ついに警察が「闇バイト」グループへ潜入開始…合法的に別人になりすます「仮装身分捜査」の"効果"

2025年4月27日(日)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

「闇バイト」を使った凶悪事件が相次ぐ中、警察が新たな捜査手法の運用を始めた。捜査員が別人になりすまして闇バイトのネットワークに入り、犯罪グループに接触する「仮装身分捜査」だ。犯行の抑止が期待されるが、課題も多いという。フリーライターの一木悠造さんが実情を取材した——。
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■検挙されているのは実行犯ばかり


「勧善懲悪を実現したい——」


2月13日。警視庁本部9階の会見室で捜査一課長の就任会見に臨んだ岡部誠幸警視正。首都圏を中心に相次いでいる闇バイト強盗事件への対処についてもこう語った。


「仮装身分捜査を活用して、いまだ検挙に至っていない指示役への突き上げ捜査を確実なものとしたい」


日本刑事警察の星、警視庁捜査一課長が積極活用を口にした「仮装身分捜査」。この新たな捜査手法を一部の都道府県警が開始した、と坂井学国家公安委員長が4月22日の会見で明らかにした。


いったいどんな捜査手法なのか。


■容疑者に近づき、遺体の隠し場所を聞き出す


警察庁によると、仮装身分捜査とは、捜査員が仮装の身分を使って捜査対象者と接触して、情報や証拠を集める捜査手法のことを指す。


欧米各国ではすでに導入されているという。警察庁関係者によると、具体的にはオーストラリアでこんな事例があったという。


2003年12月に同国で発生した殺人事件で、ある男が容疑者として浮上していた。しかし男の関与は任意聴取や行動確認でも特定することができなかった。遺体も発見できず10年が経過。この事件を解明するため用いられたのが仮装身分捜査だったという。


捜査員は仮装身分を使用してこの男に飲食店で接近。関係性を構築しておよそ半年後に遺体の隠し場所を聞き出すことに成功した。この情報を基に警察当局は裏付け捜査を進め、2011年8月にこの男を逮捕した。


■暴力団、地下犯罪組織にも迫れるか


警察庁関係者によると「仮装身分捜査は社会的に問題となっている闇バイトに起因する強盗、窃盗、特殊詐欺を念頭に置いている」という。


さらに日本において仮装身分捜査が導入された場合に有効な点として、暴力団組織のように秘密保持が徹底されていて、地下活動しているような犯罪組織の実態解明、組織外部の人間では把握・獲得しづらい、組織の核心に迫る犯罪情報や物的証拠を入手できること、暴力団員などの捜査対象者が捜査員やその家族に危害を加える危険を回避できることなどが挙げられるという。


こうした中、警察庁はことし1月に仮装身分捜査のガイドラインをまとめて警察庁刑事局長名で全国の警察本部に通達した。


ガイドラインによると、捜査員が闇バイトを募集しているX(旧Twitter)などのSNS投稿に自ら応募。科学技術を応用してつくった架空の人物の顔写真を用いて、実際の捜査員とは異なる氏名の運転免許証や学生証などを作成して提示するという。


筆者提供
Xに多数投稿されている「高額収入バイト」の募集。警察も警告ポストで対応しているが、同じような投稿を一日に何回も投稿するアカウントもある - 筆者提供

そして、指示された場所に集まって情報収集するなどして、犯行グループの検挙や犯行の抑止につなげるという流れだ。


対象事件は闇バイトが絡んだ強盗や特殊詐欺、それらに関連する犯罪に限定し、各警察本部長の指揮のもとで事件ごとに「実施計画書」を作成しなければならないと規定している。


■現場は「捜査員の力量」を懸念


警察庁の露木康浩長官(1月当時)は並々ならぬ決意を定例会見で述べている。


「仮装身分捜査の実施環境が整ったことで、闇バイトによる事件に対する『雇われたふり作戦』をより効果的に実施できることになった。実行犯の身柄を早期に確保して被害の未然防止を図るとともに、指示役や首謀者の特定、実行役の募集そのものの抑止につながるものと期待している。一連の闇バイトによる強盗事件の根本的な解決のためには、指示役や首謀者の検挙が何よりも重要だ。引き続き、突き上げ捜査に全力を傾注したい」


鳴り物入りで導入が決まった仮装身分捜査。現場はどう受け止めているのか。


実際に仮装身分捜査に関わる主任官(警部クラス)にも任命されている捜査関係者は声を潜めて言う。


「捜査の手法を拡げる意味では大いにプラスだが、ご承知の通り、捜査員の力量がすべてになることが一番不安な点だ。敵対組織も今回の仮装身分捜査を十分警戒し、身分確認を徹底するはずだ。最悪のケースでは捜査員に命の危険がある。仮装身分捜査員をどうやって抜擢し、さらに指導・育成していくかも悩みの種だ」


■「おとり捜査」より危ない橋を渡る


一方で、日本でも薬物捜査などでいわゆる「おとり捜査」が一部で認められている。また、公安警察の捜査官などが行っているとされる「潜入捜査」という手法も存在する。


これらと仮装身分捜査との違いはどこにあるのか。自身も潜入捜査の経験を持つ元警視庁公安捜査官の勝丸円覚氏が説明する。


「捜査員であることを隠して犯行グループに接触する捜査手法としては『おとり捜査』があり、日本では現在薬物や銃器の取引に関する捜査でのみ実施されています。『仮装身分捜査』との大きな違いの一つは、『おとり捜査』では本人証明書を偽造して提示することまでは行わないということです。


『おとり捜査』では、例えば薬物の売人や購入しようとする人に薬物の売買を働きかけて犯罪行為を行った段階で摘発します。仮装身分捜査では合法的に違う人物の身分証を持つことができますが、潜入捜査は厳格に言えば違法に身分を偽ることになります」


公安捜査官として勝丸氏が実際に行った潜入捜査とはどのようなものなのか。勝丸氏が明かす。


「公安捜査官を拝命して少し経った頃、私に潜入捜査が命じられたのです。上長からの指示は、極左過激派の幹部候補の予備校生Pに接触せよというものでした。私はPが通っていた予備校に、社会人だったが研究者への道をあきらめられず大学進学を目指す予備校生として入校しました」


■極左過激派組織の内部情報を収集


このPという男性は、高校時代から過激派の集会などに参加しており、幹部候補として組織内部でも頭角を現していたという。警察上層部としては更なる深い情報を入手しようと、勝丸氏に潜入捜査のミッションを与えたのだった。


「私のミッションはPと人間関係を構築し、組織に関する濃度の濃い情報を収集することでした。最初はPの近くに席を取り同じ講義を受けて、なにげない会話から始めました。そのうち一緒に食事に行くようになりました。週末はどのようなデモ、集会に参加しているのか。どんな書物を読んでいるのか。普段の行動パターンはどうか。Pの言動や行動から情報を蓄積していき、レポートしていました」


その後、Pの組織内情報をさらに収集した勝丸氏は、数年後に潜入捜査の任務を解かれた。結果的に警察は重要な情報を入手するに至り、勝丸氏は表彰を受けたという。そんな勝丸氏は今回の仮想身分捜査について評価したうえで、不安も口にした。


■捜査が進化すれば、犯罪グループも進化する


「仮装身分捜査の導入は遅すぎたくらいで現場の捜査においては強力な武器。部分的にかつ一時的には有効ですが、根本的な解決には他の対策も必要だと考えます。身分を仮装してたどり着けるのも指示役までで首謀者にたどり着くのは難しいでしょう。


仮装身分捜査が本格稼働して実行役や指示役クラスの逮捕は格段に進み、現在の手口は下火にはなると思いますが、特殊詐欺グループが海外に拠点を設けるなどしてより巧妙、地下に潜っていったように新たな手口や組織が出てくると思います。


個人情報が記載され、犯罪に利用されている『闇名簿』の流通を止めるための法規制、SNS上のバイト募集に厳格な審査を設けるなど民間の努力も必要で、警察だけの努力では根本的な解決にはなりません」


写真=iStock.com/bombuscreative
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■仮装身分捜査に潜む違法性のリスク


仮装身分捜査において、別人の身分証を作成することは公文書偽造罪に抵触するとされている。しかし、警察庁は刑法35条の正当業務行為として、公文書偽造の違法性は阻却されるという見解で今回、仮装身分捜査の導入を決めたという。


それでも、法律面で一抹の不安は残ると元警視庁幹部は言う。


「捜査官が仮装身分で対象者に接触した際に、その相手が犯罪を行うことが明らかな場合、犯罪意志の教唆、及び犯罪意志の助長を問われる可能性が残っている。仮に捜査対象側から訴訟を起こされた場合、どう対処するのか。捜査を指揮していた立場として心配だ」


勝丸氏も人権への配慮を強調する。


「捜査官が合法的に別人の身分証を持つことができますが、人権保障の観点からは濫用が懸念されると思います。犯罪者側も捜査官が合法的に偽の身分証を持っていることを前提に、新たな手口を必ず繰り出してくるので、警察はそれらへの対応も必要です。また仮想身分捜査の過程で犯罪を助長したり、別の犯罪被害を看過したりしないかが懸念されます」


さまざまな危険もはらむ仮装身分捜査。闇バイト組織と警察との本格的な戦いが静かに幕を開けた。


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一木 悠造(いちき・ゆうぞう)
フリーライター
テレビ報道の現場で記者として主に事件取材を重ねてきたフリーライター。
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(フリーライター 一木 悠造)

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