いまの小学校、中学校には無茶だ…大学レベルの「答えのない授業」に振り回される生徒と教師たち
2025年3月27日(木)18時15分 プレジデント社
写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo
■教師は幅広い業務をやり過ぎている
本書で議論を重ねてきた「教育と憲法」の関係性から、今まさに劇的な変化が進む教育現場にどのような処方箋を差し出すことが出来るのか。ブラック部活動、いじめ問題、教師の長時間労働などの背景を研究し、現場のリアルな声を発信してきた教育社会学者の内田良(うちだりょう)さんをお招きし、教員の過重労働や双方向・探求型の授業について議論した。教室で、いじめ問題においても授業においても「見えない権力者」になりがちな教師。その裏返しとして起きている問題とは――。
撮影=後藤利江
内田良さん - 撮影=後藤利江
【内田】「教師の存在が見えない」という問題は、角度を変えれば教師の長時間労働が語られてこなかった歴史でもあります。いま学校の働き方改革が喫緊の課題とされています。でも先生たちが口々に言うのが「働き方改革で、教師がラクしているとは思われたくない」というものです。
学校の長時間労働を考えたときに見えてくるのが、教師があまりに多くを引き受けてしまっている現状です。権限が強いということは、責任が集中していることを意味します。
例えば、プールの水栓を閉め忘れる事故がよくニュースになります。プールに行って水栓を開けたあと、職員室に戻ってあれこれと仕事をして、4、5時間してから栓を閉めにプールに戻る。ただ、仕事をしている間にそのことを忘れてしまって、水が何時間にもわたって流出してしまいます。施設管理業務までこなさなければならない上に、忘れると大きな損害になる。プール施設の管理は、はたして教師の業務なのでしょうか。
教師はあまりに幅広い業務をやり過ぎています。それが権限の集中であり、裏返せば責任の集中となって長時間労働を生み出す。結果として、教師が倒れてしまう。
■教師は“神聖視”されてきた
【木村】どうしてそんな状況になってしまったのでしょうか。本来、権限と責任はそれぞれの専門職に分散できるはずです。施設管理は、子どもへの教科指導とは異なる職分です。授業にしても、小学校で1人が全教科を教える必要はなく、それぞれに、専門分野があるはずです。やはり、教育予算の不足が、問題の背景にあるのでしょうか。
【内田】おっしゃる通りです。OECD加盟国の中でとりわけ教育予算が少ないことは長年指摘されてきました。
【木村】予算が少ないのに、教育現場はとてもそうは見えないのは無賃労働が多いからだと言われますよね。
【内田】本当にその通りです。公立校の教員は給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)の規定により、長い時間残業していても、無賃労働の扱いになっています。未払いの残業代を合算すると年間1兆円近くになるとも言われています。
ただ、法制度の問題だけではありません。「教師はお金や時間に関係なく子どものために尽くすべき」という献身的教師、聖職者としての教師が理想視されてきました。逆に、授業だけするとか、残業代がきっちりほしいとか、定時には帰りますといった要望を出す教師は「サラリーマン教師」と揶揄(やゆ)されてきました。教師とは、子どもたちのすべてを担っている素晴らしい仕事なんだと、金儲(もう)けを考える者、授業だけ教えればいいという者には出来ないことだ、と。そういった考え方が根強かったんですね。
■“双方向・探究型”は従来のノウハウが通用しない
しかしやはり無理がある。一教師の「学級王国」ではなく、権限と責任を分散させることによって、もう少し柔軟に対応したり、保護者の要望を緩やかに受け入れたりといったことができるのではないか。小学校でもようやく、クラスや学年をまたいで担任がローテーションで交代する仕組みが、「学年担任制」「チーム担任制」という名のもとで始まっています。その方が、子どもにもさまざまな教師との接点が生まれて、メリットは大きいと思います。
撮影=後藤利江
木村草太さん - 撮影=後藤利江
【木村】教師が多くを抱えすぎている、という意味で最近気になっているのが「双方向・探究型授業」です。自分で調べて、考えさせて、といった授業ですね。理念としては推奨されていますが、実は様々な危険性があると感じています。
これまで、自分でテーマを見つけて、調べて、発表する、という学習は、かなり段階を踏んだ後の高等教育、つまりは大学の卒論や修士課程でやっていたことなんですね。それが高校、中学校、さらには小学校にまで下りてきている。
そういった授業には、従来型の教科を教えるのとは全く質の異なる方法論が必要になる。これはレベルが高い、低いということではなくて、ノウハウが異なる教育技術だという意味です。限られた範囲の知識を効率的に教えるとか、正確に九九の計算を身に着けさせることと、問題設定をさせて「この問題だったらこういう論文があるよ」と指導するのとは、本質的に別の作業なんです。
例えば3人、修士課程の学生がいたら、上げてくるテーマは全部違う。読んでいる論文も違うし、専門言語も全然違う。私は憲法の専門家なので、その分野の範囲では、何かしら指導できます。しかし、初等・中等教育での双方向・探究型授業の場合「テーマは何でもいいよ」となりがちです。そうすると、教える側に必要な知識が無限に増えていくんですね。
■現場で“無茶”が起きているのではないか
【内田】「何でもあり」ですからね。
【木村】経済も政治も、自然科学も知っている必要がある。でも、そんなスーパーマンみたいな教師はいない。教師側にも得手不得手があって、何を調べればいいか、子どもが調べたことが本当に正しいか、判断できないことが多々あるでしょう。
そして、こちらの方が深刻なのですが、双方向・探究型授業って、優劣をつけて評価することが非常に難しいんです。大学のことを考えてみても、学生の評価が恣意(しい)的になる危険性が常にある。残念ながら、それがパワハラに転じてしまうこともあります。
大学での論文指導では、当然、ダメなものはダメと指摘しなければいけません。ただ、それが教授の好みで論文をけなしているという形にならないように、多くの大学では、教員に学生・院生指導のためのハラスメント研修を受けてもらうようにしています。研究論文に点数や評価をつけるときは、どの大学教員も、恣意的だと言われないように、慎重に基準を作るはずでしょうし、修士号や博士号の認定の際には多くの教員が判断に関与します。大学には、「答えのない問題」に取り組む学生や院生を指導する場合のノウハウが蓄積されています。
初等・中等教育で研修やノウハウ抜きに同じことを実践すれば、パワハラが起きうるでしょう。一人ひとりが納得できる判定基準を設定しなければ、子どもたちは傷つきます。その発想が抜けたまま、とにかく探究型の授業だけやらせようとして、現場で無茶が起きているんじゃないかという懸念があります。
■「双方向」は意外と簡単にできる
【内田】大学人ならではの観点ですね。教師自身は持っている知識を総動員して頑張って指導や評価をしようとするけど、実際には知っている範囲でしか子どもを評価することが出来ない。それが価値観の押し付けという意味でパワハラになってしまいうるし、現場ではそこまで徹底することすら難しいと思います。マニュアル通りに授業を進めて、何とかギリギリ回しているのではないか。
写真=iStock.com/Peggy Cheung
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Peggy Cheung
【木村】現場の教師のキャパシティを超えた要求ですよね。本来は、双方向・探究型のプログラムを作る段階で、現場で現実的に実践できるようなメニューやノウハウを用意しておかなければいけない。双方向型の授業って、本当に難しいんです。笑えない笑い話のようですが、私の経験を聞いてください。
法科大学院が出来た際、「これから講義は双方向型にしよう」という動きがありました。講義中に、受講生に質問をしながら進めていくんですね。「では、契約解除の要件を3つ言ってくれますか」とか。本来なら、黒板に3つの要件を書いて「覚えてくださいね」で済んだことですから、非常に効率が悪いんです。
特に、法科大学院は司法試験に向けて効率よく多くの知識を吸収したい学生が多いので、こういった双方向性が負担になってしまう。そこで私は、Q&Aを配ってみたんです。質問と答えが両方載っていて、どちらも私が書いています。そのうえで「皆さん、今日はこの判例を読みます」と。「1つ目の質問です。この判例の訴訟形態は何ですか、○○君」と聞くと、「はい、先生。○○訴訟でこれは公法上の当事者訴訟です」とかペラペラ答える。「おー、素晴らしい」となる。もちろん、自分の言葉で答えてもらってもいいわけですが、大抵は配られた答えを読み上げるんですね。
■「研修」は有益だが、負担はさらに増える
【内田】台本みたいですね。
木村草太『憲法の学校 親権、校則、いじめ、PTA――「子どものため」を考える』(KADOKAWA)
【木村】でも評判が良かったんです。なぜなら、講師が1から10まで説明していたことを、半分に分けてQ&Aの掛け合いにしているだけなので、情報伝達として効率が落ちない。しかも、当てられたらすぐに答えないといけないから、受講生は必死にQ&Aを読む。一見無意味なようでいて、案外、盛り上がるし、変化が生まれる。
双方向型授業ってゼロから自由に考えさせないといけないみたいな固定観念がありますが、これは相当ハードルが高い。Q&Aを読み上げるだけでも、意外と双方向になるよ、と。
【内田】その発想は面白いです。自由度が高くないといけないという幻想がありますよね。でも、授業である限りは何らかの原理原則・型がないと成立しない。私たちが書く論文だって、型破りな展開で書いてしまったら誰も読まないわけです。大事な点ですね。
【木村】双方向・探究型授業には、これまで初等・中等教育で蓄積されてこなかったノウハウが必要なのですが、それは大学院ですでに蓄積がなされている。その意味では、大学教員が受けるパワハラ研修、アカハラ研修は、小中学校の教師にとっても有益かもしれません。ただ、教員の負担は、さらに増えますね。
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木村 草太(きむら・そうた)
東京都立大学大学院法学政治学研究科教授
1980年神奈川県生まれ。2003年東京大学法学部卒業、同大学法学政治学研究科助手を経て、現在、東京都立大学大学院法学政治学研究科教授。将棋ファンとしても知られ、2014年から東京都立大(当時は首都大学東京)にて法学系(法学部)特別講義「将棋で学ぶ法的思考・文書作成」を開講。将棋初心者の学生にも好評を博している。日本将棋連盟より三段免状を取得。著書に、『憲法』(東京大学出版会、2024年)、『憲法という希望』(講談社現代新書、2016年)、『自衛隊と憲法』(晶文社、2018年、増補版2022年)、『木村草太の憲法の新手4』(沖縄タイムス社、2023年)、『「差別」のしくみ』(朝日出版社、2023年)ほか多数。
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内田 良(うちだ・りょう)
教育社会学者、名古屋大学大学院 教授
福井県生まれ。名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士課程を単位取得満期退学。博士(教育学)。愛知教育大学教育学部講師などを経て現職。教育現場における、スポーツ事故・校則・体罰・いじめ・教員の長時間労働といった「学校リスク」の事例を社会学的に研究している。著書に、『いじめ対応の限界』(東洋館出版社)、『教育現場を「臨床」する』(慶應義塾大学出版会)、『部活動の社会学』(岩波書店)、『教育という病』(光文社新書)など多数。
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(東京都立大学大学院法学政治学研究科教授 木村 草太、教育社会学者、名古屋大学大学院 教授 内田 良)
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