巷で言われる「老後破産」はただの妄想なのに…精神科医・和田秀樹「老後に突入しても蓄え続ける人の末路」
2025年5月27日(火)16時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Thanmano
※本稿は、和田秀樹『どうせあの世にゃ持ってけないんだから 後悔せずに死にたいならお金を使い切れ!』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
写真=iStock.com/Thanmano
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■老後になっても蓄え続ける過半数の人たち
内閣府が全国の60歳以上の男女を対象に行った「令和元年度高齢者の経済生活に関する調査」という資料があります。
そこで、「日常生活の支出の中で、収入より支出が多くなり、これまでの預貯金を取り崩してまかなうことがありますか」という質問に、「取り崩しがある」と回答している人は48.1パーセントいます。この割合は65〜69歳をピークに、年齢が上がるにつれて減少傾向にあります。
50パーセント以上の人が取り崩しがなく、60代半ば以降、取り崩しのない割合が増えているということは、年を取ってから節約して暮らしているか、貯金が増えているということにほかなりません。
たとえば厚生年金を受給している夫婦で、月に25万円くらいの年金が入ってきている場合、22万円で暮らしていれば毎月3万円ずつ貯金が増えていくわけです。
よく「老後の蓄え」と言いますが、老後に使わないでいつ使うのでしょうか? 48.1パーセントの人が取り崩しがあるというけれど、50パーセント以上の人が老後になっても蓄えているということのほうがよっぽどおかしい。
本来、老後のために蓄えた貯金は老後に使い切ったほうが、はるかに豊かな暮らしができるじゃないですか。
■政府がかきたてる「老後破産」という妄想
しかも、この内閣府の調査によると、80歳以上で「取り崩しあり」の人は33.6パーセントとなっています。80すぎても、7割近くの人がまだ金を貯めているわけです。
にもかかわらず、昨今のマスコミの論調はこうです。
年を重ねると生活費は少なくてすむが、医療費や介護費が増えるので貯金の取り崩しは多くなるケースが多い。だから貯金はいずれ枯渇する。定年後の収入だけで生活費をまかなえている場合は「老後破産」とは言わないが、入院や介護などの緊急時の備えがない人は、「老後破産予備軍」である、と。
写真=iStock.com/shapecharge
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先の資料「令和元年度高齢者の経済生活に関する調査」によると、60歳以上で貯蓄がない人は8.3パーセントです。いまの日本のマスコミは、この8.3パーセントの人たちまでも「老後破産予備軍」として、不安がらせて脅しているように、私には思えます。
入院や介護などの万が一のときには貯蓄がないと老後破産の可能性があると、多くのメディアは言いますが、入院しても介護を受けるにしても、高額療養費制度や介護保険を使えば思っているほどかかりません。これについては、本書で詳しくお話ししています。
ちなみに、介護施設へ入るためにまとまった入居一時金が必要になる場合がありますが、入居一時金を払えば、その後はあまりお金を使わなくてすむようになっています。
■収入も貯金もなくなってもなんとかなる
いずれにしても、介護保険を使えば、大してお金は必要ありません。
たとえ貯金がゼロになったとしても年金は入ってくるのですから、「リタイアした後も収入で生活をまかなえない人は悲惨な老後になりますよ」と言うのは合点がいきません。収入も貯金もなくなったときは、年金の範囲内で暮らせばいいだけです。
夫婦二人分の標準的な厚生年金受給額は月約23万円(令和5年度の家計調査報告)ですから、住宅ローンを払い終わっていて、子どもが巣立っていたら、まあまあいい暮らしができるでしょう。持ち家があれば、後ほど紹介するリバースモーゲージなどを利用して老後資金を調達する方法もあります。
国民年金しか入っていない人は、40年間保険料を納めて、単身者だと65歳から年額81万6000円、ひと月あたり6万8000円(2024年度時点)しか入ってきませんから、もし収入も貯金もなくなったら生活保護を受けたらいいと思います。
生活保護の基準(最低生活費)は住んでいる地域や世帯人数などによって異なりますが、単身者であれば1カ月あたり10〜13万円、夫婦二人世帯であれば15〜18万円程度です。それだけあれば、どうにか暮らしていけるでしょう。
■「老後破産」という考え方自体がおかしい
持ち家がある人は、老後破産しても生活保護が受けられない場合がありますから、家を売らないといけないかもしれませんが、家を売れば大金が入ってくるわけです。
そういう手立てにまったく触れず、国民のために金を使うのが嫌な政府は、老後のための蓄えを使い切ることを悪いことのように言ったり、「老後破産」という言葉で脅(おど)します。
また私たちも、家を売らなければならなくなったら終わりだとか、生活保護を受けるようになったらお終いだとか思っていると、「老後破産」という言葉におびえることになるわけです。
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu
そもそも、この「老後破産」という考え方自体がおかしい、ということをしっかり理解すべきだと思います。
■「老後2000万円問題」は杞憂にすぎない
日本の高齢者は、稼いだ金を好きなことに使うよりも貯めるほうが「清くて正しい」と思っているようですが、高齢者がいよいよ貯金に励むようになったのは、2019年に金融庁が「老後2000万円問題」を公表してからです。
年金だけでは老後の生活資金が2000万円不足するという話ですが、内容をよく見れば、心配するに足りないことがわかります。
この「2000万円」という額は、夫が65歳以上、妻が60歳以上の夫婦だけの無職世帯が30年間暮らした場合の試算です。年金など月々の収入が、夫婦二人で20万9198円。支出が月々26万3718円で、毎月5万4520円不足する。
その毎月の赤字額を30年間積算すると、年金受給額だけでは約2000万円が不足する、というわけです。
要するに30年間の収入と支出の差額を計算したものですが、貯金はいっさい計算に入っていません。まとまった退職金が入ったり、それなりの金額の企業年金がもらえる世帯は収入がもっと多くなるはずです。
ちなみに同報告書には、「65歳時点における金融資産の平均保有状況は夫婦世帯で2252万円」と記載されています。つまり、高齢者世帯は平均で2000万円以上の資産をすでに保有しており、生活資金が不足することはないというわけです。
■年を重ねるほどお金を使わなくなる
なお、最新(2023年)の統計では、毎月の不足額は3万7916円となり、30年分の赤字額の累積は約1365万円まで減少しています。
和田秀樹『どうせあの世にゃ持ってけないんだから 後悔せずに死にたいならお金を使い切れ!』(SBクリエイティブ)
「老後2000万円問題」の試算が何より問題だと思うのは、65歳の夫と60歳の妻が、30年後の95歳と90歳まで生きて毎年同額の支出を重ねるという前提になっていることです。
多くの高齢者を見てきた私の経験から言って、年を重ねるほどお金を使わなくなる、あるいは使えなくなるという実状があります。
70代くらいまでは、外食や旅行などにお金を使うこともありますが、85歳をすぎるとさすがに外に出る機会が少なくなって出費は減っていくのです。
先に紹介した内閣府の「令和元年度 高齢者の経済生活に関する調査」で、80歳以上で「預貯金を取り崩している人」は33.6パーセントと70代前半より20.3パーセント少なく、また70代後半よりも14.4パーセント少なかったのは、その証拠とも言えます。
現実を知れば、老後2000万円問題など、まったくの杞憂にすぎません。数字のインパクトが強烈で不安になった方も多いと思いますが、どうぞ忘れてください。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)