愛する人に囲まれてお金の不自由もない。そんな「ストレスのない生活」を目指すとかえって幸福が遠のく?知っておきたい〈努力のパラドクス〉とは

2025年5月10日(土)12時30分 婦人公論.jp


充実した人生(写真提供:Photo AC)

「なぜ大人になると時間の流れが早くなるのか?」「1年たつのが早くなった」そう感じている全ての大人へ、統計のプロが教える「時間の正体」。仕事や家事に忙殺されて「満足したフリ」をしていませんか?データ分析・活用コンサルタントであり、登録者38万超『謎解き統計学サトマイ』YouTubeチャンネル運営している、佐藤舞(サトマイ)さんが、充実した時間の取り戻し方を提案する著書『あっという間に人は死ぬから「時間を食べつくすモンスター」の正体と倒し方』より一部を抜粋して紹介します。

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人生の向き合い方と苦痛への処方箋:3つの原則


充実した人生の過ごし方と、生きていく上で生じる心理的な苦痛(ストレス)をなんとかしたいという悩みは、今に始まったことではなく、お釈迦様の時代からアリストレスやプラトンなどの古代哲学者、現代の科学者まで、約2600年の歴史において、膨大な論考と研究が行われてきました。

時代によって少しずつ考えは変わりますが、これまで歴史上の智慧人が出してきた、人生の向き合い方と苦痛への処方箋は、大きく3つの点で共通する考えがあります。

1つ目は、変えられないものと変えられるものを区別せよ、ということ。

2つ目は、人生に対して主体的に参加せよ、ということ。

3つ目は、人生に苦は必要である、ということです。

この3つは、充実した人生を過ごすうえで、外れてはいけない原則です。ひとつずつ見ていきましょう。

親鸞聖人の「苦しみ」についての教え


<1つ目の原則:変えられないものと変えられるものを区別せよ>

今から700年程前、鎌倉時代後期に書かれた仏教書『歎異抄(たんにしょう)』は、今や世界中の哲学者や思想家を魅了する名著とされています。

作家の司馬遼太郎は、「無人島に1冊の本を持っていくとしたら『歎異抄』だ」と言っています。

また、20世紀最大の哲学者と言われ『存在と時間』を記したハイデガーは、英訳された『歎異抄』を読んで、「10年前にこんなに素晴らしい聖者が東洋にいたことを知っていたら、ギリシャ語やラテン語の勉強をせず、日本語を学んで世界中に広めることを生きがいにしただろう。しかし、遅かった」と晩年の日記に記しています。

『歎異抄』は、親鸞聖人(しんらんしょうにん)の教えを、唯円(ゆいえん)という弟子が書き記したとされています。親鸞聖人は、私たちの苦しみには、「根本」と「枝葉」の2種類あるといいます。

簡単に説明すると、「枝葉」は、欲望や妄念(もうねん)、嫉妬などの「煩悩」のことで、「根本」は、死んだらどうなるか分からない、「死後が暗い心の病」と言いました。

根本の苦しみを断ち切らない限り、枝葉は、私たちを苦しめ悩ませ続けます。そして、枝葉の苦しみを、「治らない病」、根本の苦しみを、「治る病」としました。

我々は、煩悩を持ったまま、「死後が暗い心の病」を生きているうちに治すことができる、というのが親鸞聖人の教えです。

「ニーバーの祈り」とは


アメリカには、次のような言葉があります。

「神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。変えるべきものを変える勇気を、そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください。

一日一日を生き、この時をつねに喜びをもって受け入れ、困難は平穏への道として受け入れさせてください。これまでの私の考え方を捨て、イエス・キリストがされたように、この罪深い世界をそのままに受け入れさせてください。

あなたのご計画にこの身を委ねれば、あなたが全てを正しくされることを信じています。そして、この人生が小さくとも幸福なものとなり、天国のあなたのもとで永遠の幸福を得ると知っています。アーメン」

これは「ニーバーの祈り」といわれ、アメリカの神学者であるラインホルド・ニーバーが作者であるとされており、今でも多数の書籍に引用されています。

「変えることができないもの」とは、親鸞がいうところの、「煩悩の苦しみ」のことで、「変えるべきもの」とは、「死後が暗い心の病」であると解釈することができます。

生まれながらにある「幸福度」のバラつき


それでは、私たちが、目を向けるべき「変えるべきもの」とはなんなのでしょうか。

<2つ目の原則:人生に対して主体的に参加せよ>

カリフォルニア大学で社会心理学とポジティブ心理学の教鞭を取っているソニア・リュボミアスキー教授は、人の幸福度を決定する要因のうち、遺伝による設定値が50%を占めており、経済状況、健康レベル、容姿、配偶者の有無などの生活環境や状況10%。

残り40%が、私たちの「意図的な行動」で説明できることを双生児研究により明らかにしました。

幸福度のバラつきは、半分が遺伝によるもので、生まれながらに幸福を感じやすい人とそうでない人がいます。

そして、生活環境の影響が10%しかないのは驚きですが、例えば、経済状況については、アメリカの経済学者であるリチャード・イースタリンが、1970年代に、GDP(国内総生産)の伸びと幸福度(満足度)は一定の所得水準までは正の相関関係が見られるものの、それを超えると相関関係が見られなくなるという、幸福のパラドクス(イースタリン・パラドクス)を発表して以降、幸福度研究では、主観的幸福感が所得水準と必ずしも相関しないことが重要なテーマの1つとなっています。

日本においても、実質GDPと生活満足度には関連が見られません。これは、日本だけではなく、経済成長を達成した多くの国で見られる傾向です。

「快楽順応仮説」と「相対所得仮説」


経済的な豊かさを表わす1人当たりGDPと幸福度には明確な相関関係が見られない—これには、2つの仮説が考えられています。「快楽順応仮説」と「相対所得仮説」です。

「快楽順応仮説」とは、例えば宝くじが当たった時、最初は幸福ですが、徐々に慣れてしまいます。他にも、結婚した直後は幸福度が上がりますが、その後は下がっていきます。

喜ばしいイベントや、富や名声を得て束の間の喜びを味わった後は、遺伝の設定値に戻るということです。

「相対所得仮説」とは、幸福度は周囲の人との比較で決まるため、自分よりも稼いでいる人やいい暮らしをしている人が周囲にいると、「あの人と比較すると自分は幸せではない」と思ってしまうものです。

近年では、SNS等で、自分よりもいい暮らしをしている人が可視化されやすくなっているため、「他者と比較する機会」が増えているといえます。

そして、幸福度の40%を決める「意図的な行動」というのは、人に親切にする、家族や友人との人間関係を育てる、身体を動かす、感謝の気持ちを表す、など、「自分の価値観に沿った内的で習慣的な行動」のことです。

住む場所や仕事、パートナーなど、自分の外側の環境を整えることも幸せにつながりますが、それ以上に、自分自身を豊かに整える習慣的で主体的な行動が、長期的で持続的な幸せに影響しているということです。


他人と比較しない(写真提供:Photo AC)

「困難に直面した時の対処や態度」が重要


我々が集中すべきは、遺伝子を変えることでも、外側を変えることでもなく、自分で変えられる習慣的な行動なのです。

そして幸福な人にも、トラブルや災害などなんらかのストレスは必ずあり、誰でも苦痛を感じます。

その時に重要なのが、「困難に直面した時の対処や態度」です。

<3つ目の原則:人生に苦は必要である>

人が幸せになるには、ポジティブな体験を増やし、ネガティブな体験を減らすことが必要なのではないかと思うかもしれません。

愛する人に囲まれ、お金や健康の心配がなく、趣味に興じたり、海外旅行に好きなだけ行っている「ストレスのない生活」を送っている人を想像すると、さぞかし幸せだろうなと思うかもしれません。傍から見ると、憧れやうらやましさを感じます。

私たちの周りには、「努力をせずに成功する方法や、生活が便利で楽になる商品」の広告があふれていますが、それらは必ずしもあなたを幸せにしてくれるわけではありません。

むしろ「苦痛を逃れて楽に生きたい」は、幸福からは遠ざかる選択であることも多いのです。

私たちは、なるべく少ない労力で楽をしたいと考えますが、実際には、これまで払ってきたコスト(時間・労力・お金)の総量が、幸福感を高める傾向があります。これを、心理学では「努力のパラドクス」といいます。

タイパ重視、コスパ重視の選択は、最初は幸福感を高めてくれますが、それが日常になってしまうと、快楽順応によって幸福を感じにくくなってしまいます。

※本稿は『あっという間に人は死ぬから「時間を食べつくすモンスター」の正体と倒し方』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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