JAXAの月探査機「SLIM」、“月の夜”を越えることに成功 - 観測再開へ

2024年3月2日(土)8時30分 マイナビニュース

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2024年2月26日、月面に着陸した探査機「小型月着陸実証機(SLIM)」について、月の夜を越える「越夜」に成功したと発表した。
SLIMは、着陸地点が日没を迎え、太陽電池に太陽光が当たらなくなったため、1月31日から冬眠状態にあった。越夜を想定した設計にはなっていないものの、無事に眠りから覚め、運用再開を果たした。
運用チームは「さらなる観測の可能性にワクワクしています」と期待を語っている。
SLIMの越夜成功
小型月着陸実証機(SLIM)はJAXAが開発した月探査機で、誤差100mの高精度着陸技術と、軽量な月・惑星探査機システムの技術の実証を目的としている。
昨年9月に打ち上げられ、今年1月20日に月面着陸に挑んだ。SLIMは航法カメラによる画像航法を行って、高精度に自身の位置を推定しながら、自律的な航法誘導制御により月面上の目標地点に接近していった。
このとき、着陸目標地点からのずれは、JAXAによると「10m程度以下、おそらく3〜4m程度」であったとし、「100m精度のピンポイント着陸の技術実証は達成できたものと考えられる」としている。
また、着陸地点の上空約50mでホバリングし、危険な岩などを自律的に避けて着陸するため、画像ベースの障害物検出を行い、画像内から最も安全と考えられる地点を自律的に特定する障害物回避マニューバも正常に実施された。
だが、このホバリング中、着陸に使うメインエンジン2基のうち1基に異常が発生し、想定とは異なる形で着陸することになった。
SLIMは最終的に、月面に対して逆立ちするような姿勢で静定したが、それでも機体に目立った損傷はなく、通信もでき、着陸直前には2機の超小型ローバーの放出にも成功した。
しかし、その姿勢が原因で、着陸当初は太陽電池に太陽光が当たらず、発電ができなかった。そのため、バッテリーがもつ間のみ運用を行ったあと、一時的に運用を中断することになった。
その後、1月28日には、日差しの角度が変わり、太陽電池による発電ができるようになったことから運用を再開し、科学観測や撮影した画像の送信などが行われた。
そして1月31日には、着陸地点が日没を迎えたことで、SLIMは冬眠状態に入った。
月は昼と夜を14日間ごとに繰り返している。また、月の昼の温度は100℃を超え、夜は-180℃にまで下がる。この温度差に耐え、夜を無事に越える「越夜(えつや)」は難しく、SLIMもそもそもは越夜できる設計にはなっていない。そのため、再度復活できるかどうかは未知数だった。
ところが2月25日の夜、運用チームがSLIMにコマンドを送信したところ、応答があったとし、JAXAは「SLIMは通信機能を維持しての月面での越夜に成功した」と発表した。
このときは、通信機器の温度が非常に高かったことから、短時間の運用のみで通信を終了したものの、26日には航法カメラでの月面の撮像に成功し、カメラや通信機能が正常であることが確認された。
また、科学観測を行うためのマルチバンド分光カメラによる観測の準備も進めており、前回見えなかった部分を撮像する新たなコマンドを作ったとしている。運用チームは「さらなる観測の可能性にワクワクしています」とコメントしている。
28日には、航法カメラから非圧縮で画像をダウンロードすることができたとし、その画像が公開された。また、「機器の温度を見つつ慎重に運用内容を検討し作業を進めている」とした。
SLIMの運用チームは今後、状況を見ながら、マルチバンド分光カメラの科学成果の創出や各種データや成果の整理などを進め、適切な時期にプロジェクト終了の判断を受ける予定だという。
また並行して、メインエンジンが異常を起こした原因調査と今後の対策検討なども進めるとしている。
越夜
月の越夜をめぐっては、これまでもさまざまな探査機が、工夫、あるいは割り切りを行ってきた。
前述のように、月の昼の温度は100℃を超え、夜は-180℃にまで下がる。この温度差は、とくに電子機器にとっては致命的で、最近の高い集積度の集積回路であればなおのこと、損傷する可能性が高くなる。
そのため、たとえば中国が2013年に月に送り込んだ探査機「嫦娥三号」の着陸機と探査車「玉兎号」、また2018年に送り込んだ「嫦娥四号」の着陸機と探査車「玉兎二号」は、放射性同位体の崩壊熱を利用したヒーター(Radioisotope heater unit)を内蔵しており、その熱で温めることで何度も越夜した。
ただ、放射性同位体ヒーターは重く、コストもかかるため、簡単に搭載することはできない。そのため、たとえばインドが2023年に打ち上げた探査機「チャンドラヤーン3」の着陸機「ヴィクラム」と探査車「プラギヤン」は、そもそも越夜することを想定せず、着陸地点が昼の間だけ運用できればいいという割り切った設計をしていた。両機は予定どおり昼の間の運用をこなしたのち、復活できる可能性にかけ、約2週間後の夜明けから交信を試みられたものの、復活することはなかった。
SLIMもまた、チャンドラヤーン3と同じく、そもそも越夜できる設計にはなっていない。そのため、夜明けを迎えても復活できるかどうかは未知数だったが、大方の予想に反し、復活することに成功した。
SLIMが越夜に成功した理由については、今後分析が行われるものとみられる。電子機器が想定よりも頑丈にできていた可能性、探査機全体の熱の収支(出入り)が好条件で保温できた可能性、あるいは想定外の着陸姿勢が、災い転じて福となり、保温できた可能性もあろう。
いずれにしても、放射性同位体ヒーターを使わなくても越夜できる技術が確立できれば、軽量かつ低コストで、より長く運用できる月探査機の実現につながる可能性がある。それは、SLIMの目的のひとつである「軽量な月・惑星探査機システムの実現」にとって、望外のボーナスとなるかもしれない。
○参考文献
・小型月着陸実証機SLIM(@SLIM_JAXA)さん / X
・小型月着陸実証機 SLIM | ISAS/JAXA
・ISAS News 515
鳥嶋真也 とりしましんや
著者プロフィール 宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。 宇宙開発や天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。 この著者の記事一覧はこちら

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