石川県穴水町長の“お手盛り案件”に多額の公金が注がれ、町議会は粛々と全会一致…映画『能登デモクラシー』が切り込んだ“地方政治のリアル”

2025年5月23日(金)12時10分 文春オンライン

 町長の提案に誰も反対することなく、粛々と全会一致で議案を可決する。たとえそれが町長お手盛りの箱もの案件でも……。そんなおかしな、しかし日本のどこにでもありそうな「民主主義の実態」に鋭く切り込んだドキュメンタリーが話題だ。



©石川テレビ放送


◆◆◆


これでは“Not”デモクラシー?!


「賛成の方は起立願います……全員一致であります。原案通り可決することに決定いたします」


 石川県能登地方の穴水町(あなみずまち)。町長の提案に反対する議員はいない。町議会は全会一致で議案を可決する。この町は昔からこうして回ってきた。誰も異論を唱えない。これが安定の“能登デモクラシー(民主主義)”だ。


 でも、ちょっと違うんじゃないの? そんなことやってるうちに人口は7000人を割り込み、若者も高齢者も減りゆく人口減少の最終段階に入ってしまった。これは“能登(のと)”ではなく“Not”デモクラシーじゃないか? そんな問題意識が映画のタイトルに込められている。作品の最大の魅力は、普段ほとんど報じられることのない小さな町の政治に焦点を当て、そこから日本全体に共通する課題を浮き彫りにしていることだ。最後には思いがけないどんでん返しも用意されている。


唯一の地元紙はすべて手書きの手作り新聞


 この町で堂々と“異論”を掲げる町内唯一の地元紙が新聞「紡ぐ」だ。これが物語の主軸となる。見出しには町の未来を憂うる言葉が並ぶ。


「穴水町の将来はどうなる!?」


「過疎化とは人がいなくなるだけ?」


「政治とは“光の当たらないところに光を当てる”ことが原点」


 作っているのは滝井元之さん。元中学教師で、穴水町でも極端に過疎の進んだ3世帯だけの“限界集落”に妻の順子さんと猫7匹と暮らす。新聞「紡ぐ」を始めたのは5年前。取材から執筆、発行まで一人で手掛け、毎月A4で1枚を発行。すべて手書きだ。筆先から魂を込めるように一文字ずつ丹念に綴る姿をカメラが捉える。何だかかつての大学の“立て看”をほうふつとさせるが、滝井さんの味わいある筆致が紙面を柔らげる。見出しの上に強調の赤い線を定規で引くのも手作り感満載だ。究極のオールドメディアだが、手書きゆえの説得力と信頼感に満ちている。当初の180部発行が今や500部に伸びたのは、滝井さんの忖度ない言論が町内で「バズった」ということだろう。


「議員の中にはおかしいと思っている(人もいる)んだけども、体制に押されて結局賛成してしまう。誰も文句言わない、批判しない」


 それこそが“能登デモクラシー”なわけだが、そんな中でただ一人異論を唱えることに怖さを感じることはないのだろうか?


「友人知人の中には、こういう政治に関することはあまり書かん方がいいのではないか、と言う人はいました。攻撃される的(まと)になるかもしれないけれども、言い続けることの方が意味があると考えるので、それは跳ねのけていかねばならないと思ってます」


穴水町最大のタブーに切り込む


 そんな滝井さんあっての作品だが、最初は取材対象ではなかった。地元・石川テレビの五百旗頭幸男監督は、町長をはじめ町内の何人かに密着取材を試みたが、地域の壁が厚く頓挫する。焦りが募る中、知り合いから滝井さんを紹介された。新聞「紡ぐ」のすべての記事を読み終えた時には、滝井さんを主人公に町を描く構想が固まったという。


 映画はやがて穴水町最大の“タブー”に切り込んでいく。町内の社会福祉法人が既存の3つの施設を集約し、多世代交流センターの建設を計画。国や町から多額の補助金が出ることになった。ところがこの法人の理事長は現町長で、施設が建設される土地は前町長のもの。つまり新旧町長のお手盛りで公金が注ぎ込まれる形だ。滝井さんは憤る。


「理事長をしながら町長をしていることに対しては、何人もの人が(疑問に)思っているんだけれども。議員も含めて。でも言わない」


 この施設に関する議案も全会一致で可決される。“能登デモクラシー”は微塵も揺らがない。その最中に起きた能登半島地震。穴水町でも死者33人、全半壊約1900棟の被害が出た。滝井さんは直後からボランティア活動に駆け回る。「紡ぐ」の発行もしばらくお休みしたが、3か月で復活。見出しに「私たちは生きています」と掲げた。再開した「紡ぐ」を手に仮設住宅を回り被災者に近況を尋ねる。その体調が妻の順子さんは気にかかるようだ。


「あの人(夫の滝井元之さん)は町の人たちの気持ちを考えて、自分を差し出して、みんなのために。あの人の人生は、そんな人生でした」


「私はもういっとき、10年くらいは一緒に連れ添いたいと思います。ちょっと少し欲張りかね?」


 震災後、順子さんが元之さんの散髪をするシーンがある。映画のチラシにも「愛をこめて。」のコピーとともに使われている。そのハサミは散髪用ではなく、普通の文具用だ。散髪後は元之さん自身が同じハサミで伸びた髭を切る。こうしたさりげないカットがいい味を出している。五百旗頭監督は当初から順子さんが鍵になると直感し、意識して姿を狙っていたそうだ。初めは撮影を断った順子さんだが、娘に「お父さんとネコちゃんたちの横をちょこちょこと歩くお母さんがいた方がいいよ」と言われ気持ちが変わったという。


最後に投げ込まれる“爆弾”


 昨年5月、石川テレビで番組が放送されると大きな反響があり、多数の方から滝井さんの元に支援金が寄せられた。中には、石川県では知らぬ者のない「八幡のすしべん」という飲食店グループ企業の会長夫妻が自ら滝井さんの自宅を訪れカンパを渡したそうだ。この会社の全店舗に映画のポスターとチラシが置いてあるという。


 震災後、復興へ向けて町長や議員たちの振る舞いも変わったことが映画で描かれる。これで“能登デモクラシー”も変わるのか、という温かな雰囲気が漂ったところで、終盤に五百旗頭監督の“爆弾”が投げ込まれる。その内容は映画をご覧いただくとして、“爆弾”を突き付けられた相手が、何だか安倍元首相の姿に似ているように感じられた。あくまで外見上のことだが。


 “能登デモクラシー”は能登だけのことではない。全国至る所の地方政治にあるし、国にだってある。首相の妻が名誉校長を務める学校に国有地を値引きし、その陰で公文書の改ざんや廃棄をする。真相をあいまいにして幕引きを図り、国会で与党が追認する。町長が理事長の法人に補助金を投入し、それを町議会で追認するのと、どこが違うだろう?


 僕らは“日本デモクラシー”の国に生きている。この映画を他人事とせず観てほしい。



『能登デモクラシー』


監督:五百旗頭幸男/2025年/日本/101分/配給:東風/©石川テレビ放送/公開中



(相澤 冬樹/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)

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