「東京の大学→地方で就職」は負け組なのか…北海道の地銀にUターン就職した新入社員が就活で抱いた違和感
2025年4月4日(金)17時15分 プレジデント社
(取材日:2025年3月11日)
筆者撮影
4年間通った立教大学のキャンパスのベンチに腰掛ける新濱さん - 筆者撮影
■東京就職をやめ、地元就職を決意
北海道に帰るまで、あと2週間くらいです。春からは札幌の銀行で働きます。東京の生活もあと少し。大学時代の4年間を過ごした東京を離れるわけですが、寂しさとかはないんですよ。東京で何かをしたければ、飛行機で1時間半かけて、遊びにくればいいわけですから。
ぼくは、大学を卒業したら東京で働くつもりで上京しました。地方に比べて東京のほうが、仕事があるだろうし、きっと自分の知らない世界に巡り合えるはずだ、と。
でも、東京で暮らしていくうちに、この街に残ることに疑問を覚えてしまって……。北海道に帰って、地元に貢献できる仕事をしたいと考えるようになったんです。
もしも、自分のやりかった仕事を続けていたのに、どうしようもない理由で……たとえば、親に何かあって地元に帰らなければならない状況だったら、気持ちの整理はつかなかったかもしれません。
でも、自分で考え、自分が生活したい街で、自分で選んだ仕事に就くわけですから、いまは期待感の方が大きいです。だから、東京とはさよならだ、みたいな感傷的な気分ではないんですよ。
立教大学観光学部に在籍する新濱さんから上京の動機や、新卒での就職先を北海道に決めた経緯を綴ったメールをもらった。彼は好きな音楽や美術の最先端に触れたくて上京したと記していた。
しかし憧れの言葉のあとに続くのは、東京への思いの揺らぎだった。
〈東京生まれ東京育ちの同期が就職活動をしている際「地方は何もないし絶対行きたくないから、東京配属が確定している企業しか受けない」と笑いながら話していて、よく地方生まれの自分の前でそれを言えるな、と驚きました。その人は海外経験があり、知識も豊富で気遣いもできて、少し東京的だなと思って憧れていた友人だったのでなおさら印象に残っています〉
〈自分の視野を広げるために東京に来たのに、そこで見たのは海外志向どころか、東京でしか満足できない人たちで、私は半ばこの街に失望して、この春、地元に帰ります〉
東京で就職を考えて上京した2002年生まれの新濱さんが“東京での失望”にいたるまでに何があったのだろうか。
■美瑛のインバウンドを見て観光学部に進学
ぼくは2020年4月に、大学進学と同時に上京しました。立教大学は東京・池袋と埼玉県の新座にキャンパスがあります。ぼくは新座キャンパスから徒歩2分くらいにある家賃3万2000円のワンルームのアパートを借りて、週2、3回は東武東上線で池袋キャンパスに通っていました。池袋駅までは20分くらいですね。
観光について学んだ理由が、インバウンドです。実家の旭川市の隣が花畑や青い池で有名な美瑛町なんですよ。高校時代に、美瑛の変化を目の当たりにしました。コロナ前のインバウンド最盛期で、たくさんの外国人観光客が美瑛を訪れていました。どんどん伸びていく美瑛の観光業に勢いを感じたんです。
写真=iStock.com/DoctorEgg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DoctorEgg
これから観光が日本を支える産業になる。そんなふうにもてはやされた時期でもありました。高校生だったぼくも、成長産業である観光をきちんと学んでみたいと思うようになったんです。
■最初の半年間は実家でリモート講義を受けた
子どもの頃から続けてきた合唱のサークルに入って、友だちをつくって……と大学生活を楽しみにしていたんですが、本当にコロナに振り回されました。旭川での成人式ではクラスターが発生し、ぼくも罹患しましたし……。
都が不要不急の外出を控えるように呼びかけるさなかにひとり暮らしをはじめたら、すぐに緊急事態宣言が発令されました。外に出られず人とも会えないから、友だちをつくる機会もない。コロナの感染拡大の原因のひとつが、飛沫感染だったでしょう。合唱なんてできる状況はありませんでした。諦めるしかありませんよね。
それで結局、上京してから1カ月もしないうち、旭川の実家に帰りました。授業はすべてリモートで受けられましたから。
ようやく東京に戻れたのは、半年後の10月です。
■どんどん治安が悪くなる地元・旭川への不安と偏見
メールに書いた東京への失望は、ぼくの地元にも関係するんです。
旭川ではこの数年で立て続けに大きな事件が起きていますよね。イジメを苦にした女子中学の自殺や、女子高校生殺害事件がありました。事件の当事者たちはみんなぼくよりも下の世代の子たちです。
自分の知っていた地元とは違う……。長期休みで旭川に帰省するたび、雰囲気の変化や治安の悪化を感じるようになりました。
「あの高校では大麻が流行している」「どこそこではクスリの取引をしているから気をつけたほうがいい」……。
本当かどうかはわかりませんが、そんな話題が親や地元の友人たちの会話にふつうに出てくるようになったんです。旭川駅の裏で、友人とベンチに座って話していたときのことです。警察官に「血まみれの人を見ませんでしたか? この辺でケンカがあったから気をつけてね」と声をかけられたこともあります。
高校時代までは、まったく耳にしたことのない話題でしたし、経験もしたことがないことだったので、本当に驚きました。
■地方出身のぼくの前で「地方に配属されたくない」
事件のせいで、大学の友人に旭川出身だと言うと「大変なところでしょ」という反応が返ってくるようになりました。ぼく自身も地元の変化は感じていますし、友人たちの気持ちもわからなくはないんです。ただ矛盾するようですが、ニュースやネットで知った情報で、ぼくの地元を判断してほしくなかった。実際に自分の目で見て判断してほしかった。
東京が――いえ東京に暮らす人が、地方の現実を知りもせずに、勝手なイメージで語り、地方を切り捨てているように感じられたんです。結局、東京の人は、東京しか見ていないのかな、と。
「地方は何もないし絶対行きたくないから、東京配属が確定している企業しか受けない」
そんな考えを持っていたのは、メールで書いた彼ひとりだけはありません。似たようなことを話す東京出身の友人たちは何人もいました。ある先輩は、誰もがうらやむような大企業に入社し、そこそこ大きな地方都市に配属されましたが、その街の何もなさに耐えられずに退職したそうです。
■東京にも内向き志向な人は多い
これはぼくの先入観や思い込みだったのかもしれませんが、東京には視野が広くて、さまざまな物事に関心を持ち、知的好奇心や上昇志向が強い人が多いのだろうと思っていました。ぼくらの世代は、コロナ禍に大学時代を過ごしたから、人間関係や行動が限られてしまって、内向きになってしまった人が多かったのかもしれません。
別の見方をすると、ぼくにとってはコロナ禍が、東京ではなく、北海道で就職を考えるきっかけのひとつになりました。東京にいなくても、オンラインで授業を受けられましたし、地元にいてもサークルの先輩たちともリモートでやり取りできました。必ずしも東京じゃなくてもいいのかも。心のどこかで、そんな気持ちが芽生えた気がします。
筆者撮影
■「何もない」と思っていた北海道は、外国人の憧れの場所
東京に残るか。北海道に帰るか。
悩み始めたのは、留学先のタイから帰国し、就職活動を控えた時期です。ぼくは、2年生から3年生に進級するタイミングで、大学を1年間休学して、バンコクにあるチュラーロンコーン大学に留学しました。観光大国であるタイで、旅行について学びながら、旅行会社でインターンとして、タイ人向け訪日ツアーを企画する仕事に携わりました。バンコクは、ぼくにとって東京や北海道を相対化する場でもあったんです。
日本で東京、名古屋、大阪などを辿るコースは「ゴールデンルート」と呼ばれ、海外からの観光客がたくさん訪れています。ただ最近はゴールデンルートよりも日本の地方に旅行者の注目が集まっています。
たとえば、訪日観光客には岐阜県の白川郷も有名ですし、島根、鳥取に行ってみたいと話すタイ人もたくさんいました。雪が降らないタイでは、冬の北海道も人気です。バンコクで、ぼくが北海道出身だというと「わぁ、スゴい」とか「北海道に行ったことあるよ」という反応が返ってきて、話が盛り上がりました。
ぼく自身も北海道は好きですよ。でも、地元には何もないとも感じていたから、上京したわけですけど……。タイの人たちと接して、外から見ると北海道って魅力があふれる土地なんだな、と再発見できました。
■地方に足を運ぶことの重要性に気付いた
それは北海道に限りません。帰国後、ぼくは鳥取や島根、関西地方を、ローカル線を乗り継いで旅してみました。
とくに印象に残ったのが、島根県の松江です。
松江には、江戸時代に建築された松江城が保存されていますし、城下町だった塩見縄手にはかつての面影が残っています。宍道湖の畔に建つ島根県立美術館では、宍道湖の風景や夕日を見ながら、絵画を堪能できる。日本に住んでいながら、なんでぼくは、こんな素敵な町を知らなかったんだろう……。一つひとつの観光地は知識として知っていましたけど、実際に足を運んでみると松江の印象ががらりと変わったんです。
島根というと人口が一番少ない県とか、出雲大社っていうイメージだけでしたから。それは、ある意味で旭川を先入観や、ニュースで知ったイメージで語る東京の友人たちにも通じる話かもしれません。実際に足を運んでみないとわからないことがある。当たり前の話ですが、ぼくのなかではとても大きな気づきでした。
■やっぱり地元に貢献したい
日本の地方を旅して、なぜ、ぼくは観光を学ぼうとしたのか思い返しました。その理由は、観光を通して地元に貢献したかったからです。それなら、初心に返って北海道に戻るのもありかな、と考えはじめました。東京では、都内で大学生活を送り、バンコクに留学した経験はさほど強みになりません。留学する学生はたくさんいますから。
打算ですが、北海道では、東京やバンコクでの経験が強みになるかもしれないと就職先に北海道銀行を選びました。銀行員になれば、北海道に関係するさまざまな業種の人や企業と関われるでしょう。観光業もふくめた地元をよくしようとする人や企業を支えられるのでないか――そう考えたからです。
東京は、それぞれの人が好きなこと、やりたいことを突き詰められる街だと感じています。その考えに変わりはありませんが、ぼくがいまやりたいことが、北海道に貢献することなんです。
もうすぐ北海道に帰るのに、東京について、こんなに話をするなんて、なんか不思議な感じがしますね。
プレジデントオンラインでは、「令和の上京」の体験者を募集しています。
本連載は、個々の上京を通して、令和という時代や、東京と地方の格差、社会の変容を浮かび上がらせる目的で取材を続けています。
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山川 徹(やまかわ・とおる)
ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『それでも彼女は生きていく 3・11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社)などがある。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。最新刊に商業捕鯨再起への軌跡を辿った『鯨鯢の鰓にかく』(小学館)。Twitter:@toru52521
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(ノンフィクションライター 山川 徹)
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