嶋)
歌麿の代表作として名高い《婦女人相十品 ポッピンを吹く娘》。当時の江戸のファッションアイテム「ポッピン」を口にした町娘が、ふいに声をかけられたことで振り返り、勢いよく袖が翻る瞬間が捉えられている。町娘の日常の一コマを描いたスナップショットといえる、明るく軽やかな一作だ。
海外でも絶大な人気を誇る写楽
一方、役者絵のジャンルでは写楽が “大首絵”の構図を用いた。東洲斎写楽はわずか10か月余りの活動期間の中で約140点もの作品を生み出し、その後忽然と姿を消した絵師。一昔前までは正体がわからず、“謎の絵師”と呼ばれたが、現在では「阿波徳島藩主・蜂須賀家お抱えの能役者、斎藤十郎兵衛で間違いない」という意見で一致している。
写楽は海外での人気が極めて高く、ドイツの著述家ユリウス・クルトは著書『写楽SHARAKU』(1910年出版)の中で、「写楽はレンブラント、ベラスケスと並ぶ世界三大肖像画家」と紹介している。蔦重の多様なビジネスの中で最高の仕事を挙げるとしたら、「写楽を世に送り出したこと」だと感じる。
展覧会のクライマックスを飾るのは、そんな写楽の作品群。重要文化財《三代目大谷鬼次の江戸兵衛》は、役者絵オブ役者絵といえるおなじみの作品。芝居の演目「恋女房染分手綱」の一場面で、悪党・江戸兵衛の殺気あふれる目つきと、ガッと開いた手のひらが印象的だ。
重要文化財《市川鰕蔵の竹村定之進》も、世界に知られる人気作。市川鰕蔵は5代目市川団十郎のことで、当時の歌舞伎界随一の名優として名を馳せていた。写楽はそんな鰕蔵の、大ぶりの体格、彫りの深い顔、堂々たる風格を生き生きと描き上げている。
写楽はなぜ世界に愛されるのか。その理由を本展企画・監修の松嶋雅人は話す。「写楽の正体は、斎藤十郎兵衛という役者。絵師であれば、出演する役者をよりかっこよく美化して描きますが、本職が役者の写楽は真の姿をありのままに表現しました。ですから、作品にリアルな迫力が宿っているのです」
蔦重が写楽の作品を刊行したのは1794年(寛政6)、45歳の時。逝去する3年前のことだ。大河ドラマがどんな展開を見せていくのか先は読めないが、写楽が登場するのはおそらく秋くらいだろう。写楽がどのように描かれるか、楽しみに待ちたい。
特別展「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」
会期:開催中〜2025年6月15日(日)※会期中、一部作品の展示替えを行います
会場:東京国立博物館 平成館
開館時間:9:30〜17:00(毎週金・土曜日は〜20:00) ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日
お問い合わせ:050-5541-8600(
https://tsutaju2025.jp/
筆者:川岸 徹