レノボ創業者の柳傳志は、なぜ中国人にCEOを任せるのか? 米国人社長の手法が中国企業には馴染まないと判断した理由

2025年3月25日(火)4時0分 JBpress

『論語』に学ぶ日本の経営者は少なくない。一方、これまで欧米では儒教の価値観が時代遅れとされ、資本主義やグローバル化には合わないと考えられてきた。だが最近になって、その評価が変わりつつある。本連載では、米国人ジャーナリストが多角的に「孔子像」に迫る『孔子復活 東アジアの経済成長と儒教』(マイケル・シューマン著/漆嶋稔訳/日経BP)から、内容の一部を抜粋・再編集。ビジネスの観点から、東アジアの経済成長と儒教の関係をひもとく。

 今回は、中国企業レノボが「標準的MBA式」の経営から儒教的経営に切り替え、世界首位に躍り出た経緯をたどる。


多国籍企業レノボの儒教的経営戦略

 柳傳志によると、中国的商慣行はユニロック社のような中小企業だけでなく、巨大多国籍企業にも存在し、それは柳個人の経験からも証明できるという。柳は中国のパソコンメーカーであるレノボ・グループの創業者だ。

 2005年、柳はIBMのパソコン事業買収を実現させ、中国企業の経営者の枠を超えた。この案件はレノボを真の意味で中国初の多国籍企業に変えた。レノボは世界中に広がる様々な人種、宗教、背景からなる従業員を擁する企業なのだ。

 当時、柳は61歳だったが、この新しく生まれ変わった企業を運営する最善の策は若手経営者に託すことだと考えた。さらに重要なのは、候補者を中国人に限らなかったことだ。

 というのも、レノボ社内のチームは国内でこそ大成功したが、文化的地理的に多岐にわたる企業を導くのに必要なグローバルな経験を持ち合わせていなかったからだ。そこで、柳はまずCEOの座をIBM社の役員に譲り、次にパソコン業界に精通したアメリカ人ウィリアム・アメリオに委ねた。

 だが4年後、世界不況の影響で業績不振に陥り、柳は非常勤から現場に引き戻される。レノボ会長に復帰した柳は、CEOを中国人に任せた。レノボの市場シェアと収益性が徐々に低下したことで、柳の復帰が求められた。彼は次のように語っている。

「レノボは私の人生のすべて。その人生が脅かされると思ったから、これを守るためにもう一肌脱がざるを得なかった37

 レノボが経営不振に陥った理由は明らかだった。国際業務の大半を企業向けパソコン販売に向けていたため、急成長中の消費者向け販売機会を逸していたのだ。アメリオを中心とする経営陣は、この消費者市場から利益を得るための業務改革案を策定したが、これを実行するにはかなり無理があるように思われた。

 柳によれば、社内上級経営層に文化的衝突が見受けられ、改革案の実行は難しいと見ていた。例えば、アメリオは「標準的MBA式」経営手法を導入したが、これは優位に立つCEOが意思決定を下した後、各事業部門の長と連携して実行に移すやり方だ。だが、柳はこのような手法は中国企業にうまく馴染(なじ)まないと判断した。

「アメリオは極めて複雑な状況に直面していた。経営陣には多様な文化や国の出身者からなる多様なチームが存在していたからだ。標準的な手法では、目標達成のためにチームを集めて意欲を引き出そうとしても、ほぼ無理なことが明白だった」

 柳の復帰に伴い、彼が「レノボ流」と名付けたやり方を復活させ、経営体制を刷新した。アメリオの手法ではなく、集団的意思決定に基づく体制を構築したのだ。結束の固い少人数の役員グループの協議を経て、CEOが戦略を定める。この役員グループは定例会議で計画の実行と進捗状況を確認する。柳は次のように説明している。

「『レノボ流』は、標準的な経営手法より慎重かつ綿密だ」

 柳は「レノボ流」を「道」と言い換えてもいいと言う。彼は儒教のことをあまり知らないと公言しているが、孔子の特徴がその経営方針の至る所に見られる。特に顕著なのは、協調精神と共同体を重視している点だ。柳は次のように説く。

37 2009年12月、注記された部分を除き、著者が柳氏に取材した際の言葉である。また、本章の部分は筆者執筆の次の記事でも読める。Timemagazine “Lenovo’s Legend Returns, May 10, 2010.”

「強力な経営者チーム構築の最終目標は、第1に共同体の智恵と努力を用いた戦略を開発・研究すること、第2に戦略を確実に実施すること。あくまで仮定の話だが、戦略が経営陣全員の総意によって決定されるとしたら、間違いなく実行に移される。(CEOは命令するだけでなく、他の経営陣が唱える『異論』に耳を傾けることも必要)。

 経営陣には、CEOの権力を抑えて均衡を保つ力がある。CEOは、剛腕で積極的な人物が少なくない。しかし、そういう人物こそ異論を公平に扱い、抑制と均衡の原則を前向きに受け入れる心構えが求められる。それができれば、社内全員が当事者意識を持つようになる」

 彼は自分の考えを実行に移すために、中国人と外国人の8人で構成された役員会を立ち上げる。

「この措置は、本当に最初の段階で最も重要だった。メンバーの役員は会社の全般的な状況や長期的な展望について議論した。掘り下げた話し合いや白熱した議論を通じ、メンバーは最終的に合意に達し、会社の長期的利益に最も適合した戦略を全員で導き出した38

 その結果、彼の考えは間違いないことが明らかになる。数四半期を経過すると、レノボの財務状況は好転し、市場シェアも拡大した。2013年までに、レノボは業績が回復しただけでなく、パソコン市場で世界のトップに輝く。

 20世紀後半における孔子の再評価は、経済政策や企業戦略の分野に限られたものではなかった。成功に自信をつけた東アジアの政治家たちは、儒教を国内政治に再び導入し始めた。孔子はまだ、中国の帝政時代のように東アジアの「無冠の王」となってはいないものの、東アジアの政府は古代の皇帝たちがそうしたように、正統性を求めて偉大な聖人に目を向けている。

 しかし、儒教的価値観が経済やビジネスに果たす役割が激しい議論を引き起こしているように、それがアジアの政治にどのように影響を与えているのか、または与えるべきかという問題は、さらに大きな論争の的となっている。

38 これらの言葉は、柳伝志氏が著者に送った電子メールの内容である。因みに、文法上の必要性や文意を明確にするために、多少の修正を施している。

<連載ラインアップ>
■第1回 ユニクロ柳井正氏や『人を動かす』のD・カーネギー氏も注目 なぜ東アジアの経営者は孔子の教えを重視するのか?
■第2回 「儒教は資本主義に不利」の定説を覆した日本と「アジアの四小龍」 孔子の教えは、いかに起業家精神を引き出したか
■第3回 リー・クアンユー政権下のシンガポールを急成長させた「儒教資本主義」は、なぜ「縁故資本主義」に変質したのか?
■第4回 なぜ大韓航空機墜落事故が起きたのも孔子のせいと考えるのか? 儒教的資本主義を頭ごなしに否定すべきでない理由
■第5回 レノボ創業者の柳傳志は、なぜ中国人にCEOを任せるのか? 米国人社長の手法が中国企業には馴染まないと判断した理由(本稿)

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筆者:マイケル・シューマン,漆嶋 稔

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