「コメが足りない」日本のために三菱商事が立ち上がった…世界規模の"主食の奪い合い"に勝つために組んだ相手
2025年4月7日(月)9時15分 プレジデント社
記者会見する三菱商事の中西勝也社長=2024年5月2日午後、東京都千代田区 - 写真提供=共同通信社
■食料供給網の不安定化が促す業界再編の動き
3月28日、三菱商事は、米穀物メジャー、アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)と戦略的業務提携の覚書締結を発表した。ADMはプレスリリース(米国時間27日)で、三菱商事との協業は世界の食料事情の変化に対応するためと述べた。
写真提供=共同通信社
記者会見する三菱商事の中西勝也社長=2024年5月2日午後、東京都千代田区 - 写真提供=共同通信社
近年、ウクライナ戦争の長期化や食料備蓄を増やす中国、トランプ政権の関税政策の影響で食料やエネルギー供給網が一段と不安定になっている。特に、トランプ政権の関税政策の行方は予測が難しく、三菱商事、ADMのような大手企業でさえ単独でのリスクテイクは容易ではない。
そうしたリスクに対応するため、穀物関係の有力企業同士の提携の意義は大きい。今回の提携で三菱商事は、大豆やトウモロコシ、小麦の輸出で世界シェア24.5%を誇るブラジルでの事業基盤を整えることになる。その意義は大きい。
現在、ADMの業況はやや不安定だ。そのため、ADMはリストラを実施している。今回の提携を機にADMは、三菱商事から中国やアジア新興国の情報を得ることができる。それによって、激化する貿易戦争の中で効率的に需要を取り込む体制を構築することも目指す。両社の提携は、世界の食料品事情の変化の中で、両社にとって円滑な業務運営に必要な要素になるとみられる。それだけ、世界の食料品事情が大きく変化しているということだ。
■「ミサイルから即席麺まで」特異なビジネスモデル
元々、総合商社は、ミサイルから即席麺までといわれるほど取扱商品の範囲が広い。特に、エネルギー、鉱山、食料などモノの輸出入を担う能力は高い。三菱商事は、世界各国に駐在員事務所を設け、経済、政治、安全保障などの動向を調査し、需要と供給を迅速に結びつけ収益を上げてきた。
その特異なビジネスモデルや割安感を評価し、オマハの賢人と呼ばれるウォーレン・バフェット氏は三菱商事をはじめ総合商社への投資を増やした。日本の総合商社は、世界の中でも特異なビジネスモデルといえるだろう。
第1次オイルショックが発生した1970年代、三菱商事は金属やエネルギー資源、穀物の仲介を主力事業に育て上げた。主に、供給者と需要者をつなぐこと(トレーディング)関連の取引手数料は増えた。2000年代以降、総合商社のビジネスモデルは投資を重視する姿に変身した。天然ガスの輸出基地、食糧貯蔵施設、洋上風力発電やデータセンターと幅広い分野で出資やプロジェクトへの参画は増えた。
■三菱商事が「環境エネルギー」を重視するワケ
足許、三菱商事は、事業ポートフォリオを一段と拡大・再編しようとしている。2024年度第3四半期、同社の連結純利益は8274億円だった。国内洋上風力発電事業で減損損失を計上した一方、オーストラリアの炭鉱、米電力事業の損益改善、関連企業の株式売却が収益を支えた。
決算資料を見ると、同社は事業ポートフォリオの中でも、地球環境エネルギー関連事業の成長加速を重視している。欧州、中東、アジア・オセアニア、北米地域で三菱商事は天然ガスや石油関連事業を拡張している。世界の脱炭素推進のため、燃焼時の温室効果ガス排出量の少ない天然ガスの需要は増えるだろう。同社は、液化天然ガス(LNG)関連の生産能力を、2024年度の1300万トンから2030年代前半に1800万トンまで引き上げる方針だ。
三菱商事は、食料分野での収益力引き上げも重視している。今回、大豆、トウモロコシ、小麦など農産品の世界流通に大きな影響力を持つADMとの提携を発表した。同社は長期の視点で、世界の食料供給の川上から川下までの需要を取り込み、安定供給システムの構築を目指している。
■ウクライナ戦争が引き金、加速する世界の食糧危機
今回の提携の背景には、近年、世界の食料品需給の変化が進んでいることがある。2022年、ウクライナ戦争の発生は、世界的なエネルギーや食料品の需給関係を不安定化させる要因になった。
欧州諸国は、パイプライン経由で安価なロシア産天然ガスを確保できなくなった。わが国や欧州諸国は、中東、アジア、オセアニア地域からのエネルギー調達網の確立を急がなければならなくなった。
欧州では、不足分を主に洋上風力発電で補うことになった。ウクライナ戦争によって、肥料の価格も値上がりした。追い打ちをかけるように、2023年にイスラエルとハマスの戦闘が勃発した。それに伴い、紅海での商船航行が困難になった。異常気象も農畜産品の生産に悪影響を与えた。
国際連合食糧農業機関(FAO)の食品価格指数を計算すると、2024年、世界の食料価格は前年から7.0%上昇した。2019年から2024年でみると上昇率は26.4%だった。食料の値上がり率は、世界のGDP成長率を上回ったとみられる。世界の消費者、特に人口の増大で食料需要が増加する新興国の消費者への打撃は大きいはずだ。
■「4大穀物メジャー」に起きた異変
食糧事情の悪化は、人々の不満上昇につながり政情不安定感が高まる恐れもある。近年、中国政府が、エネルギーや食料や半導体などの戦略物資の確保を急いだ背景には、そうした供給の不安定化があるとみられる。脱化石燃料を進めて気候変動に対応するため、中長期的にバイオ燃料需要も増加すると予想される。それは、ブラジルや米国産の農産品に対する需要を押し上げるだろう。
そうした環境下、“ABCD”と呼ばれることもある4大穀物メジャー(ADM、米ブンゲ、カーギル、欧州系ルイ・ドレフュス)の一角を成すADMは、一時、穀物や油糧種子の価格急騰によって業績拡大を実現した。しかし、価格上昇が一服すると業績拡大ペースは鈍化した。ADMは市況サイクルの影響を抑えることが難しいようだ。
写真=iStock.com/pawel.gaul
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2023年5月以降、三菱商事の株価はバフェット氏の出資もあり上昇した。対照的に、ADMの株価は業績鈍化懸念から停滞気味に推移した。2月、ADMは世界全体で700人程度の穀物トレーダーを解雇する方針との報道もあった。
■「米国との蜜月は終わった」進む供給網の再編
米トランプ政権は、欧州やカナダなど同盟国にも追加関税を適用した。それに対して、カナダのカーニー首相は「米国との蜜月は終わった」と述べ対決姿勢を示した。米国と同盟国との関係不安定化により、主要国にとって食料、エネルギー資源、自動車、半導体などの供給網再編は避けて通れないプロセスになっている。
中国は、米国以外の先進国との関係の修復に取り組む一方、グローバルサウスの新興・途上国地域に対する影響力の拡充を狙っている。中国はブラジルとの関係重視で、自動車や農産品貿易の拡充を進めている。
わが国や欧州各国は自国の経済安全保障体制のためにも、エネルギーや食料調達網の再構築は避けて通れない。それは、自国優先主義を明確にする米国との距離を置くスタンスになる。言ってみれば、“米国離れ”だ。
新興国は世界情勢の変化に対応し、自国の工業化を推進して経済成長力を高めようとするはずだ。3月26日、ブラジルのルラ大統領は、わが国と脱炭素や貿易で協力する意向を表明した。それは、わが国との関係強化で、米国への依存度を軽減する姿勢といえる。
■“米国離れ”で企業の合従連衡が加速するか
世界経済は、“脱米国依存”の多極化の時代を迎えたと考えられる。トランプ政権の関税政策で貿易戦争は激化するだろう。米国のウクライナや中東政策はエネルギー、食料などのモノの供給体制の不安定化、流通コスト上昇につながる恐れも残る。
そうした状況下、三菱商事は①世界経済の構造変化の加速、②新興国地域における食料需要の中長期的な増加、の共通部分を大きくするためADMと提携した。ADMにとっても、三菱商事が世界全体に張り巡らせた情報収集網、それを活かして迅速に需給をマッチングさせる組織力を取り込む必要性は高いだろう。
今回の提携のように、内外企業の合従連衡が増える可能性は高い。目先は、米国、現状景気の厳しさは残るものの、最大の消費市場を持つ中国の需要をしっかりと獲得する。中長期の視点では、貿易戦争の激化に対応し、新興国・途上国市場の需要増加を取り込む。世界経済の構造変化に伴うリスクを抑え、収益力を高めるため、提携、買収戦略の意義は高まる。そうした観点から、三菱商事の事業戦略は、今後の世界情勢の変化を考察するための重要な視座の一つになるだろう。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)