問題を起こした芸能人を「排除」するだけでいいのか…ハラスメント加害者に「やり直す権利」を認めるべき理由
2025年4月25日(金)17時16分 プレジデント社
撮影=石塚雅人
■いったい誰が「性加害事件再発防止」の責任を負うべきか
――芸能界における性加害事件の再発防止策としては、「密室での打ち合わせを禁止する」というルール作りのほかに、所属事務所がタレントに人権についての教育をする必要があるでしょうか。
【森崎めぐみ、以下・森崎】もちろんした方がいいですが、タレントはあくまで個人事業主で事務所の社員ではありません。たとえ会社員でも、人権教育が行き届きにくいところで、実際問題、事務所はそこまでできるかどうかは未知数だと思います。
また、中居さんもそうだったのではないかと推測しますが、芸能界の通例で、大手の事務所から独立すると、自分で事務所を立ち上げたり、同族会社を設立することが多いと思います。広末涼子さんも、おそらくそうですね。一般的に個人事務所は企業とは交渉力に差があると言われます。そういった意味で、大企業のテレビ局と対等な交渉をするのは難しい場合もあるかもしれません。
テレビ番組は、一般企業がスポンサーですから、出演者がサプライチェーンの一環であると考えると、芸能事務所を下請け業者と認識して責任体制を考えたり、フリーランス法などに基づいたルール作りをしてもいいのではないかと思います。
■テレビ局やスポンサー、一般企業にとってもひとごとではない
――芸能人が精神的なケアを必要としている場合、誰がそれをすべきなのでしょうか?
【森崎】ここ数年で、一般企業でストレスチェックが義務化され、50人以下の中小企業にも広がる可能性があります。すでに昨年、厚生労働省が出した個人事業者等の健康管理のガイドラインでは、メンタル不調の予防が推奨されています。芸能界で働くフリーランスも対象と言えるでしょう。
特にこの業界で働く人は事業基盤が脆弱(ぜいじゃく)で、「次に仕事が来るだろうか」などと不安を抱く傾向が高いので、当然ストレス対策をするべきで、疲労蓄積度セルフチェックもする必要があると思います。
■性加害をした人でも「更生」できるプログラムとは?
――芸能従事者協会では被害者のサポートだけでなく、「ハラスメント加害者更生プログラム」を実施しています。どのようなものですか?
【森崎】これは芸能界では初めての取り組みになるかと思いますが、開発した方は、アメリカのカリフォルニア州の州法で定められたDV加害者プログラムを基にしていますが、現在は日本の文化や社会状況に応じたオリジナルのプログラムとなっています。精神科医が付き添うわけではなく、グループワーク形式で、ファシリテーターがいて、他の加害者の人と一緒にハラスメントについて考えるプログラムです。ファシリテーターと一対一になったり考えが偏らないようにするためです。ハラスメントをする人には、相手を支配しようとする傾向のある人がいるので、複数人で誰かが支配されないように配慮しています。
――この更生プログラムには、実際に女性に性加害をした男性など、そういう人も対象ですか?
【森崎】もちろんです。まだ参加者は多くないですが、長い期間をかけては1年間ほどかけ、加害者が自分の癖になっているものに気づき、目覚めて自分で正すことができ、元に戻りにくいシステムにしています。
出典=厚生労働省「令和5年版過労死等防止対策白書」
■セクハラ・DVをした男性も「自分が間違っていた」と気づく
――このプログラムを受けると、加害者はどう変わるのですか? 「女は俺の言うことを聞けばいいんだ」というような考え方の男性も変われるのでしょうか。
【森崎】自分で「これがハラスメントなんだ」と根本的なことに気づくようになるので、自然にハラスメントしたくなくなると思います。
夫にDVをされた妻から、離婚しない条件としてこのプログラムを受けることを要求されたという例もあるそうです。「このままではいけない」「暴力をふるわない自分に変わりたい」という意思によって、何歳になっても行動の変容は可能なので、事前の面談で、ご本人のモチベーションを確認しています。
■「自分を表現する方法がハラスメントだった」という参加者の声
――ハラスメントする人は、他人に注意されても言うことを聞かない傾向があるわけですね。それをどうやって変えるのですか。
【森崎】このプログラムに参加を希望した時点で本人が「変わりたい」と思っているわけなので、見込みはあると考えられます。
加害者が「ハラスメントをしていないと楽しくない」「漫才のツッコミのように、自分を表現する方法がハラスメントだった」と思っていた場合、そうした認識を覆し、「なぜそう思っていたのか」ということを自分で気づくようになるようです。何がハラスメントに当たり、何が相手を怖がらせることなのかとか、もし自分が過去の自分に会ったら今の自分がどう思うかとか、そういうことをトレーニングするうちに、「以前の自分はハラスメントの行為者だった」と自然に気づいていくんです。
写真=iStock.com/Prostock-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Prostock-Studio
■ハラスメントしなくなったら、芸能界に復帰していいのか
――ハラスメントをしない人に変わった後は、芸能界に復帰できる方がいいと思いますか?
【森崎】私はハラスメントや加害をしてしまった人にも、やり直しの機会が与えられるべきだと思います。だから、どんな有名人でも、そうでなくても、性加害をした人には更生していただきたい。そのためにこのプログラムを受けることをおすすめします。そして、本当に更生したら、また表舞台に出て仕事に復帰することを社会的に認められてもいいのではないかと思います。
――中居正広さんの場合、SMAPという国民的アイドルグループに所属していたわけで、「中居くんの事件があったから、もうSMAPの歌を楽しく聴けない」というようなファンの悲しみの声もネットなどにあふれています。
【森崎】本当に残念なことです。性加害事件を防止できなかったことによってエンタメのコンテンツの価値が毀損(きそん)される。他にも、映画関係者が事件を起こした場合もたいへんです。映画が上映できなくなったり、たくさんのキャスト、スタッフが関わった作品がお蔵入りになってしまうと、収益が見込めなくなります。海外にも売り出せず、日本の不利益になってしまうので、もちろん被害者を出さないことが第一ですが、その意味からも、こういった事件が起きた時の持続可能な収束方法を編み出さなければなりません。
■「問題を起こした人を切り離せばいい」というのは間違い
――芸能界、テレビ業界のハラスメント状況の改善に向けてどうすべきだと思いますか?
【森崎】加害者が本当に二度とハラスメント・加害をしない人に変わることができ、人との付き合い方や言葉、リーダーシップの取り方が変わり、それが社会に適合したものであれば、その時は受け入れてもいいのではないかと思います。
今はそれが難しく、関係者全員が「問題を起こした人をただ切り離せばいい」「今だけテレビの放送で見えなければいい」という対応になっている気がします。テレビのCMに宣伝費を出しているスポンサー企業は、問題があるテレビ業界にお金を出していたわけですから、ひとごとではありません。社会全体で変わっていくことが重要です。そうすれば、二度とこのようなことは起きなくなると思います。
今の日本では、まだまだ社会の中にハラスメントを許容する空気があり、私たちもその一員です。一人のせいにするのではなく、全員で変わっていかなければなりません。もちろん被害者の方を一人にせず、誰もが被害者になるかもしれないという認識を持ち、みんなで救い合う気持ちが必要だと思います。
出典=厚生労働省「令和6年版過労死等防止対策白書」
出典=厚生労働省「令和6年版過労死等防止対策白書」
■フジの100万円打ち合わせ経費と現場の労働実態の格差
――森崎さんは、芸能従事者の労災保険団体を設立するなど、労働環境の改善にも取り組んできましたね。
【森崎】はい。喫緊に必要でとても重要な問題です。フジテレビの第三者委員会の報告書で、中居さんや他のタレント、番組プロデューサーたちが参加したホテルでのパーティーにかかったお金の100万円ほどが、番組の制作費として処理されていたというのがありました。今どきそんなに使えるのかと驚きました。
テレビ番組などの制作現場で下請けとして働いているフリーランスの人たちは、最低賃金ももらえないような状況で肉体労働をし、働く場所に更衣室やトイレすらもなくケガする危険性もあるところだったりします。労災保険も自腹で加入しています。この格差があまりにもアンバランスではないかと思いました。
打ち合わせのパーティーに100万円使うぐらいなら、現場の安全性を高めるために使ってほしいです。ハラスメントの問題と同時並行でを安全衛生を改善してほしいと、せめてこの点だけは、現場の声を届けさせていただきたいと思います。
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森崎 めぐみ(もりさき・めぐみ)
俳優、一般社団法人日本芸能従事者協会代表理事
映画『人間交差点』で主演デビュー。キネマ旬報「がんばれ!日本映画スクリーンを彩る若手女優たち」に選出。テレビ『相棒』、舞台『必殺!』など多数出演。代表作は映画『CHARON』。2021年に全国芸能従事者労災保険センターを設立。文化庁「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議」委員。著書に『芸能界を変える――たった一人から始まった働き方改革』(岩波新書)がある。
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(俳優、一般社団法人日本芸能従事者協会代表理事 森崎 めぐみ)
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