1万1000軒以上食べ歩いたグルメ活動家「食体験は『2時間の映画を観る』のと同じ」。外食が楽しくなる、事前に持っておきたい<リテラシー>とは
2025年5月27日(火)12時30分 婦人公論.jp
(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
「人件費の高騰」や「食材の値上がり」など…多くの飲食店がこれらの問題に苦悩しています。そのようななか「人を惹き付け、お客様が引きも切らず訪れる繁盛店には、共通して『すごい戦略』がある」と語るのは、クリエイティブディレクター、レストランプロデューサーとして活躍する見冨右衛門(ミトミえもん)さん。見冨さんは、これまで1万1000軒以上のお店を食べ歩き、その記録をブログで発信しています。そこで今回は、見冨さんの著書『一流飲食店のすごい戦略 1万1000軒以上食べ歩いた僕が見つけた、また行きたくなるお店の秘密』より一部を抜粋・再編集してお届けします。
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食体験は「2時間の映画を観る」のと同じ
私はたいてい1日に2回、ランチとディナーで外食します。つまり単純計算で年に730食、すべて違う店に行ったとして730軒、これを仮に30年続けたとして、2万1900軒の飲食店に行くことになります。
ところで、みなさんは「食べログ」に何軒の飲食店が登録されているか、ご存じでしょうか。
87万3721軒です(2025年2月24日時点)。私は人一倍、いや人十倍は外食していると思いますが、それでも、とうてい行き尽くせる数ではありません。
しかも気に入った店には何度も行くので、生涯で網羅できる軒数はさらに限られてきます。もちろん食べログに掲載されていない店もありますし、海外にまで範囲を広げようものなら……まさに星の数ほどの飲食店があり、気が遠くなってきます。
何がいいたいのかというと、生涯で出合えない飲食店のほうがはるかに多い。だからこそ1つひとつの出合いを真剣に考えたいし、1食たりとも無駄にはしたくないという感覚で、私は外食しています。
日本の外食文化の可能性
料理のジャンルなどにもよりますが、コース料理を食べるとすると、およそ2時間。これは1本の映画を観るのと、ほぼ同じくらいです。
ではお聞きしたいのですが、「大しておもしろくない」とわかっている映画をわざわざ観るでしょうか。たまたま時間が空いたからといって、映画館で別に観たくもない映画に時間とお金を費やすでしょうか。いずれも答えは「ノー」でしょう。
食は毎日のことです。時間の都合、場所の都合、その他さまざまな都合で、特に意志を持って選んだわけではない店で食べるときもあるはず。それは十分理解できます。
しかし、数ある飲食店との出合いを、毎日の食事の何回かに1回くらいは「意志を持って選んだ映画を観に行く」くらいの感覚で捉え、純粋に食体験そのものを楽しむ人がもっと増えたら、料理人や店側も、それに応える価値ある体験を提供しようと、より創意工夫を重ねるようになる。
その結果、店と客の間によい循環が生まれ、飲食業に携わる人々のやりがいも高まり、より幸せに働ける環境が育まれていくでしょう。それに伴い、素晴らしい日本の外食文化の可能性もさらに広がるに違いありません。
リテラシーがあることで、外食がおもしろくなる
どの業種もそうですが、お客がいなければ成り立ちません。日本の外食文化が衰退するのか、それともさらに発展していくのか——それは、飲食店の努力だけでなく、外食を楽しむ側の意識やリテラシーにも大きく関わっているように思います。
しかも、私の強い実感として、多少なりともリテラシーがあることで、外食がはるかにおもしろくなります。といっても料理に関する高度なリテラシーではありません。
たとえば、「この店の大将は、もともと***という名店で修業した。だから師匠に対するリスペクトを込めて、その名店のスペシャリテをこのようにアレンジして出している」といった師匠・弟子筋の情報。
「こういうスタイルの飲食店は今ではたくさんあるが、最初に始めたのはこの店」といった源流・元祖の情報。
「この店で使われている素材はすべて、シェフの出身地である**産。そこにシェフの郷土愛が込められている」といったバックグラウンドの情報。
(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
「このスタイルは一般的には珍しいが、この土地ではそれが当たり前。なぜかというと……」といったご当地情報。
……というような「ちょっとした前情報」を持っていれば、流行に流されるのではなく、自分の好みに合った楽しみ方ができるようになります。
1つひとつの料理に向き合う
たとえば、いっとき「とじないカツ丼(卵でとじずに、ごはん、卵、とんかつが層になっているカツ丼)」が流行ったことがありますが、最初にそれをやったのは東京・渋谷の「瑞兆(ずいちょう)」という店だといわれています。
こういうことを知っているだけで、「とじないカツ丼、食べてみたい」と思ったときに、単に真似をしているような店で済ませるのではなく、本家本元の味を楽しみに行けるでしょう。
また、前情報があると、それをもって1つひとつの料理に向き合うことになるので、ただ出されるものを漫然と食べるよりも、ぐんと料理を味わうときの解像度が上がります。すると時間が経っても鮮明に思い出せるくらいビビッドな記憶が刻まれるのです。
こうして、その場限りではない豊かな食体験が自分のなかに蓄積されていく。本記事が、そんな外食の醍醐味を知り、楽しむ人が増えるきっかけにもなれたらと思っています。
※本稿は、『一流飲食店のすごい戦略 1万1000軒以上食べ歩いた僕が見つけた、また行きたくなるお店の秘密』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。