増えるは「子ども」ではなく「官僚の利権」…森永卓郎さんが最期まで憂いていた"止まらない少子化"の根本原因
2025年2月15日(土)8時15分 プレジデント社
本人提供
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■少子化の本当の原因は何か?
少子化の原因は、合計特殊出生率の低下だ。
合計特殊出生率(Total Specific Fertility Rate)は、しばしば「1人の女性が一生の間に産む子どもの数」という説明がなされるが、それは正確ではない。
正しくは「15〜49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの」だ。
そもそも合計特殊出生率の「特殊」という言葉は、昔留学した厚生省の官僚が言い出したもので、その官僚は英語が得意ではなかったために、SpecificをSpecialと勘違いして、「特殊」と訳してしまったのだそうだ。Specificは「それぞれの」というのが本来の意味だ。ただ、一度広がってしまった誤訳を修正するのは容易ではなく、いまだに誤訳が使われ続けていることになる。
さて、人口学では合計特殊出生率が2.1を下回ると、人口の再生産が可能な出生数が得られないことが古くから知られている。つまり、必然的に人口減が進行していくわけだ。
2023年の合計特殊出生率は1.2と、2.1を大幅に下回っていて、少子化が進んで当然の状態になっている。
では、なぜ合計特殊出生率が低下しているのか。
■少子化の原因は「生涯未婚」が増えたこと
いまから四半世紀前までは、それは「晩婚化」が原因だとされていた。
女性の社会進出に伴って、出産を先送りする女性が増えてきた。だから、一時的な出生率の低下が起きているが、出産を先送りしているだけなので、いずれ出生率は回復するだろうと多くの学者が考えていたのだ。
しかし、その考えが完全に間違っていることが、すぐに明らかになった。
合計特殊出生率は、次の3つの要因で決まることがわかっている。
①平均初婚年齢
②完結出生児数(これが本当の1人の女性が一生の間に産む子どもの数)
③生涯未婚率(統計的には50歳時の未婚率)
1985年から2020年までの35年間の変化を見ると、妻の平均初婚年齢は、25.5歳から29.4歳へと3.9歳晩婚化している。ただし、直近9年間は、晩婚化はまったく進んでいない。
一方、結婚した女性が生涯に産む子どもの数である完結出生児数は、1987年(85年は調査がない)の2.19から、2021年には1.90となっている。若干低下しているが、結婚すれば、いまでも女性はほぼ2人の子どもを産んでいるのだ。
それでは、なぜ少子化が進んでいるのか。
その答えは明らかだ。女性の生涯未婚率が1985年の4.3%から、2020年には16.4%へと劇的に上昇したのだ。
ちなみに男性はもっと極端で、1985年の3.9%から、2020年には25.7%に上がっている。つまり、いま起きている少子化の主因は「結婚しない」ことなのだ。
■「しない」ではなく、「できない」
「結婚しない」という表現は正確ではない。正しくは「結婚できない」のだ。
国土交通省が「平成22年度結婚・家族形成に関する調査報告書」を再集計した結果によると、20〜30代男性の場合、年収800〜1000万円の既婚率は44.0%だが、年収の下落とともに既婚率は低下し、年収100万円台は5.8%、100万円未満は1.3%となった。
年収が下がると結婚している人の割合が絶望的に下がるのだ。
労働政策研究・研修機構が2014年に発表した報告書で、20代後半男性の既婚率を見ても、年収150〜199万円が14.7%であるのに対して、年収500〜599万円だと53.3%に跳ね上がる。
非正社員の平均年収は170万円だから、非正社員の男性はほとんど結婚してもらえないのだ。
労働力調査によると、1984年の非正社員比率は15.3%だったが、2023年には37.1%と劇的に上昇している。
平均年収が170万円ほどしかない非正社員が爆発的に増えたから、結婚ができなくなったというのが少子化の本当の原因なのだ。
写真=iStock.com/PonyWang
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■本当の少子化対策は「所得格差縮小」
私のゼミの女子学生に「相手の年収がいくらだったら結婚しますか?」と聞いたら、全員が500万円以上と答えた。非正社員は、そもそも結婚相手の対象になっていないのだ。
このことを前提にすると、真の少子化対策は簡単に導き出せる。格差を縮小することだ。
具体的な対策としては、最低賃金を大幅に引き上げるとか、同一労働同一賃金を厳格に適用する、あるいは逆進性の強い(低所得者ほど負担が大きい)消費税を減税する、さらには国民全員に毎月一定金額を給付するベーシックインカムを給付するなど、所得格差を縮める手段は無数にある。
たとえば、韓国の最低賃金(時給)は、2013年には4860ウォンだった。ただ、その後、韓国政府は猛烈な勢いで最低賃金を引き上げ、2023年の最低賃金は9620ウォンとなっている。10年間でほぼ2倍、年平均の引き上げ率は7%に達している。
一方、日本の最低賃金は2013年の全国平均が764円、2023年は1004円で、10年間で31%増、年平均の引き上げ率は2.8%にとどまっている。
韓国で実施できた最低賃金の引き上げが、日本ではできない理由はどこにもないのだ。
しかし、実際に官僚たちが作った異次元の少子化対策の具体的な内容に、格差縮小の施策は一切ない。そのすべてが「子育て支援」だったのだ。
写真=iStock.com/koumaru
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■一番大きな拡充は「所得制限の撤廃」
2023年6月13日、こども未来戦略会議が、「こども未来戦略方針」を発表し、異次元の少子化対策の骨格が明らかになった。報告書は、今後3年間に集中的に取り組む「こども・子育て支援加速化プラン」として4本柱を掲げた。
①ライフステージを通じた子育てに係る経済的支援の強化や若い世代の所得向上に向けた取り組み
②全てのこども・子育て世帯を対象とする支援の拡充
③共働き・共育ての推進
④こども・子育てにやさしい社会づくりのための意識改革
そして、経済的支援の冒頭に掲げたのが児童手当の拡充だ。報告書は次のように書いている。
児童手当については、次代を担う全てのこどもの育ちを支える基礎的な経済支援としての位置付けを明確化する。このため、所得制限を撤廃し、全員を本則給付とするとともに、支給期間について高校生年代まで延長する。
児童手当の多子加算については、こども3人以上の世帯数の割合が特に減少していることや、こども3人以上の世帯はより経済的支援の必要性が高いと考えられること等を踏まえ、第3子以降3万円とする。
この方針に基づいて児童手当が拡充されることになった。
これまでの児童手当は、2歳までが月額1万5000円、3歳から中学生までが月額1万円だったが、2024年10月からは、給付金額自体は変わらないものの、支給期間が高校生までに延長された。また、第三子以降に関しては、これまでの1万5000円から倍増の3万円となった。
そして、一番大きな拡充は所得制限の撤廃だ。所得制限額は家族構成によって異なっていたのだが、共働き世帯で子どもが1人の場合は、年収833万3000円で減額になり、年収1071万円で支給停止になっていた。それをいくら所得が高くても、児童手当が給付されるように変えたのだ。
■子育て家計の増収は「雀の涙」
こうした児童手当の拡充策で、子育て世帯の家計がどれだけ潤うのか、第一生命経済研究所が推計を発表している。
実質増収は、子どもが1人の場合、年収300万円世帯(夫婦で年収の多いほうが300万円)は20万円、500万円世帯は15万円、年収700万円世帯は3万円だ。しかもこれは年額ではない。生まれてから高校を卒業するまでの総額だ。
子ども1人を大学まで通わせると2000万円の教育費が必要と言われるなか、こんな微々たる額で、子どもを持とうと思う人は皆無だろう。
ちなみに、年収700万円の場合、なぜ3万円と恩恵が極端に少ないのかと言えば、高校生にも児童手当を給付することと引き換えに、その間の扶養控除を廃止することを想定しているからだ。
一方、子どもが3人の場合は、年収300万円世帯で350万円、年収500万円世帯で337万円、年収700万円世帯で314万円と、それなりの恩恵がある。もちろん子ども3人分だから1人当たりに直せば100万円強にすぎない。
しかも、ここには罠が潜んでいる。
月額3万円の児童手当をもらえるのは第三子だけだが、高校を卒業した子どもは、子どもとは見なさないというルールになっている。つまり、第一子が高校を卒業すると、第三子は第二子とみなされるため、3万円の児童手当をもらうことはできなくなるのだ。このルールの下では、高校生になっても全員が3万円の児童手当をもらえるのは、ほぼ3つ子の場合だけということになる。
■高所得層には大きなメリット
このように児童手当の拡充でメリットを受ける国民が多くないなかで、児童手当拡充でとてつもなく大きなメリットを得る階層がある。
それは高所得層だ。たとえば、年収1000万円世帯では、子どもが1人で117万円、子どもが3人だと694万円もの手取り増となる。
児童手当の所得制限が撤廃され、いままで受け取ることができなかった児童手当を受給できるようになるからだ。
じつは、年収1000万円を超えるサラリーマンは、国税庁統計によると全体の7%しかいない。そうした層だけをターゲットにして、子育て支援をしても、大きな効果がないのは明らかだろう。
写真=iStock.com/TAMAKI NAKAJIMA
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■官僚たちは得をする
それでは、なぜそんな政策が採用されたのか。
霞が関で働く官僚は、30代の課長補佐でも1000万円前後の年収を得ている。児童手当拡充で集中的にメリットを受けるのは、政策立案者である彼ら自身なのだ。
それでも、官僚が今回の少子化対策を機に、3人目、4人目の子どもを作ってくれるなら救われるが、そんなことはありえないだろう。
もちろん官僚に悪意があった可能性は小さい。政策を考えるキャリア官僚は、省内結婚をしてパワーカップルになっているケースが多い。彼らは、自分たちの目線で、子育てに何をしてくれたら嬉しいかを考える。そこから出てきた政策が、ズレまくった異次元の少子化対策だったのだ。
■「出産費用の健保適用」も官僚のためのお手盛り政策
2023年4月から、出産育児一時金の給付額が42万円から50万円に引き上げられた。さらに異次元の少子化対策の一環として、2026年度を目途に、出産費用に健康保険を適用することが検討されている。
これまで、出産育児一時金の額を超える出産費用は自己負担だったが、保険適用になると高額の出産費用がかかった場合の自己負担が小さくなることが見込まれている。
国民健康保険中央会の「2016年度出産費用の統計情報」によると、出産費用が一番低い鳥取県は39万6331円であるのに対し、一番高い東京都は62万1814円と、費用の格差は22万円にも及んでいる。
出産一時金は全国一律の50万円だから、言い方は悪いが、鳥取県では出産費用だけの損益を考えたら、出産で「儲かって」いた。
一方、東京都で出産すると12万円以上の持ち出しとなっていた。
出産費用に健康保険を適用するということは、地方で出産することのメリットを奪い、大都市での出産を支援するという意味を持つ。
■パワーカップルに恵の雨
なぜ、そんな政策を官僚が打ち出しているのか、説明するまでもないだろう。
異次元の少子化対策における官僚のお手盛りは枚挙に暇がない。
たとえば、こども家庭庁は、2025年度にも夏休みの時期などに短期間だけ開く放課後児童クラブ(学童保育)への補助金制度の創設を調整する方針だ。
共働き世帯の増加を踏まえ、ニーズが多い夏休みの受け皿増加につなげるものという建て前になっている。
政府はすでに、ベビーシッターを雇うときにまで補助金を出している。
国のベビーシッター補助事業では、承認を受けた事業所の従業員がベビーシッターを利用した場合に、最大月額5万2800円の補助がすでに出されている。もちろん国家公務員も適用対象に含まれている。
こうしたサービスの拡充は、パワーカップルにとって、まさに恵みの雨となるのだ。
写真=iStock.com/fatido
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■なぜ専業主婦への補助はないのか
一方、専業主婦世帯で、女性が自分の手で子育てをしている場合には一切補助がない。
「子育ては社会全体で支援する」という理念に基づけば、子育て全体を支援するべきで、「共稼ぎ」か「片稼ぎ」かというライフスタイルによって差別をすべきではない。
だから、保育所とか学童とかベビーシッターに補助金を出すのであれば、本来なら専業主婦で子育てをしている人にもその分補助を出すべきだ。
しかし、そうした動きはまったくなく、共稼ぎ世帯の優遇だけがどんどん進んでいく。専業主婦として子育てに専念する可能性がほとんどなくなってきた官僚が、自らの利益を想定して、あるいは自らの狭い視野だけで政策作りをしているからなのだ。
ほかにも官僚のお手盛りといえる政策がある。
少子化対策の一環としての、夫の育休推進だ。現在でも、産後8週間以内に夫が4週間分の育休が取得できるが、制度を利用して育休を取得した場合、その期間の給与の80%(手取りにすると100%相当)が支給されるようにする予定だ。
現行制度では、夫が育休を取得した場合の手当は、給与の67%(手取りの80%相当)が支給されるだけなので、大幅な給付増となる。この制度の恩恵も官僚はフルに受けることができる。
3兆6000億円の少子化対策予算では、なぜか共稼ぎ世帯優遇の子育て支援だけが拡充されていく。
■少子化対策で増えるのは官僚の利権
その一方で、野党が一貫して要求してきた学校給食費の無償化や大学の無償化に関して、官僚は無視を決め込んでいる。
学校給食費の無償化に必要な財源は5000億円、国立大学の無償化は3000億円で可能だ。
それをなぜ官僚が進めようとしないのか。
森永卓郎『官僚生態図鑑』(三五館シンシャ)
それは、少子化対策予算が官僚とは無関係の低所得層に流れてしまうからではないか。
あまりにうがった見方だというのなら、もう1つの可能性は天下りだ。
学校給食や国立大学を無償化しても、官僚になんの利権も生まれない。
ところが、子育て関連サービスを拡充したり、育休関連給付を創設したりすると、そこには新たな運営予算や天下りポストが発生する。
異次元の少子化対策で生まれるのは、子どもではなく、官僚の利権なのだろう。
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森永 卓郎(もりなが・たくろう)
経済アナリスト、獨協大学経済学部教授
1957年生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。専門は労働経済学と計量経済学。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』『グリコのおもちゃ図鑑』『グローバル資本主義の終わりとガンディーの経済学』『なぜ日本経済は後手に回るのか』などがある。
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(経済アナリスト、獨協大学経済学部教授 森永 卓郎)