車の安全基準「米国式」は歩行者を守る基準なし…交通事故遺族「自国の安全、どうか譲らないで」

2025年5月6日(火)5時0分 読売新聞

日本にあり、米国にない自動車の安全基準

 日本の自動車の安全基準を「非関税障壁」とみなすトランプ米大統領の主張を巡り、米国独自の基準のみに適合した車をそのまま国内に受け入れた場合、歩行者の安全性が後退するとの懸念が出ている。日本の基準の多くは過去の事故を教訓とし、国連基準にも盛り込まれてきた。事故の遺族からも心配する声があがっている。

 「日本や欧州で採用している国連基準と違い、米国の車には歩行者を守る基準がない」。国土交通省幹部はそう説明する。

 トランプ氏が特にやり玉に挙げてきたのが、その歩行者の頭部保護基準だ。自身のSNSに「日本のボウリングボール試験」と書き込み、「ボウリングの球を落としてボンネットがへこむ車は不合格になる」と批判してきた。

 だが、実際に行っているのは、はねられた歩行者の頭部を守るため、ボンネットなどに一定の軟らかさを求める試験で、大人や子どもの頭に見立てた半球状の測定機を時速35キロでぶつけて衝撃を測っている。

 道幅に制約があり、「歩車分離」が物理的に難しい道路が多い日本では、歩行者が犠牲になる事故の割合が高い。そのため、国交省は「交通死を最大年100人減らす効果が期待できる」として2004年に安全基準に導入。日本が主導し、国連基準にも盛り込まれた。

 歩車分離が進むなど道路事情が異なる米国には、こうした歩行者保護基準はなく、トランプ氏は誤った認識に基づき日本に基準緩和を求めてきたことになる。

 米国側に存在しない安全基準は、他にもある。

 日本の乗用車などは、6歳児を模した円柱(高さ1メートル、直径30センチ)を車の前や側面に置き、運転席から視認できる必要がある。車高やボンネットの影響で直接見えない場合、「サイドアンダーミラー」と呼ばれる補助ミラーの設置義務付けが03年に決まった。

 レジャー用多目的車(RV)の流行などにより、死角にいた子や孫を巻き込んでしまう事故が相次いだことを受けたもので、これも国連基準に採用されている。緩和すれば子どもを巻き込む事故が増える恐れがある。

 19年4月の東京・池袋の乗用車暴走事故や同5月の大津市の保育園児ら16人死傷事故などを受け、前方の歩行者や車を検知し、衝突被害を軽減する「自動ブレーキ」の設置も、日本が主導して国連基準となった。国内では国産の新型車は21年11月、輸入新型車も24年7月から設置を義務づけている。

 池袋の暴走事故後、高齢ドライバーの事故対策などを進めるよう国に要望してきた「関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」代表理事の小沢樹里さん(44)は「日本の安全基準には、つらい事故を無駄にせず、道路環境に合わせて歩行者の安全性を一歩ずつ高めてきた歴史がある。自国の安全・安心はどうか譲らないでほしい」と話す。

 米国基準にはあるが、日本などの国連基準にない項目も存在する。横転事故に備えた乗員保護だ。高強度のガードレールが高速道路に整備され、道路からの逸脱による横転事故が少ない日本では、横転対策は安全基準化されていない。

 一方、米国では地方を中心に「ハイウェー」にガードレールがなく、路外逸脱による横転が多い。運転手や同乗者を守るため、ルーフ(屋根)の耐衝撃性を確かめる試験が導入されている。

 日本の自動車を米国に輸出する場合、こうした米側の独自基準に合わせた試験をクリアする必要がある。「安全基準の違いは、互いの道路事情によるところが大きく、非関税障壁ではなく『お互いさま』」と別の国交省幹部は話す。米国を特別扱いすれば、同様に独自基準を定める中国からも同じ対応を求められる恐れがある。

 ◆国連基準=各国当局や産業団体などが「国連自動車基準調和世界フォーラム(WP29)」で審議して定めた国際的な自動車の安全・環境基準。乗用車ではブレーキ、速度計、騒音など43項目あり、日本は全て採用しているが、米国はドア金具など3項目にとどまる。メーカーはこの基準に沿って日本で型式指定を取得すれば英国、ドイツ、フランス、韓国、タイなど約60の採用国で同様の試験を経ずに認証を得られる。

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