ケガで運動できなくなった男性に、ADHDの症状が強く表れはじめた?運動がADHDに与える影響を精神科医が解説

2025年5月18日(日)12時30分 婦人公論.jp


(写真提供:Photo AC)

集中力を保つことが苦手、整理や計画が苦手などの特徴がある発達障害の一種<注意欠如・多動症(ADHD)>。累計120万部を突破した『スマホ脳』シリーズの著者であり、精神科医のアンデシュ・ハンセンさんは「誰でも多かれ少なかれADHDの傾向がある」と話します。そこで今回は、アンデシュさんによる書籍『多動脳:ADHDの真実』から、一部を抜粋してご紹介します。

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運動は天然の治療薬


運動は少量のリタリンを完璧なタイミングでもらえるようなものだ。

──ジョン・J・レイティ(精神医学研究者)

10月のある日、コンサルタントとして働く35歳の男性が受診にやってきた。これまで一度も精神的な問題はなかったのに、ここ半年で急に気が散るようになり集中できなくなったそうだ。かといって気分が晴れないわけでもないし、うつ状態でもない。

結婚生活はうまくいっていて、3歳の娘がいて、友達も多い。両親も健在で、仕事は好きだし給料も良いという。「つまりプライベートでも仕事でも何の問題もないんです」

趣味は大人になってから始めた中距離走で、週に10時間は走っていたが数カ月前にランニングの最中に膝を痛めてしまった。

怪我のせいで走れなくなりお腹回りに脂肪がついたが、影響はそれだけではなかったようだ。集中力に問題が出始めたのはいつ頃かと尋ねると、膝を痛めた直後だという。じわじわと集中力が失われていき、気が散ってばかり。家では請求書の支払いや書類の整理もできなくなった。

仕事ではもっと問題になっていて、ミーティングについていけないから録音しているほどだという。同僚も彼の変化に気付き、上司からはメンタルに問題でもあるのかと心配された。そうではないと答えたものの、集中できなくなったことを正直に話す勇気はなかった。

集中できなくなった理由


そんな時にADHDの記事を見かけた。「まるで自分のことが書かれているようで気味が悪かったくらいです。まさに今感じていることそのままだった」それで自分がADHDなのかどうかを確かめるために精神科を受診したのだった。

精神面のテストを受けてもらい、何度も話を聞いて生活がうまくいっていた頃のことも詳しく語ってもらったところ、「ADHDかもしれない」という予測は、ある意味正しいだろうと私も思った。ADHDのグラデーションの濃い所にいて、そのために大きな問題を抱えている。しかしそれは「運動をしていない時限定」だった。

定期的なランニングが自己治療のような形でADHDの症状を抑えていたのだろう──私はそう説明した。それがランニングをやめたことで症状が表れた。

だからこれ以上ADHDかどうかを調べるよりも、膝を痛めていてもできる運動を見つけようということになった。人と競い合ったりスタイルを良くしたりするためではなく、「集中力の薬」として運動しようというわけだ。

運動をするとドーパミンレベルが上がる


彼は水泳を始め、2カ月後に受診した時には集中力がかなり改善していた。その頃には自分でも気付いたという。昔からずっと運動が好きだったのは精神面全般に良い効果があったから、特に集中力が上がると感じていたからだと。

この男性だけではない。身体を動かすと奇跡のように集中力が改善することを多くの人が体験している。しかしなぜなのだろうか。脳の報酬系(人間をやる気にさせる、脳の奥深くにある豆ほどのサイズの脳細胞の集まり)は集中力に大きな影響を与え、そこではドーパミンが重要な役割を担っている。そしてADHDの人はドーパミンが少ないか、別の理由で報酬系のはたらきが異なっている。


(写真提供:Photo AC)

運動をするとドーパミンレベルが上がる。特に運動をした後にだ。15〜60分後に最高潮になり、心が落ち着き集中できるようになる。走った後にそう感じる人は多いだろう。私自身もサッカーやジョギングをした後は頭の中がすっきりクリアになる。

つまり運動にはADHDの薬と同じ効果があるのだ。どちらもドーパミンレベルを上げるからだが、運動は副作用のない天然の脳の薬だ。

子供にとっても集中力の薬に


ADHDで運動をしている人はうまく活性化されない報酬系のドーパミンレベルが上がることには気付いていないこともある。

しかし集中力と気分が改善することを無意識に感じていて運動を続けているのかもしれない。ハードな運動をする人にADHDが多いのは偶然ではない。有名スポーツ選手、例えば水泳選手のマイケル・フェルプスやアメリカンフットボール選手テリー・ブラッドショーもADHDを公表している。

私の35歳の患者も子供の頃からずっと運動を続けていたが、怪我で中断を余儀なくされたことで「走ることが集中力にどれだけ効果を与えていたか」に気付くことになった。では運動は子供の集中力の薬にもなるのだろうか。何回か運動しただけで集中力は良くなるのだろうか。

そう、運動は子供にとっても集中力の薬になり、数回やっただけで集中力が上がる。しかも長くやる必要もない──ある実験では4分間運動しただけで子供の選択的注意[大量の情報の中からその時に重要なものだけ選択して注意を向ける力]が向上したのだ。

※本稿は、『多動脳:ADHDの真実』(新潮社)の一部を再編集したものです。

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