〈テスラ離れ〉愛車に「トヨタのロゴ」を付けて擬態…テスラ車の持ち主が「トヨタのふり」をはじめた切実な理由
2025年3月25日(火)7時15分 プレジデント社
放火されたテスラ車=2025年3月14日、ベルリン - 写真=dpa/時事通信フォト
写真=dpa/時事通信フォト
放火されたテスラ車=2025年3月14日、ベルリン - 写真=dpa/時事通信フォト
■相次いで放火事件の標的に
高級EVとして憧れの的だったテスラだが、昨今は政治的象徴として見なされるようになったことで、オーナーたちの間に不安が広がっている。全米各地でテスラ関連施設や車両への襲撃が相次いでおり、サイバートラックへの放火やショールームへの銃撃など、事態は悪化の一途をたどる。
AP通信の報道によれば、3月18日にラスベガスのテスラサービスセンターで何者かが複数のテスラ車に火を付けた。建物の入口には「resist(抵抗せよ)」という赤い文字が書かれていた。犯人は火炎瓶を投げた後、車両に向けて発砲したとされる。
シアトルでも3月上旬、駐車場内のサイバートラック4台が燃やされる事件が起きた。同週末には、男性がテスラのフラッグシップセダンであるモデルSにガソリンを散布し放火する様子が、通行人によって目撃されている。
オレゴン州セーラムでは、41才男性が逮捕された。容疑者はテスラ販売店に約8個の火炎瓶を投げ込み、消音器付きAR-15ライフルを持っていた。英インディペンデント紙は、この容疑者が同じ店舗を二度襲い、連邦裁で未登録装置不法所持の罪に問われていると伝えている。
ほか、テスラ販売店の窓に「ナチ」と落書きする事件や、米ABCニュースが報じるように、テスラの充電ステーションにトランプ前大統領を侮辱する言葉を落書きし、火炎瓶で施設に火を付ける事件が生じている。テスラを所有したり充電ステーションや販売店に近づいたりすることに、リスクが伴うようになっている。
これら一連の事件についてアメリカのパム・ボンディ司法長官は、「テロそのものだ」と強く非難。各被告には、最短5年から最長20年の刑が科される可能性があるという。
■「マスク氏の言動が会社に悪影響を及ぼしている」
テスラ車に憎悪の感情が向くようになった背景に、マスク氏の言動がある。かつて技術革新の旗手として尊敬されていたマスク氏だが、トランプ大統領の就任式での行動や右派寄りの発言が物議を醸している。
米メディア「ザ・ウィーク」では、マスク氏がトランプ大統領の就任式で見せた行動を取り上げている。彼が聴衆に対して腕を斜め上にまっすぐに伸ばし、高々と掲げたポーズが、ナチス式の敬礼に酷似していたことから批判が集まった。この仕草が意図的なものだったかどうかについては議論がある。
テスラの社内にも不満がくすぶる。「ワシントン・ポスト」紙は、テスラ内部の不安を報じた。社員や投資家たちは、マスク氏とトランプ大統領の関係がテスラのビジネスモデルや環境への取り組みを危うくしていると懸念を抱いているという。テスラのある部署で開かれた会議では、社員や幹部らがマスク氏の言動が会社に悪影響を及ぼしていると公言したほどだという。
こうした批判の声に対し、マスク氏は猛反論を展開している。「ビジネス・インサイダー」によれば、マスク氏は3月19日、FOXニュースの番組「ハニティ」に登場し、テスラ車への破壊行為について「左派からのこれほどの憎悪と暴力に驚いた」と心境を語った。彼は「民主党は思いやりの政党だと思っていたのに、彼らは車両を燃やし、ショールームに火炎瓶を投げ込み、銃撃し、テスラを壊している」と怒りをあらわにした。
マスク氏は「テスラは平和を重んじる企業だ。我々は何も悪いことをしていない」と強調。さらに破壊行為の背景に大規模な陰謀が潜んでいる可能性を示唆し、「誰が資金を出し、誰が指示を出しているのか分からない。これは常識では考えられない。こんな事態は初めてだ」と語った。
■愛車のエンブレムを交換しトヨタやマツダのふりをする
力説するマスク氏をよそに、「テスラに乗っていること自体、マスク氏を信奉している証しである」との誤解が、アメリカやカナダで広まっている。ヘイトを向けられたテスラのオーナーたちに非はないが、事実上、自衛策を講じざるを得ない状況だ。
多くのテスラ所有者たちは愛車がテスラであることを隠そうと、様々な“擬態”を試みている。米ファスト・カンパニーは、テスラのオーナーたちが「リバッジング」と呼ばれる車のエンブレム交換に取り組んでいると紹介している。
SNS上には、テスラ特有の流れるようなボディラインを持つ車に、トヨタほか、マツダやホンダ、アウディ、リビアンといった別メーカーのバッジが付けられた画像が見られる。また、テスラのロゴを完全に外して無印状態にしている持ち主も少なくない。イーロン・マスク氏の支持者だと周囲から誤解されぬように、念を入れた対策だという。
米KCRGの報道によれば、アトランタ在住のポール・ランキン氏はマスク氏への抗議として愛車テスラからエンブレムを外した。ランキン氏はヒートガンを使い、手作業でエンブレムを取り除いた。「イーロン・マスクは国民が選んだ公職者ではない」として、この行動に踏み切ったと語っている。
■車体に「TOYOTA」のペイントも…
全国各地でテスラ車が破壊行為の標的になっているニュースを知り、ランキン氏は行動を決めたという。「何か行動を起こしたかったのです。小さな抵抗かもしれないですが、自分なりに一歩を踏み出した気持ちになれます。心理的には、わずかでも行動を起こした感覚がある」と彼は話す。
米自動車メディアのカー・バズは、ロゴを巧妙に付け替えたものから、サイバートラックに「TOYOTA」の文字をペイントした無理のあるものまで、数多くの事例があると報じている。
だが、たとえぎこちない擬態であっても、有名なテスラの「T」のエンブレムを付けたまま走っているよりはずっと良いという。シアトル地区でモデルYからテスラのエンブレムを外したジョーダン・シュワルツ氏は米ラジオ局KUOWの取材に対し、「テスラが付けたシンボルを取り去ること自体が、(自身がテスラ擁護派ではないという)より明確なメッセージになると思う」と語った。
テスラ公式サイトより
■「なぜこんなことを……」オーナーたちの苦悩
だが、オーナーへの嫌がらせは続く。米ワシントン・ポスト紙はマサチューセッツ州ブルックラインでの出来事を伝えている。アダム・チョイさん夫妻は礼拝後、自分のテスラにイーロン・マスク氏が腕を挙げたポーズのステッカーが貼られているのを見つけた。チョイさんは犯人らしき男性を駐車場で見かけ、携帯で撮影。「なぜこんなことをする権利があると思うのか」と問いかけると、男は「言論の自由だ」と答え、自転車で去っていったという。
ある所有者は、米アトランタ・ニュース・ファーストの取材に対し、「素晴らしい車だが、(マスク氏)は素晴らしい人物ではないのが残念です」と本音を漏らした。この男性は他のテスラオーナー向けに、エンブレムの除去サービスを始める予定だという。
手間のかかるエンブレム交換のほか、ステッカーも人気だ。車体用ステッカーが販売されており、「イーロンが常軌を逸する前に買いました(I BOUGHT THIS BEFORE ELON WENT CRAZY.)」とのフレーズが記されている。買ってしまったテスラ車は容易に手放せないが、マスク氏の支持者だから買ったわけではない、とステッカーでアピールするねらいだ。需要は伸びており、トランプ大統領の当選後に特によく売れているという。
カスタマイズされたナンバープレート(写真=Missvain/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)
韓国キアのノルウェー部門は、これを茶化した画像をインスタグラムに投稿して話題を呼んだ。「イーロンが常軌を逸したので(キア車を)買いました(I BOUGHT THIS AFTER ELON WENT CRAZY.)」とのステッカーを、自社のコンパクトSUVであるEV3に貼った画像だ。投稿はその後、削除されている。
■株価50%急落で漏れたマスク氏の弱音
先進的な自動運転EVで知られてきたテスラだが、人気の急降下は明らかだ。
米CNBCの報道によると、イーロン・マスク氏のホワイトハウス就任から2カ月が経過する中、テスラオーナーが過去に例を見ない規模で電気自動車を手放している。全米の自動車取引サイト・エドマンズが発表した統計では、3月に入ってテスラ車から他のメーカーに乗り換える割合が「過去最高」に達した。
ライバル社には好機だ。エドマンズのインサイト部門責任者ジェシカ・コールドウェル氏はCNBCへのメールで、「テスラに対する消費者の心理変化は、従来の自動車メーカーやEVベンチャーにとってシェア拡大のチャンスとなる」と説明した。「テスラへの顧客忠誠度が低下する中、魅力的な価格設定や革新的技術、あるいは単に論争から距離を置く姿勢を打ち出す企業が、テスラから離れる所有者や新規EV購入者を取り込むだろう」と分析している。
テスラの株価は、直近3カ月で50%の下げ幅を記録した。さすがのマスク氏も、言動に焦りがにじみ出る。米ブルームバーグは、マスク氏が3月21日、テキサス州オースティンで突然の全社集会を開いたと報じた。彼はそこで「ちょっとした荒れ模様」の時期にあるが、従業員らに「株式を手放さないでほしい」と訴えた。
集会は現地時間午後10時を過ぎても続いたという。マスク氏は社員たちに、「ニュースを見ていると、まるで世界の終わりのような気分になる」と暗い心境を語っている。「テレビをつけるたび、燃えるテスラ車が映し出されている。我々の商品を買いたくないのは分かるが、それを燃やす必要はないだろう」と述べ、テスラ車が狙われる現状に反発した。
■トランプ氏がテスラ支援に乗り出す
一方で、テスラを支援する動きもある。
トランプ大統領はマスク氏への連帯感を示すため、ホワイトハウスでテスラ車の展示会という異例のイベントを開いた。米ワシントン・ポスト紙の報道によれば、トランプ大統領はホワイトハウスの敷地内にテスラ車を並べ、記者会見と宣伝活動を兼ねた催しを開いている。トランプ氏は、展示された赤いモデルSを自分用に選んだと明かすなど、テスラブランドを公の場で称賛した。
2025年3月11日、イーロン・マスクとともにメディアの取材に応じるドナルド・トランプ大統領(写真=The White House/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)
この出来事をきっかけに、保守層からはテスラを擁護する動きが活発になっている。また、トランプ氏と側近たちは、テスラを攻撃する人々に厳格な姿勢を示している。パム・ボンディ司法長官はフォックス・ビジネスのインタビューで、反テスラのデモ参加者たちを国内テロリストとして扱う可能性に言及した。「テスラに危害を加えたり、ショールームに侵入したりする行為には気をつけるべきだ。我々は徹底的に追及する」「こうした行為に資金を提供している者も追及する。我々は必ず正体を暴く」と警告している。
米ABCニュースによると、ホワイトハウスも3月19日に最近の攻撃事件について触れ、カロライン・リービット報道官は破壊行為を「卑劣」と非難した。
■分断に巻き込まれたテスラ所有者たち
「民主党支持者たちは、イーロン・マスクがドナルド・トランプへの投票を決める(支持を表明する)までは、テスラと電気自動車の熱心な応援団でした。だからこそ民主党側にも、私たちが目の当たりにしてきたこの許しがたい暴力行為を糾弾してほしい」とリービットは訴える。しかし、破壊行為が横行しブランド価値も凋落してしまったいま、オーナーたちの失望はとどまるところを知らない。
リービット報道官が言うように、これまでのテスラ愛好者には、環境問題に高い関心を持ち、EVを推進するテスラに大きな期待を寄せていた民主党支持者も少なくなかった。自社でEVを販売しながら、環境対策に批判的なトランプ氏の右腕となったマスク氏は、オーナーたちの心情を裏切ったとも言える。
また、政治的立場は別にせよ、テスラ車を所有していること自体を恥ずかしいと見る風潮は、当面変わりそうにない。純粋に先進的な機能や未来的なフィールに惹かれテスラを選んだオーナーたちは、身に覚えのない烙印に悩まされている形だ。
2025年3月11日、イーロン・マスクとともにメディアの取材に応じるドナルド・トランプ大統領(写真=The White House/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)