「議論が煮詰まってますね」と膠着感を出す人は煮込み料理のツボを知らない…語彙力がヨボヨボな人の気まずさ
2025年2月20日(木)10時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/opico
※本稿は、吉田裕子『[新版]大人の語彙力が使える順できちんと身につく本』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
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長く使っている間に、本来の意味から変化して使われるようになった言葉が多くあります。あなたはどちらの意味で使っているでしょうか? いくつか取り上げてみましたので、チェックしてみましょう。
■「潮時」はちょうどよいやめどき?
「御(おん)の字」
元 大いにありがたい
今 一応、納得できる
「御」の字をつけて呼ぶほど、ありがたがることですから、最上のもの、望みが叶って十分に満足できることに使います。江戸初期に、遊女たちの使っていた言葉が広まりました。
現在では、「まあまあよい」「一応、合格点」という意味で使う人が過半数です(文化庁「平成20年度国語に関する世論調査」)。
〈point〉大満足には「本望(ほんもう)」「会心の出来」、まずまずなら「及第点」を使います。
「潮時(しおどき)」
元 ちょうどよいとき
今 ちょうどよいやめどき
航海する際に、潮の満ち引きや流れのいいときを「潮時」と呼びました。ですから、ぴったりのタイミングを意味しているだけで、否定的な語感はとくにありませんでした。
ただし現在ではもっぱら、引退・撤退・別れの決断にちょうどいいときという意味で使います。
〈point〉ちょうどよいときにやめられないことや、決断力のない状態を「往生際が悪い」といいます。
「白羽の矢が立つ」
元 犠牲者として選ばれる
今 名誉な役割に選ばれる
神様が生け贄を要求するとき、家の屋根に白羽の矢を立てると信じられていました。生け贄になるわけですから、つらい役がまわってくるという意味でした。
しかし、由来が忘れられ、よい意味で使われることが増えました。決まった形の慣用句なので、「白羽の矢が当たる」と変えてしまわないようにしましょう。
〈point〉大人数から選出するという語にはほかに「抜擢する」「篩(ふるい)にかける」があります。
「垂涎(すいぜん)」
元 食べたくてよだれを垂らすこと
今 あるものを欲しいと熱望すること
「涎(よだれ)を垂らす」わけですから、もともと食べ物を欲しがる様子をいう表現です。
それほど上品な言いまわしでもないのですが、比喩的に何かを強く求めることをいう表現として広く定着しています。「ファン垂涎の再演」などと使われています。
「すいえん」と読むのは、本来誤りです。
〈point〉何かを楽しみに待つ様子は「待望」「待ち焦がれる」「待ちかねる」と表せます。
■「やぶさかでない」は積極的? 消極的?
「穿(うが)った見方」
元 物事の本質をとらえる
今 疑ってかかる
「雨だれ石を穿つ」ということわざがあります。雨だれが長い間落ち続ければ、かたい石にも穴が開くことから、継続的努力の大切さを説くものです。このように、「穿つ」は元来するどく貫くという意味で、物事の核心の一点を巧みに突く観察力・表現力を表しましたが、今は変に深読みして勘ぐるニュアンスになっています。
〈point〉素直でない見方は「斜に構える」「ひねくれた」「シニカル」といいます。
「やぶさかでない」
元 努力を惜しまない
今 仕方なくする
「吝(やぶさ)か」は、ケチ(吝嗇(りんしょく))なこと。それに打ち消しの表現をつけ、「手伝うのにやぶさかでない」といえば、「努力を惜しまず積極的に手伝う」ことでした。
現在では「嫌ではない」ぐらいの消極的な意味に誤解している人が多いため、やる気のアピールには使いにくくなってしまいました。
〈point〉快く引き受ける際には「お安い御用です」「喜んで」というと確実です。
「微妙」
元 趣深く優れた様子、繊細な美しさ
今 いまいちである
『[新版]大人の語彙力が使える順できちんと身につく本』(かんき出版)。
かつては「絶妙」「精妙」と同様、よい意味で用いていたのですが、今では、期待に添えていない状態をいうのに使われています。
もともと「微(かす)かなところに味わいがあり、はっきりと言葉で言えない」ということだったものが、「よいか悪いかはっきりと言えない状態だ」というニュアンスに転じました。
〈point〉微妙、いまいちな様子は「冴えない」「切れ味が悪い」「ふるわない」ともいいます。
「確信犯」
元 本人は正しいと信じて行う犯罪
今 本人も悪いと知りながらする悪事
元来、自身の政治的信念や宗教的信条を貫くため、法律違反と知りながらも犯す罪をいいました。本人は、道徳的に正義であると思って遂行しているのです。しかし、日常的には、「自分でも悪いと確信しながらも、わざとやること」という意味で使われています。また、犯罪というより、ちょっとした悪事に使うようになっています。
〈point〉意図的に悪事を行うことを「故意に」「悪意を持って」と表現します。
■「破天荒」は豪快で大胆?
「議論が煮詰まる」
元 議論が十分なされ、結論が出せる状態になる
今 議論が行き詰まり、新たなアイデアが出ない
料理の「煮詰まる」は、十分煮込んだ煮物の水気が飛んで味が凝縮し、仕上がった状態です。
議論が「煮詰まる」のも、同じ趣旨だったはずですが、「行き詰まる」や「気詰まり」から影響を受けたのか、ネガティブな語感となり、もはや新たな展開が期待できない、困った状態を意味するようになっています。
写真=iStock.com/quietmind_art
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/quietmind_art
〈point〉議論が進まない状態は「膠着(こうちゃく)状態」「袋小路(ふうろこうじ)」ともいいます。
「破天荒」
元 前例のないことを成し遂げる
今 豪快で、大胆なことをする
本来は、偉業を成し遂げること。唐代の中国で、科挙の合格者が長年出なくて「天荒」(荒れ地)と見下されていた地域で、はじめて合格した人を称えた言葉が「破天荒」でした。
今日では主に「無茶な言動をする様子」を表すようになっています。褒め言葉だと受け取ってもらえることは稀でしょう。
〈point〉斬新(ざんしん)さを褒めるには「未曾有(みぞう)」「前代未聞」「型破り」なども使えます。
「姑息(こそく)」
元 一時の間に合わせ
今 ずるい、卑怯な
「姑」は「しばらく」、「息」は「休息」という意味の字で、ほんの一時、間に合わせの策でしのぐことを意味していました。
その場しのぎの言動はずるく感じられることから、現在では、73パーセント以上の人が「卑怯だ」というネガティブな意味で使っています(文化庁「令和三年度 国語に関する世論調査」)。
〈point〉ひどいやり口には「卑怯な」、ずるい手口には「狡猾(こうかつ)な」「抜け目のない」というのが正確です。
「こだわる」
元 細かいことを必要以上に気にする
今 妥協せず、細部まで追求する
漢字で書くと、「拘(こだわ)る」。つまらないことに必要以上に心が拘束される、という悪いイメージの言葉でした。この字で「拘泥(こうでい)」などともいいます。
しかし現在では「こだわりの逸品」「こだわりを持って仕事をする」と使うように、高い理想のもとに細部まで吟味を重ねる、というよい意味に変わっています。
〈point〉つまらない事柄にこだわり続けることは「固執」「執着」といいます。
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吉田 裕子(よしだ・ゆうこ)
国語講師
東京大学教養学部・慶應義塾大学文学部卒業、放送大学大学院・京都芸術大学大学院修了。大学在学中から学習塾の教壇に立ち、卒業後も難関大学受験塾や私立高校で教える。現在は東進ハイスクールで大学受験指導を行うほか、企業の敬語・文章術・読解力の研修を行う。また、毎日文化センター・NHK学園などのカルチャースクール・公民館などで大人向けの古典入門講座やエッセイ教室などを担当し、10代から90代まで幅広い支持を得ている。NHK Eテレ「知恵泉」や日本テレビ系「月曜から夜ふかし」などのテレビ出演、音声配信Voicy「仕事と人生に効く!毎朝古典サプリ」の配信など、各種メディアでも国語について積極的に発信している。著書は『大人の言葉えらびが使える順でかんたんに身につく本』(かんき出版)のほか、『池上 彰 責任編集 明日の自信になる教養4 思いが伝わる語彙学』(KADOKAWA)など多数。
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(国語講師 吉田 裕子)