軍事とIT 第609回 艦艇に関する話題(12)独125型フリゲートのその後

2025年5月10日(土)13時57分 マイナビニュース


本連載の第572回で、2024年8月20日に東京国際クルーズターミナルに寄港した、ドイツ海軍のフリゲート「バーデン・ヴュルテンベルク」を取り上げた。この艦は後日に帰国の途についたのだが、それと関連する話題を。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
なぜか喜望峰まわりで帰国
日本からドイツに帰ろうとした場合、最短の経路はインド洋〜スエズ運河〜地中海〜ジブラルタル海峡〜英国海峡というルートになる。ところが「バーデン・ヴュルテンベルク」はこの経路をとらず、インド洋からアフリカ南端の喜望峰に向かい、そこから大西洋に入って北上する経路をとった。
その理由について、公には説明されていない。しかし、スエズ運河の手前の紅海で、イエメンを根城とするフーシ派が、軍民双方の艦船に対して対艦ミサイルや自爆無人機などを用いた攻撃を仕掛けている件が影響している、との見方があり、筆者もそれに同意する立場を取っている。
第572回でも書いたように、「バーデン・ヴュルテンベルク」を筆頭とする125型フリゲートは、非対称戦に特化した内容の艦である。だから、海賊が多用しそうな小型の船艇、あるいは自爆ボートといった相手に対処するために遠隔操作式の機関銃を多数備える一方で、ミサイル兵装の陣容は限定的。
具体的にいうと、RIM-116 RAM(Rolling Airframe Missile)艦対空ミサイルの21連装発射機が2基と、RGM-84ハープーン艦対艦ミサイルの4連装発射機が2基。RAMが42発もあれば十分ではないか、と思われそうだが、多数の無人機や対艦ミサイルが飛来すれば、たちまち射耗してしまいそうでもある。
すると残された手段は、ラインメタル製のMASS(Multi Ammunition Softkill System)を用いてデコイ(囮)をばらまくぐらいしかない。MLG27機関砲もあるが、対艦ミサイルや無人機に向けて撃とうとしても、射撃指揮システムが不十分ではないだろうか。
IRIS-T SLMの搭載を検討
そのことを裏付けるかのように、ドイツ連邦軍(Bundeswehr)の調達部門・BAAINBw(Bundesamt für Ausrüstung, Informationstechnik und Nutzung der Bundeswehr)が2024年の末に、ディール・ディフェンスに対して、IRIS-T SLM地対空ミサイルを125型フリゲートに搭載するための、実現可能性に関するスタディ契約を発注した。
IRIS-T SLMとは、格闘戦用の赤外線誘導空対空ミサイル・IRIS-T(InfraRed Imaging System - Tail/Thrust-Vector Controlled)の陸上転用型、IRIS-T SLのうち、中間の射程を持つモデル。最大射程40km、最大射高20kmとされている。
125型フリゲートが搭載するRIM-116 RAMは、最大射程10kmとされている。もともとこのミサイルは、多層構成の対艦ミサイル防御において、最も内側のゾーンを受け持つミサイルとして開発された。20mm機関砲を使用する、Mk.15ファランクスCIWS(Close-In Weapon System)と同じポジションである。
ということは、125型は現在、敵のミサイルや無人機が自艦の近くまで接近してこなければ交戦できないわけである。そこで相手の数が多ければ、果たして我が身を護りきれるかどうか?
対空捜索レーダーは4面固定式フェーズド・アレイ・レーダーのTRS-4Dを搭載しており、最大探知距離は250kmとの数字がある。戦闘機サイズのターゲットだと、追尾可能距離は110kmというが、対艦ミサイルや無人機は戦闘機よりも小さい。つまり探知・追尾可能距離が短くなる。
それに、探知・追尾ができたとしても、交戦のためのエフェクターがなければ始まらない。そこで、射程10kmとされるRAMだけでは不十分とみて、よりリーチが長いIRIS-T SLMを載せてはどうか、という話になったものと思われる。
IRIS-T SLMを載せる際の課題は?
IRIS-T SLシリーズは、もともと陸上運用を想定したミサイル。そして赤外線誘導だから、捜索レーダーで目標を捕捉追尾した上で、その情報を送り込んでしかるべき方向に向けて発射・交戦というシーケンスになると思われる。
その辺の事情は艦載化しても同じだろうが、まずIRIS-T SLMの発射機と艦側のレーダーあるいは指揮管制装置を連接して、データや指令の受け渡しを行えるようにしなければならない。
次に発射機の問題。陸上型ではキャニスターを4列×2段に束ねた起倒式発射機をトラックの荷台に載せているが、艦載型ではどうするか。起倒式発射機の部分だけ外して艦上に持って来られれば楽だが。
それに、持ってきたとしても、その発射機を据え付ける場所が要る。RAM発射機を降ろすことになれば、今度は近接防御能力が落ちる。発射機を据え付けるだけでなく、再装填もできる方が好ましいが、はたして実現できるか否か。また、垂直発射するのであれば、上方が開けた場所でなければ具合が良くない。
空きスペースを確保するというだけなら、艦首の127mm砲とRAM発射機の間にある甲板室の屋根上にスペースがあるが、再装填には向かない場所に思える。それに、この場所でIRIS-T SLMの発射機を立てたら、RAM発射機の射界を邪魔しそうだ。
ではどうするか。といったことを検討するのが、先に言及した「実現可能性に関するスタディ」の主な眼目になるのではないかと思われる。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。

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