節約志向でも価格一辺倒のライバルと一線画す…客はなぜスーパー「ライフ」に行きたくなるのか
2025年4月21日(月)16時15分 プレジデント社
ライフ桜新町店 - 写真提供=ライフ
■スーパー不況のなか来店客数を伸ばす「ライフ」
物価高、節約志向、そして人手不足——。スーパーマーケット業界を取り巻く逆風が強まるなか、ライフコーポレーションの業績が好調である。2025年2月期は営業収益8504億円(前年比5.0%増)、当期純利益179億4800万円(同6.0%増)と、いずれも過去最高水準を更新した。中でも注目は「客数」が1.4%増と堅調に伸びている点だ。インフレ局面では客単価頼みの業績が多い中で、来店客数の増加は企業の実力を示す指標でもある。
写真提供=ライフ
ライフ桜新町店 - 写真提供=ライフ
会社予想は8850億円だが、市場関係者の一部には、9000億円の大台突破も視野に入ってきたとの見方もある。さらに「2030年度に1兆円」という目標を「1〜2年前倒しもありうる」(岩崎高治社長)状況だ。
現在、フジ(2024年にマックスバリュ西日本と経営統合し、新生フジとしてスタート)やユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(USMH、マルエツやカスミ)といったイオングループの2社も営業収益で8000億円台に迫っており、しのぎを削る構図となっている。とはいえ、首都圏と近畿圏を地盤とするライフは合併をせずに単独で成長し続け、8500億円を超えて首位に立つ。統合によるグループ体制ではなく、単独の経営基盤でこれを実現している点は特筆に値する。
■「平均点のスーパー」はどう変わったのか?
10数年前、「平均点のスーパー」とも言われたライフは、今では“優等生”の高付加価値型スーパーとして強い存在感を放つ。その進化を支えているのは、プライベートブランド(PB)の戦略転換、都市戦略の妙といった戦略面の革新に加え、それを確実に実行に移している“現場力”の背後には、トップのリーダーシップと一貫したビジョンがある。
ライフの飛躍を語る上でまず外せないのが、岩崎高治社長が掲げる「同質化競争からの脱却」という戦略だ。
「どこに行っても同じような品揃え」「価格でしか差がつかない」——そんな“コモディティ化”に沈むスーパー業界にあって、ライフは明確な価値の違いを打ち出す道を選んだ。
その象徴が、自然派・健康志向のPB「BIO-RAL(ビオラル)」だ。2025年2月期のPB売上高は約800億円、そのうちビオラルは前年比30%増の約90億円を記録した。
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ライフがプロデュースするPBブランド「BIO-RAL」の売り場 - 写真提供=ライフ
■自然派・健康志向のプライベートブランド「ビオラル」
オーガニック・ローカル・ヘルシー・サステナブル——4つの柱を掲げるこのブランドは、単なるPBの域を超え、ライフの新しい「顔」となりつつある。商品ラインナップは現在550品目を超え、近いうちに1000品目・400億円規模を目指す。岩崎社長は「オーガニック市場は、今後20〜30倍に伸びる可能性がある」と語る。
さらに見逃せないのは、販売の場が単なる売り場ではなく“買い物体験”として再構築されている点だ。2025年春に開業した「ビオラルうめきた店」(大阪市北区)はその象徴である。グラングリーン大阪の一角に誕生したこの旗艦店は、オープンキッチン型のカフェを併設し、棚の商品がそのままランチメニューに姿を変える。店内にはオーガニック野菜、グルテンフリーの焼き菓子、サステナブルな雑貨類が並び、まるでライフスタイル提案型のセレクトショップを訪れたかのような感覚になる。
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自然派、健康志向のビオラル - 写真提供=ライフ
首都圏でも、吉祥寺や下北沢、新宿京王百貨店など、感度の高いエリアに都市型ビオラルを展開。売場面積はコンパクトながら、朝はグラノーラや豆乳、夜はワインと冷凍デリが手に入る“朝食から夕食までをカバーする棚づくり”が好評を博している。
ビオラルは、いまやPBという枠を超え、「意味で選ばれる買い物体験の場」として明確な個性を打ち出す存在になっている。
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梅田・茶屋町のビル屋上の養蜂場で採れたハチミツを販売する「大阪ハニー」のハチミツやフィナンシェ、スキンケア用品を取りそろえる - 写真提供=ライフ
■都心型「地域密着」という実験
商品開発やブランド力だけにとどまらないのが、ライフの進化だ。もう一つの大きな強みが、「現場密着型のマーケティング」である。岩崎社長は「お客様は価格だけで動くわけではない。地域や店舗ごとに価値観は異なる」と語っており、全店を9つの顧客クラスターに分類。ID-POSやWebアンケートといったリアルデータを活用しながら、商圏ごとのニーズに応じて商品政策や価格設定を緻密に調整している。
たとえば、節約志向が強い地域では値頃感を打ち出す日替わりセールやPBの比率を高め、都市部では「ストーリー性のある商品」や「手間を省ける冷凍・惣菜」を拡充する。このように“お客様の顔が見える”売場づくりが、客数を底堅く支える構造を形成している。
横浜の「ライフグランシップ大船駅前店」は、そうした戦略の象徴的な店舗だ。オープン前に周辺住民を対象に実施したWebアンケートで、即食や簡便を求めるニーズが高かったことを受けて、サラダ・冷凍・惣菜を中心に再構成。初月から計画を大きく上回る売上を記録し、岩崎社長も「絶対売れると確信していた」と語っている。
■アメリカに学んだ「高質スーパー」モデルとは
また、ライフが大きく変わる契機となったのが、米国のスーパーマーケット大手アルバートソンズなどの視察を通じて学んだ海外の先進事例だった。単なる模倣ではなく、顧客体験を重視した売場づくりやプライベートブランドのあり方、さらにはオムニチャネル戦略に至るまで、ライフ流に落とし込むことで、独自の「高質スーパー」モデルを築き上げた。
デジタル分野でも、ライフは着実な進化を遂げている。注目されるのが、Amazonとの提携によるネットスーパー事業だ。配送は最短2時間以内。都心部を中心に需要が拡大しており、2024年度のネットスーパー売上は250億円。生鮮品の品質、即時性、品揃えの安定感というライフの強みが、Amazonのシステムと結びつくことで、即時性と利便性を兼ね備えた先進的な買い物体験として、顧客満足度は高水準を維持している。
今後はエリア拡大に加え、ライフアプリとの連携によって“デジタルとリアルの融合”をさらに深化させていくことが期待される。対面販売では難しかった分析・提案型の販促が可能になり、ID-POSとECの統合データで、個別最適なマーケティングも進化していく見通しだ。
■あえて「都市型・駅近・コンパクト」展開
一方で、競争の激化も続く。関西ではディスカウント業態の代表格であるオーケーやロピアが相次いで進出。単価の安さとボリューム感で客を引き寄せている。しかしライフは、近畿圏でも業績を維持し、むしろ構造改革によって収益性を改善している。要因の一つが、「都市型・駅近・コンパクト」な店舗戦略の徹底だ。大規模な郊外型ではなく、生活導線に密着した立地を狙い、日常的な購買頻度を確保している。
競合が価格一辺倒に振れる中で、ライフは惣菜や冷凍食品など“手間と満足感を同時に満たす”カテゴリーを強化。値頃感を損なわずに「満足度」を高めるという方向性が支持されている。結果として、近畿におけるオーケー・ロピアの出店は脅威にはなっていない。むしろ「高質志向」を軸にした差別化で、改めて地域内のブランド価値を引き上げていると言える。
■創業者・清水信次の理念はいまだ死なず
こうした成果の裏にあるのが、創業者・清水信次氏の精神を継承する企業文化だ。清水氏が掲げた「商業は人なり」という理念は、いまなおライフの現場に息づく。「お客様第一」「従業員を大切に」「社会に貢献する」。この三位一体の価値観を土台に、岩崎氏は「現場主義と改革志向」を融合させた独自の経営スタイルを築いてきた。
岩崎氏は「現場に根差しつつ、未来を見据える」という姿勢が貫かれており、ライフの“高質化”は、トップダウンとボトムアップの両輪で進んだ成果といえる。
さらに岩崎氏は日本スーパーマーケット協会の会長としても業界課題の改善に取り組み、「年収の壁」問題や人材確保に向けた政策提言を積極的に行っている。企業内のマネジメントにとどまらず、業界全体の持続可能性を視野に入れたリーダーシップは、ライフの社会的存在意義を高める要因にもなっている。
ライフは今、価格だけに頼らず、意味ある価値で選ばれる商品を開発する。社員の処遇改善を通じて、人材定着とサービス品質を高める。さらには「年収の壁」問題にもメスを入れ、パート従業員の就労環境改善に向けた業界提言を主導する。経営の枠を超え、地域や社会との共創を重視する視点が、ライフのブランド価値をさらに高めている。
かつて「可もなく不可もなく」と言われたライフは、いまや“行きたくなるスーパー”に変貌を遂げた。価格訴求から“価値の背景”へ。同質化から差異化へ。そして、利便性を超えた“体験価値”へ。ライフの挑戦は、価格だけでなく“意味ある選択”を求める生活者の期待に応えるものだ。その挑戦は、今後の流通業のあり方に新たな選択肢をもたらすだろう。
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白鳥 和生(しろとり・かずお)
流通科学大学商学部経営学科教授
1967年3月長野県生まれ。明治学院大学国際学部を卒業後、1990年に日本経済新聞社に入社。小売り、卸、外食、食品メーカー、流通政策などを長く取材し、『日経MJ』『日本経済新聞』のデスクを歴任。2024年2月まで編集総合編集センター調査グループ調査担当部長を務めた。その一方で、国學院大學経済学部と日本大学大学院総合社会情報研究科の非常勤講師として「マーケティング」「流通ビジネス論特講」の科目を担当。日本大学大学院で企業の社会的責任(CSR)を研究し、2020年に博士(総合社会文化)の学位を取得する。2024年4月に流通科学大学商学部経営学科教授に着任。著書に『改訂版 ようこそ小売業の世界へ』(共編著、商業界)、『即!ビジネスで使える 新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス)、『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)などがある。最新刊に『フードサービスの世界を知る』(創成社刊)がある。
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(流通科学大学商学部経営学科教授 白鳥 和生)