誰もが振り返るイケメンは無一文だった。私の稼ぎだけで支えた同棲生活が唐突に終わるまで

2025年2月20日(木)12時30分 婦人公論.jp


(イラスト:オオイシチエ)

内閣府男女共同参画局が発表した令和4年版 男女共同参画白書によると、「配偶者、恋人はいない(未婚)」との回答は、男女ともに、全世代で2割以上。20代の女性の約5割、男性の約7割が、「配偶者、恋人はいない(未婚)」との回答でした。さまざまな幸せの形があるなかで、野原玲美さん(仮名・沖縄県・主婦・73歳)は、同棲していた元美容師の彼の生活費を全て払った上に、お酒にたばこ、洋服もねだられて——

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酒、たばこ、洋服代……元美容師の彼に貢いで


これは、ある男と同棲していたときの話である。彼は8歳年下で、187センチの長身、やせ形のイケメンであった。2人で歩いていると、道行く人が振り返り彼に視線を向ける。隣を歩く私には目もくれず、一方的に話しかけてくる女性もいた。

スラリとした体に似合う、黒のスーツに白いシャツ。若き頃の津川雅彦を彷彿とさせる色気があったのだ。

そんなモテモテの彼だが、お金はなかった。美容師として働いていたものの、腰を悪くして以来、店を畳んでしまった。私とつきあい出した当初は職探しをしていたが、人はなまけ者になるのが早い。無職の状態に慣れ、仕事に復帰する意欲はすっかり失われているようであった。

それでも彼のことが好きで始めた同棲生活。彼は私の髪のカット、ブローにスタイリングまで、全部やってくれた。そんなことをしてくれた男性は今までいない。自分の髪を一生懸命に仕上げてくれる姿を見るのは気分がいいものである。

とはいえ楽しい日々にも苦労は絶えず、もっぱらお金のことで悩んでいた。当時、私の月給は20万円ほど。そこからアパートの家賃4万5000円に、水道光熱費などの固定費、そして2人分の生活費をまかなう。

私たちの休日はたとえばこんなふうだった。朝起きると、コーヒーを1杯飲んで、すぐ出かける。地元のメインストリートを、彼の腰のリハビリも兼ねてひたらすら歩く。そしてお昼になると、知り合いの食事処に行き、1人前のお刺身定食と生ビールを頼む。

彼は小食なわりに、お酒をよく飲んだ。ビール2杯、冷酒2合とか、平気でお昼からあけてしまう。ほろ酔いのまま散歩を続け、今度は喫茶店へ行き、ハンバーグステーキ1人前をおつまみに、ワインを何杯も飲む。

私も若かったものだから、一緒になって飲んでいたけれど、まるでアルコール依存症のようだった。

酒代のほかにも出費がかさんだ。彼はお金がないのに、たばこを吸う。しかも美意識が高いから、やれ帽子だ、やれスーツだ、シャツに、靴、靴下……。もう、上から下まで好みの服をねだるのだから、救いようがない。とにかくお金が飛んでいった。

私の堪忍袋の緒が切れて、喧嘩を繰り返す日々。すると彼は「人に貸した金があるから、取ってくる」と夜中から出かけ、毎回1、2万円を持って帰ってきたりする。たぶん親戚に泣きついていたのだろう。でもそれだけではどうにもならず、私の貯金を取り崩す生活にも限界がみえ、末恐ろしくなった。

少しでも安心材料がほしい。そう思った私は、自分の鞄に小さなビニール袋を入れ、小銭ができるたびそこに貯めることにした。たかだか10円玉や100円玉貯金ではあったが、その重さにホッとしたのだ。

ある程度貯まると、こっそりと銀行に入金に行く。自分のお金なのに自分のものではないような気持ちだった。

突然の入院に彼の兄が来たけれど


ある日、いつものように買い物をして帰宅した昼頃、突然彼が下血して倒れた。急なことに気が動転しながらも、私は救急車を呼んだ。

搬送された病院で十二指腸潰瘍と診断され、夜中に6時間もの手術をして何とか一命をとりとめた。ただ容体は悪く目を覚まさない。いつ意識が戻るのかと見守っては帰る日が続いた。

そんな彼を、彼のお兄さんと2人で看病することになった。しかしお兄さんはいっさいお金を出さない。なんと妻に不倫がばれて離婚され、今は別の家庭を持っているため、経済的に厳しいということだった。

兄弟そろって……と思ったが、病院からは、おむつや薬を買うよう指示されている。自分がお見舞いに来る交通費もやっとという感じのお兄さんには期待できず、私がすべて支払った。

しかし、そんな看病も突然、要らなくなってしまったのだ。彼の意識が戻ったのは6日目。その翌日に病院から彼の急変を知らされた。「これからリハビリですね」と言われたのはつい昨日のことなのに、彼は亡くなってしまったのだ。

あまりのことに茫然としていると、彼のお兄さんに「葬式や納骨代の6万円を出してほしい」と頼まれた。とはいえ、私はもうすっからかん。これ以上どうしたら……と考えて、ふと貯めていた小銭のことを思い出した。

鞄に入れていたビニール袋の小銭を全部出し、すがる思いで銀行へ。残高と小銭を合わせると、何と6万円と少しあったのである。あまりにもできすぎで、笑ってしまう。

葬儀などを一通り終えて家に帰ると、彼のよく着ていたコートが目に留まった。内ポケットにはたばこの箱。私の前では守っていた禁煙だが残りは2本しかない。私の誕生日の翌日に亡くなった彼からの、最後の贈り物だろうか。私はそのたばこをゆっくりと吸った。

あれから数十年が経ち、あの頃のことを思い出すときがある。考えてみたら、ちょうど3年の同棲生活。短いが楽しい記憶だ。

今や私はもうすっかりおばあちゃんになり、がんの治療中に髪の毛も全部抜けてしまった。そんな私が彼の遺したコートに身を包む姿を見たら、彼は何と言うだろうか。

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人間関係で悩んだら


野原さん(仮名)は、金銭面で苦労することもありましたが、同棲していた相手との思い出は大切なものになりました。

しかし中には身近な人だからこそ、言いたいことが言いにくく、トラブルに悩む人もいるのではないでしょうか。そんなときは、第三者に話を聞いてもらうことで、気持ちが軽くなる場合もあります。一人で抱え込み自分を追い詰める前に、気軽に相談してみましょう。

●よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)

Tel:0120-279-338(つなぐ ささえる)(フリーダイヤル・無料)
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