「聖地」で開かれる来冬の五輪、渡部暁斗は熟知する思い出の地で「季節外れの桜咲かせる」
2025年5月21日(水)10時10分 読売新聞
2012年2月にイタリアのバルディフィエメで行われたノルディックスキーW杯複合で初優勝を果たした渡部暁斗=ロイター
ミラノ・コルティナ五輪の雪上競技は、長くそのスポーツが愛されてきたイタリアの北部が舞台となる。過去に開かれた世界選手権やワールドカップ(W杯)に出場経験のあるアスリートは競技会場にも強い思いを持っている。(福井浩介、小沢理貴)
通算55勝目で初勝利、自信得て総合王者に
ノルディックスキー複合の会場となるバルディフィエメは、過去3度の世界選手権に加えて、例年W杯も開催されている。日本のエースとして長く活躍する渡部暁斗(36)(北野建設)にとっては、2012年にW杯初優勝を飾った思い出の地。「メダル獲得という季節外れの桜を咲かせたい」と意気込む。
そのシーズンは序盤から好調で、「勝てそうな予感はあった」。23歳だった社会人1年目の12年2月5日。前半飛躍で最長不倒の133メートル50を飛んで首位に立ち、2位と20秒差でスタートした後半距離(10キロ)で逃げ切った。両手を突き上げ、ゴールラインを滑り抜けた。
通算55戦目での初勝利だった。長野・白馬高2年の06年トリノから五輪に出場しながら、W杯で一度も勝てていなかったが、これがターニングポイントになった。「自分も勝てるという事実が、自信になった」。そこから、17〜18年シーズンに個人総合優勝を飾り、21年には荻原健司氏に並ぶ日本勢最多の通算19勝をマーク。五輪では22年北京まで3大会連続メダルと、実績を重ねていった。
バルディフィエメで、ジャンプが行われるプレダッツォ、距離の競技会場となるテーゼロの印象を「どちらも谷の中に会場があり、景色としては岩の壁みたいな感じ」と語る。世界遺産でもあるドロミテの山々がそびえる壮大な自然が戦いの地となる。
プレダッツォのジャンプ台はこれまで助走路の斜度が緩く、姿勢やポジションが狂いやすかった。五輪に向けて改修されるが「風の影響を受けやすいジャンプ台なのは間違いない」。時間によって風向きが急に変わる地形が特徴といい、どの順番で飛ぶかもカギになりそうだ。
テーゼロで行われる距離のコースは標高800メートル超と高い。心拍数が上がりやすい環境でアップダウンも激しく、体力を回復できるポイントが少ない。「W杯の中でもトップクラスのきついコース」と警戒する。
既に攻略のイメージを膨らませている。「一番はジャンプでどれだけいい位置につけられるか。距離は大きい集団になりやすいコースで、相手が仕掛けてくるポイントがいくつかある」。これまでの経験をもとに、今夏はレース展開を想定した練習にも取り組む。
来季限りで現役を退く。W杯初優勝を飾った地が最後の五輪の会場となる巡り合わせに、「この偶然性はなかなかない。自分で言うのもあれだけど、いいストーリーになりそうだなって思う」。6大会連続となる五輪は、集大成にふさわしい舞台となる。
わたべ・あきと 1988年5月26日生まれ。長野県白馬村出身。98年長野五輪をきっかけに10歳からジャンプ競技を始め、中学から本格的に複合に取り組んだ。五輪は2006年トリノから22年北京まで5大会連続出場。1メートル73、61キロ。弟の善斗(33)(北野建設)も複合の選手。
バイアスロン 町の文化…アンテルセルバ
バイアスロンは、世界選手権が過去最多の6度開催された歴史があるアンテルセルバが五輪会場となる。
オーストリアとの国境近くの渓谷に位置し、標高約1600メートルの風光
他の都市に比べて決して大規模な会場ではないものの、「観客の地鳴りのような歓声が響き渡る」という。「トップ選手が射撃をしている時は、1発ごとに『ウォー』と歓声が沸くほど。その盛り上がりは会場が一つになる感覚」と田中。大会中は町全体が応援ムード一色になり、バイアスロンが町に根付いた文化になっていると感じたそうだ。
ただ、選手にとっては標高が高い分、簡単ではない会場という。酸素が薄く呼吸が乱れやすいため、「射撃に狂いが出やすい」。さらに、クロスカントリーは水分量の少ないきめ細かな雪質の影響で、「スキー板と雪が張りつく感じになり難しい」と語り、選手の対応力が試されそうだ。
田中は北京五輪後、ミラノ・コルティナ五輪新競技の山岳スキー「スキーモ」に転向し、五輪出場を目指している。出場枠獲得に向け、「バイアスロンの経験がスキーモに生かされている。もう一度、五輪に行くため、やるしかないなという気持ち」と闘志を燃やす。
たなか・ゆりえ 1989年1月6日生まれ。新潟県南魚沼市出身。小学4年生で距離スキーを始め、日大卒業後にバイアスロンに転向。北京五輪は3種目に出場し、女子15キロで71位だった。2022年4月にスキーモに転向し、23、24年の日本選手権スプリントで2連覇した。
フィギュア会場 常設化…責任者、氷に自信
各地の競技会場で本番への準備が進められている。
ショートトラックとフィギュアスケートが行われるミラノの会場では、今年2月のテスト大会で、五輪に採用が決まったボランティアが観客を誘導するなど本番を想定した動きを確認した。2018年に同会場で開催されたフィギュア世界選手権に続き、会場責任者を務めるベロニカ・バレンテさん(42)=写真、平地一紀撮影=は、「当時はリンクが仮設で氷が割れてしまう問題が起きた。常設の施設になり、冷却装置も進化し同じことは起こらないだろう」と自信を見せる。
一方、イタリアは日本などと比べて何かにつけてのんびりした印象のあるお国柄からか、準備が心配される会場もある。今大会で唯一新設されるミラノのアイスホッケー会場は急ピッチで建設が進むが、完成は今秋だ。1956年冬季五輪でも使用した旧施設を改築したコルティナダンペッツォのそり会場は、整備費用の高騰などのため、国際オリンピック委員会(IOC)から他国での実施も勧められたが、IOCの設けた3月の完成期限に何とか間に合わせた。
1万8000人のボランティアや、観戦チケット購入の申し込みは好調で機運も盛り上がりつつある。来年2月6日に開会式が行われるミラノでは、観光名所のドゥオーモ(大聖堂)近くの「カウントダウンクロック」が開幕までの時を静かに刻んでいる。(パリ支局 平地一紀)