【DeNA】守護神への想いと、亡き母との約束…プロ11年目の山﨑康晃が抱く“葛藤”「人間なので、いろいろな気持ちはありますよ」
2025年5月25日(日)6時0分 ココカラネクスト

守護神の座から遠のいてもなお、腐らずにマウンドで役目を全うする山﨑。(C)産経新聞社
ホールドもつかないマウンドで黙々と
「人間なので、いろいろな気持ちはありますよ。でもいまはグッと歯を食いしばって頑張る時期なのかと。僕には必要な時期なのかなって思っています」
11年目のシーズンを迎えた山﨑康晃は宙を見つめ、そう言葉を紡いだ。
【動画】インロービタビタの魂のストレート! 山﨑康晃の奪三振シーン
今シーズンは、オープン戦から森原康平、さらに助っ人右腕のローワン・ウィックも故障で不在というチーム事情から守護神の席は空いている状況でスタートした。当然ながら“小さな大魔神”としてセーブを積み重ねてきた山﨑が、空座に着くと思われた。しかし、三浦大輔監督が開幕前に新守護神に指名したのは、肩の手術から復帰したばかりの入江大生だった。
山﨑は自身3戦目の登板でセーブを挙げたものの、4月5日の広島戦で敗戦投手となると事態は暗転。いつしか出番は、ビハインドや大差の場面に限られ、10日以上も登板間隔が空く日すらある。
セーブはおろかホールドもつかないケースでのマウンドだってある。それでも自身に与えられた役目を黙々とこなし続ける山﨑は、現況を「チームが選択していること」としっかり受け止める。
決して腐らず、ひたすらに腕を振る。そこにはチームファーストで臨んできた男の“矜持”が覗く。
「僕はいままでの野球人生の中で反旗を翻したことはないです。僕がそこで気持ちを出してしまうと、いまのブルペンのバランス、ピッチングスタッフのバランスが一気に崩れてしまいますからね」
無論、簡単な役割ではない。日本代表にも選出された経験もある山﨑ならなおさらだ。それでもブレない境地に至った礎となったのは、横浜のブルペンで深めてきた絆を引き継いできたプライドがあるからだ。
山﨑が回想するのはルーキーイヤーとなった2015年の記憶だ。当時のブルペンを引っ張っていた先輩に思いを馳せる
「あの当時は三上(朋也)さんがクローザーを務められていたのですが、怪我をして離脱してしまったんです。それで帰ってきてからクローザーをやっていた僕を、三上さんは快く迎え入れてくれました。わからないことなどを聞きやすい体制も整えてくださいましたし、ご飯に連れて行って頂いてお話をしていただきました。きっといろんな気持ちがある中でも背中を押して頂いたことは、僕にとって大きな財産ですね」
「とにかくダサいことだけはしないように」
黎明期から強い絆で結ばれていた横浜のブルペン陣。三上を筆頭に、田中健二朗と須田幸太の意思を引き継ぎ、後に先発から転向した三嶋一輝や石田健大らとともに強固なものとして築き上げてきた。だからこそ「その経験がいまのブルペンに活きているって、間違いなく言えることです」と山﨑も断言する。
「苦しい中で『なんとかヤスに繋ごう』って言ってくださった先輩たちは、どんな気持ちでやっていたのかって、毎日のように考えてます。『いまのお前はこういう位置にいるんだから、こういうことをやるべきじゃないのか』って考えて。自分に強く言い聞かせていますね」
尊敬する先輩たちの姿をイメージし、メンタルを整えている山﨑は、「(入江)大生もいまアンカーとして頑張ってくれていますし、彼の成長は本当に楽しみです。ブルペンの一員として、彼の背中を全力で押して応援しています」と後輩のサポートを欠かさない。これも横浜伝統のブルペンの姿を体現している象徴的な出来事と言えよう。
「みんなをまとめて、500試合以上投げて、メンタルもお化け。凄いですよ」(伊勢大夢)
そう同僚も舌を巻く山﨑の振る舞い。「とにかくダサいことだけはしないように、自分の心に約束してます」と語る本人に闘志がないわけではない。
無論、立場は決して安泰と言えるものではない。昨季は38登板で、防御率3.35、セーブもわずか「4」にとどまり、二軍落ちも味わった。節目の10年目で「泥水すすって本当に悔しい思いをした」と語る経験をしたからこそ、「誰が見ても変わったとわかるようなボールを、一番でブルペンに入って見せてやろうと思って。心を鬼にしてトレーニングしました」と並々ならぬ決意は固まった。
「後輩たちには一年間頑張ってもらいたいですし、素晴らしい景色を見させてあげたい思いはありますけど、まずは僕が先頭切ってやらないといけないと思う」
その結果、小杉陽太ピッチングコーチも「去年より数値はいいですよ。コマンドもめちゃくちゃいいですし、ストレートのホップ成分もすごく高いです。まだまだ老け込む歳でもないですしね」と復活に太鼓判を押すまでに技術は向上した。
山﨑自身も「身体が厳しくなってきたら白旗振ってお手上げなんでしょうけど、そうではないので」と自信を漲らせ、「気持ちがちゃんと付いてくればいいパフォーマンスをお見せできますよ」と言い切る。
技術力にも変化を生んだ“いい意味でのリラックス”
明らかにここ数年とは変わった姿がそこにある。その背景には、「いままで一生懸命やり過ぎていた部分があった」というベテランなりの心情の変化も影響していた。
「抑えたい気持ちが裏目に出て、テキサスヒットとか野手の頭を抜けたりとかしたときにね……。ピッチングのなかで、ちょっとは余裕を持つほうがいいのかもしれませんね」
いい意味でのリラックスは、投球術にも変化を生んでいる。力の真っ向勝負ばかりではなくチェンジアップも多投するようになった。
「東(克樹)のチェンジアップを見て、こういう軌道で入っていけばいいんだって思いまして。彼とはアームアングルも違うので、ボールの動き方はぜんぜん違うんですけど、自分のフォームに当てはめてみたらゲームレベルに達していますし、奥行きが使えているのでツーシームも真っ直ぐも活きてきていますよね。後輩に良いヒントを貰いました」
そうニヤリと笑う山﨑は「いまの野球はツーサイドピッチで抑えられるほど甘くない」と11年目のモデルチェンジに手応えを得ている。
ここから先、目指すはもちろん“あの場所”だ。
「1球だけで見たら、大生やウィックのほうがとんでもないボールを投げますよ。でも、“ピッチング”となると別です。ヤスアキジャンプを見ていると、まだまだ僕も捨てたもんじゃないなと思いますし、歓声はしっかりと届いている。球場のエネルギーは僕の力以上のものを出せせてもらっていると、はっきりと自分の口で言えますから。いつでも“レディー”です。見えないところで歯を食いしばって準備しています」
積み重ねたセーブ数は232。背番号19は「僕は母さんと約束したんで。そこは絶対ユニフォームを脱ぐまでに達成したい思いはあります」と女手一つで育ててくれた、亡きベルさんのためにも250セーブは成し遂げたいと誓う。
不屈の精神力を武器に、己の仕事を全うする山﨑。彼がひたすらに目指すのは9回のマウンドで咆哮する姿だ。
[取材・文/萩原孝弘]
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