孫正義の「タイムマシン経営」の気風が生きる、ソフトバンクの法人事業の原動力とは?

2024年8月8日(木)4時0分 JBpress

 日本を代表する通信キャリアの一つ、ソフトバンク。だが、同社の事業は通信だけではない。日本の企業、そして日本社会の変革を側面から支援するエンタープライズ事業(法人事業)が成長を続けている。本連載では、『ソフトバンク もう一つの顔 成長をけん引する課題解決のプロ集団』(中村建助著/日経BP)から内容の一部を抜粋・再編集。多くの関係者への取材に基づき、ソフトバンクの次世代の成長の原動力となる法人事業の概要、目指す未来、企業文化に迫る。

 第2回は、ソフトバンク法人事業部の成長を支える営業力の源に迫る。
(文中敬称略。社長、CEO/COOに関しては代表取締役を、所属部門が複数階層に及ぶ場合は一部を省略したケースがあります。本書は、役職、組織名などに関して、予定を含め2024年2月末時点で公開された情報を基にしています)

<連載ラインアップ>
■第1回 世界初でANAがiPadを大量導入、ソフトバンクが支える航空会社のDXとは?
■第2回 孫正義の「タイムマシン経営」の気風が生きる、ソフトバンクの法人事業の原動力とは?(本稿) 
■第3回 ソフトバンク式、EXを圧倒的に向上させる「DW4000プロジェクト」とは?(8月19日公開)
■第4回 ソフトバンクの本社東京ポートシティ竹芝、フルスペックの5Gを使ったスマートビルで何ができるのか?(8月26日公開)
■第5回 「これからは一切通信サービスを売るな」ソフトバンクDX本部の新たな事業の発想とは?(9月2日公開)
■第6回 断水の続いた珠洲市、七尾市に手洗いスタンドを設置、ソフトバンクが「ビジネス」として挑む社会課題の解決とは?(9月9日公開)
■第7回 2万人の従業員にソフトバンク版AIチャットを導入、全社員を巻き込んだ生成AI活用コンテストとは?(9月30日)

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■「自慢大会」で秘密主義を脱し情報共有

 ソリューション提案力を高めるため、法人事業の部隊では積極的に情報共有を進める。象徴ともいえるのが2カ月に1度以上のペースで開催される「横串会議」だ。内部では「自慢大会」と呼ぶこともある。

 発案者は会長の今井康之だ。今井は2023年度末まで副社長執行役員兼COO法人事業を統括した。「だいたい営業というのは、(商談で成功するためのポイントを)人には教えないようなところがあるのですが、全部やめてみんなで共有しようということです」と言う。

 自慢大会とはいうものの、単にどんなサービスがどう使われるようになったかの話では終わらない。目的はノウハウの共有だ。

 顧客の状況がどうなっており、いかにして関係を深め、受注につなげたか、20分程度をかけ顧客との関係から受注まで詳細に伝える。取引実績から、相手企業との関係の進展具合、情報システム部門と現場との力関係などを説明したうえで、どう営業として攻略していったかが明らかにされる。

 コロナ禍を経てオンライン開催に変わったが毎回、300人以上が参加する。会議では、部長や課長といった管理職ではなく、担当の若手社員が自ら担当した大型案件について説明する。登場するのはビジネスパーソンなら誰でも知っているような大企業が大半だ。

■ 自分たちで使うか、事例で横展開するか

 1度の会議で取り上げるのは2、3社に絞り、じっくりとどういった案件なのかを説明させる。積極的に若手に発言の機会を与える。

 大勢が見ているからということなのか、年長者が多いせいか、画面越しに映った若手社員は発言し始めたころこそ少し緊張気味だが、やがて熱を込めて自分の成果をアピールし始める。

 発表を聞いた本部長クラスの営業幹部は自ら発言の機会を求め「勝ち筋が見えた。ぜひ横展開してください」と話す。毎回参加しているという今井も「大きな成果。これからも活躍してください」と総括する。

「横展開」は横串会議で何度も強調される言葉だ。自分たちが使ったソリューションは、ほかにはない強い言葉で提案できる。だから新しいソリューションがあれば使う。これについては「はじめに」やANAの事例でも触れた。

 自分たちが導入した企業の事例も似た位置付けだ。使うのは顧客だが、課題を知り導入にかかわった経験は、強い説得力を持つ言葉を生み出す。

「何か新しい商材を扱う時は、まず事例をつくることを重視しています。どうソフトバンクがかかわったのかというノウハウを含めて共有を徹底する。こうすると、同じ業界の他の企業にも同様の提案がしやすくなります」と長年、同社で法人事業にかかわってきた法人マーケティング本部長の上野邦彦は説明する。

■ そうだ海外、行こう。

 専務執行役員法人副統括で、長年にわたる営業本部長としての経験を持つ藤長国浩は、法人事業の戦略を統括する立場にあった2022年の10月に全社朝礼で成長に向けた営業改革をテーマに講演した。その内容の一部をプレゼン資料からうかがうことができる。資料を見ると、過去に藤長が中心に手がけた改革の最初の施策として商材の拡充が打ち出されており、ひときわ目立つのが、「そうだ海外、行こう。」と書かれた1枚だ。

 そこにはマイクロソフトやグーグル、IBM、アドビ、Zoomといった有名な米国の大手外資系IT企業だけでなく、オクタ、データロボット、サイバーリーズン、ゼットスケーラーといった企業が並ぶ。日本での知名度はまだ高くないが、米国ではそれぞれID管理・認証、企業のAI導入、エンドポイントあるいはゼロトラストといったサイバーセキュリティーなどの領域で急成長する注目の存在だ。

 いくら営業力があっても、モノが悪ければ売れない。多様なニーズに応える幅広い商品は法人事業の強みの一つだ。ソフトバンク独自のプロダクトに加え、米国をはじめとする海外から日本市場に持ち込んだプロダクトや国内スタートアップ企業のプロダクトなどを含めた、700以上の商材を組み合わせてDX提案する。

 その数は、営業統括付として取材に応じた際に藤長が「現場からは何を売ったらいいか分かりませんと言われたこともありますが、売るものがないよりましだろうと返したこともあります」と冗談めかすほどだ。

 自社開発にこだわらず、いいものがあればいち早く世界を見渡して売れるものを手に入れる。「持たない強さ」と言ってもいいだろう。

 法人営業からは「扱う商材の幅が広いのは営業として助かります。お客様の課題に合う商材が必ずあるので、コミュニケーションの量が増え、関係を深めやすいのです」との声が漏れる。

 ソフトバンクと取引のある大手企業の幹部は「他のITベンダーにはない投資家のような視点を感じる。市場で受け入れられ、伸びそうなサービスを紹介される」と、眼力を評価する。

 30年ほど前になるだろうか、孫は海外で成功したものの、まだ上陸していない製品やサービスを他社に先駆けて国内に持ち込むビジネス手法を「タイムマシン経営」と名付けて話題を呼んだ。ビジネス用語として定着しているが、今でもこの気風が生きている。

 自社開発した製品なら勝手に他社が売ることはない。差異化につながる、品質や機能を自分たちで決めることができるという理由で自社製品にこだわる日本企業は多い。一面、過剰品質との指摘や市場展開のスピードの遅さにつながっているのも事実だ。ソフトバンクは違う。顧客へいかに早く提供するかを優先する。いい意味でプライドを持たないのが同社らしさなのかもしれない。

■「一番売ってくれるのはソフトバンク」

 海外から持ち込んだ様々なソリューションを、持ち前の営業力で多くの企業に導入していく。最近の代表例は、コロナ禍で爆発的に広がったビデオ会議だ。

 2021年度第1四半期の決算説明会で、当時社長で現特別顧問の宮内謙が、前四半期比で代表的なサービスであるZoomの新規ID開通数が48倍に伸びたと明らかにしている。子会社のSB C&Sを含めたソフトバンクのグループ企業群は日本で最も多くZoomサービスを売り上げたパートナーの一つだ。ソフトバンクは2020年から、同社と戦略的な協業を進めているパートナーに贈られる「Zoom Japan Strategic Partner Award」を毎年受賞している。

 マイクロソフトとの関係も深い。マイクロソフトは毎年、自社製品を売る世界のパートナー企業を表彰しているが、2020年に日本で最も優れた企業に贈られる「Microsoft Country Partner of the Year」を、子会社のSBテクノロジー、SB C&Sの3社で受賞した。

 売り上げ実績に加え、マイクロソフトのクラウドサービスであるAzure関連のソリューションを包括的に提供したことが評価されたものだ。

 以前はGoogle Apps for Businessと呼ばれていたGoogle Workspaceは、2023年度時点で累計の社数、ID数ともに国内販売最大手だという。現在でもGoogle Cloudからは国内屈指のパートナー企業として認識されている。

 2023年には、グーグル・クラウド・ジャパンが、ソフトバンクの3人の社員を「Google Cloud Partner Top Engineer」として表彰した。認定資格を持っているだけでなく、具体的な導入案件での貢献や普及にかける熱意などがなければ受賞できない。

 2020年のマイクロソフトからの受賞も売り上げだけによるものではない。導入経験やノウハウを持つエンジニアの数を評価の対象に含める。

<連載ラインアップ>
■第1回 世界初でANAがiPadを大量導入、ソフトバンクが支える航空会社のDXとは?
■第2回 孫正義の「タイムマシン経営」の気風が生きる、ソフトバンクの法人事業の原動力とは?(本稿) 
■第3回 ソフトバンク式、EXを圧倒的に向上させる「DW4000プロジェクト」とは?(8月19日公開)
■第4回 ソフトバンクの本社東京ポートシティ竹芝、フルスペックの5Gを使ったスマートビルで何ができるのか?(8月26日公開)
■第5回 「これからは一切通信サービスを売るな」ソフトバンクDX本部の新たな事業の発想とは?(9月2日公開)
■第6回 断水の続いた珠洲市、七尾市に手洗いスタンドを設置、ソフトバンクが「ビジネス」として挑む社会課題の解決とは?(9月9日公開)
■第7回 2万人の従業員にソフトバンク版AIチャットを導入、全社員を巻き込んだ生成AI活用コンテストとは?(9月30日)

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筆者:中村 建助

JBpress

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