東村アキコの傑作&隠れた月9の名作『海月姫』芳根京子の純愛ドラマは7年を経て『波うららかに、めおと日和』につながっていた
2025年5月28日(水)11時0分 マイナビニュース
●「東村アキコワールド」の多彩なキャラクターによる笑い泣きの物語
16日に映画『かくかくしかじか』が公開された。主演・永野芽郁のスキャンダルで危機に見舞われながらも、見た人々からの評判はおおむね上々。同作は東村アキコの自伝的漫画を実写映画化した作品であり、あらためてその作家性に支持の声があがっている。
東村アキコの漫画と言えばこれまで、菜々緒主演の『主に泣いてます』(フジテレビ系)、吉高由里子主演の『東京タラレバ娘』(日本テレビ系)、杏主演の『偽装不倫』(日テレ系)などがドラマ化されてきたが、ここで注目したいのは、2018年に放送された芳根京子主演の『海月姫』(フジ系 ※FODで配信中)。
同作も、まさに「東村アキコワールド」と言うべき多彩なキャラクターによる笑い泣きの物語だが、月9で放送したこともあって恋愛要素も押し出されていた。くしくも現在、芳根が主演を務める『波うららかに、めおと日和』(フジ系)が放送中。しかも同作には7年前の『海月姫』との共通点があった。
○恋愛ドラマ史に残る非モテヒロイン
ドラマ『海月姫』は、「女の子は誰だってお姫様になれる」をテーマに掲げた王道のラブストーリーである一方、登場人物は“オタク女子”、“女装男子”、“童貞エリート”などの型破りなキャラクターばかり。さらに、鉄道、三国志、和物、枯れ専などを偏愛する「尼〜ず」ことオタク女子たちの「オシャレ人間は天敵」「人生に男を必要としない」というモットーはラブストーリーとはほど遠い。
このようなエッジの効いた設定は、いかにも東村アキコらしく笑いに直結。また、そんな設定だからこそ、クラゲオタクの主人公・倉下月海(芳根)がシンデレラのように幸せをつかむまでのギャップを生み出していた。
20歳の月海はイラストレーターを夢見て鹿児島県から上京。しかし、専門学校に通うわけでもなく、外部との接触を避けるようにオタク女子たちと男子禁制のアパート「天水館」で暮らしていた。加えて「極度に視力が悪く、メガネなしではほぼ何も見えない」「常にスッピン、おさげ、メガネで、服装はスエット」「男性や恋は一生縁がないと思っている」など、恋愛ドラマ史に残る非モテの主人公設定。
しかし、月海は端整な顔立ちのプレイボーイで、ファッション好きが高じて女装が趣味の鯉淵蔵之介(瀬戸康史)と、国会議員の秘書を務めるエリートながら超堅物童貞の鯉淵修(工藤阿須加)に出会い、人生が動き出していく。クラゲオタク女子と、この腹違いの凸凹兄弟という接点のなさそうな両者が三角関係となり、距離を縮めていく様子は、月9黎明期である1980年代後半の恋愛ドラマを彷彿させるほほ笑ましさがあった。
恋愛ドラマとしては最遅レベルのスローペースであり、それが最大の魅力と言っていいだろう。月海の目線でその恋を見ていくと、修に初めての恋心が芽生え、修も蔵之介のヘアメイクとスタイリングで変身した月海に好意を寄せる。その一方で月海は無自覚なまま蔵之介と心が通いはじめていた。
その後、月海はライバルの横やりで傷心するが、修は彼女がクラゲオタクと知っても気持ちは変わらない。そんな心が通いはじめる2人を見た蔵之介も月海のことが気になり、切なさを感じていく……。
○東村アキコの物語を月9仕様に
2000年代から2010年代にかけて恋愛ドラマは視聴率低下を避けるためにスローペースの物語が激減。「飽きられない」「チャンネルを替えられない」ためにハイペース、急展開、ドロドロ、トラウマに頼るような作品ばかりになり、連ドラらしく回を追うごとに少しずつ距離を縮める純愛は絶滅しかけていた。
ゴールデン・プライム帯で放送されたスローペースの恋愛ドラマは、2016年秋に放送された『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)くらいであり、裏を返せば同作は希少性が高いからヒットしたようにも見える。その『逃げ恥』終了から約1年後にスタートした『海月姫』は同作以上のスローペースであり、だからこそ隠れた名作と言っていいのではないか。
特筆すべきは「笑いを前面に出したコメディ」という印象の原作漫画を往年の月9仕様に仕立て上げたこと。ドラマ『海月姫』は「東村アキコの世界観を大切にしつつ、月9黎明期の純愛を蘇らせた」というプロデュースの妙が「視聴率は低くてもネット上の評判はいい」という逆転現象を生み出していた。
その主な立役者はチーフ演出・石川淳一と脚本家・徳永友一の2人。石川は『デート〜恋とはどんなものかしら〜』(フジ系)で非モテ男女の純愛ラブコメを手がけ、徳永は『HOPE〜期待ゼロの新入社員〜』(フジ系)と『僕たちがやりました』(カンテレ・フジ系)で漫画原作の若者群像劇を手がけたあとであり、タイミング的にもハマったように見える。
ここで目線を現在、芳根が主演を務める『波うららかに、めおと日和』に向けると、同作は昭和11年を舞台に「交際ゼロ日婚」した新婚夫婦の物語。ピュアで初々しい新婚夫婦は、名前を呼び、手を握るだけでも胸のドキドキが止まらず、互いにときめきながら少しずつ距離を近づけていく様子が描かれている。
そんな同作が木10(木曜劇場)で放送されている一方、現在の月9は『続・続・最後から二番目の恋』。同作は2012年の第1弾、2014年の第2弾ともに木10で放送され、11年ぶりの続々編は月9に移動した。
●7年の時を経ても変わらぬ芳根京子
純愛を描く恋愛ドラマの『波うららかに、めおと日和』が木10で、終活を含む中高齢層の生き方を描くヒューマンドラマの『続・続・最後から二番目の恋』が月9で放送されている。「あれ? 逆じゃないのかな」と思う人もいるのではないか。
ただ、あまり知られていないが、月9は『海月姫』が放送された2018年1月期を最後に、2023年7月期『真夏のシンデレラ』までの21クール・5年3か月にわたって恋愛ドラマを封印。そのほとんどを中高年層に根強い人気を持つ刑事、医療、法律モノが占めていた。
一方の木10も、このところかつてのような「大人向けのヒューマンやミステリー」という印象が薄れている。ここ1年間を見ても、韓国ドラマのような復讐・愛憎劇の『Re:リベンジ-欲望の果てに-』、女性3人が飲食店の井戸端会議で事件解決する『ギークス〜警察署の変人たち〜』、“托卵”がテーマの『わたしの宝物』、偽装家族によるホームドラマ『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』を放送。「思い切った作品を放つチャレンジ枠」に変わったような感がある。
もし『海月姫』が放送された2018年1月期までだったら、『波うららかに、めおと日和』が月9で、『続・続・最後から二番目の恋』が木10で放送されていたのではないか。しかし、時代の移り変わりとともにフジの戦略が変わり、芳根は以降の月9に出演せず、木10に連続出演している。
今、『海月姫』と『波うららかに、めおと日和』を見比べてみると、21歳から28歳になった芳根のみずみずしい演技が変わっていないことに気づくだろう。つまり、フジの戦略で純愛を描くドラマが月9から木10に移っても、7年もの時を経ても、違和感なく対応できる。フジにとっては何とも心強い恋愛ドラマの主演女優ではないか。
○若手女優の業界評価が軒並みアップ
最後にもう少し『海月姫』の魅力にふれておくと、芳根が演じる月海だけでなく、東村アキコが手がける尼〜ずのメンバーを目当てに見ても十分楽しめる。
「枯れ専」のジジ様(木南晴夏)、「鉄道オタク」のばんばさん(松井玲奈)、「三国志オタク」のまやや(内田理央)、「和物オタク」の千絵子(富山えり子)は、いずれも原作に忠実な役作りを遂行。「顔が命」の女優であるにもかかわらずほとんどのメンバーが「髪で顔が見えない」という思い切りの良さが光った。
さらに、地域の再開発を狙うデベロッパーで、部下に「一昔前の銀座ホステス」と指摘される色仕掛けを繰り返す稲荷翔子(泉里香)も存在感たっぷり。同作は視聴率こそ低迷したが、業界内での評価は高く、ここであげた女優たちは飛躍のきっかけにつながった感がある。
その他では、尼〜ずメンバーたちの成長や、彼女たちが住むアパート「天水館」の取り壊し問題なども見どころの1つ。さらにBeverlyの主題歌「A New Day」は物語にシンクロした歌詞と伸びやかな歌声でシンデレラストーリーを盛り上げていた。
「個人の尊重を重んじる」「コンプレックスを魅力とみなす」という点では、令和の時代を少し先取りしたような作品と言っていいのかもしれない。
日本では地上波だけで季節ごとに約40作、衛星波や配信を含めると年間200作前後のドラマが制作されている。それだけに「あまり見られていないけど面白い」という作品は多い。また、動画配信サービスの発達で増え続けるアーカイブを見るハードルは下がっている。「令和の今ならこんな見方ができる」「現在の季節や世相にフィットする」というおすすめの過去作をドラマ解説者・木村隆志が随時紹介していく。
木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら