世界的支持を集める現代美術家・松山智一、ポップで鮮やかな作品に見る“サンプリング”と現代の社会問題

2025年4月1日(火)6時0分 JBpress

(ライター、構成作家:川岸 徹)

ニューヨークを拠点に活動、壮大なスケールの絵画や巨大な彫刻作品が世界的支持を集める現代美術家・松山智一。大回顧展「松山智一展 FIRST LAST」が麻布台ヒルズ ギャラリーで開幕した。


世界を驚かせる次世代アーティスト

 ニューヨーク5番街とブロードウェイが交差する場所に建つフラットアイアンビル。V字型の外観がユニークで、ニューヨーク・マンハッタンのランドマークのひとつとして知られている。

 そんなフラットアイアンビルの前に、2022年、松山智一のパブリックアート《Dancer》が設置された。鏡面仕上げされたステンレス鋼製の彫刻作品。表面にはマンハッタンを行き交う多様な人々の色や形が映り込み、ヴィヴィッドに揺れ動く姿は踊り子(Dancer)のようにも見える。人と社会とのつながりを詩的に表現した作品として高い評価を獲得した。

 松山智一はおよそ25年にわたってニューヨークを拠点に活動し、いまや世界が最も注目するアーティストのひとりになった。日本でも2020年に、JR新宿東口駅前広場に高さ8メートルに及ぶ巨大パブリックアート《花尾》が設置され、明治神宮「神宮の社芸術祝祭」では彫刻《Wheels of Fortune》が公開されるなど、作品を目にする機会が増えている。

 そして2025年3月、東京初となる大規模個展「松山智一展 FIRST LAST」が麻布台ヒルズ ギャラリーで開幕した。まずは松山智一の経歴について簡単に紹介したい。


8歳で家族とともにアメリカへ

 1976年、岐阜県高山市に生まれた松山智一。父親は牧師で、松山自身もクリスチャンとして育った。8歳の時には一家そろってロサンゼルス近郊のオレンジカウンティに移住。決して治安のいい場所ではなく、アジア人差別を受けることも珍しくなかった。そんな松山の心を支えてくれたのが、当時ブームだったスケートボードだったという。

 その後帰国し、上智大学にて経済学を学ぶ。夜は桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科に通い、アメリカへ戻りたいという思いを強めていく。2002年、松山は再びアメリカへ。ニューヨーク私立美術大学院プラット・インスティテュートコミュニケーションズ・デザイン科に進学し、首席で卒業した。

 松山はアメリカで移民としての孤独を感じながら、多文化主義をテーマにした作品の制作に取り組み始めた。東洋と西洋、古典と現代、具象と抽象。そうした対極にあるものとして理解されがちな多様性を、一度崩し、再構築することをテーマに創作活動を続けている。


古今東西、様々な素材をサンプリング

 本展では松山が提示する多様性のあり方を、40点以上の作品を通して感じ取ることができる。注目の作品を、内覧会での松山自身の解説とともに紹介したい。

《We Met Thru Match.com》は松山の代表的シリーズ「フィクショナル・ランドスケープ(仮想風景)」の第一作。2016年に制作され、シリーズ中最大のサイズを誇る大作だ。

「僕が敬愛するフランスの画家アンリ・ルソーにインスピレーションを受けたジャングルの風景を、狩野派や土佐派といった日本の伝統的絵画のスタイルで描きました。画面に登場する2人の人物は、バーチャルかつグローバルな出会いが主流になっている現代で、手紙でコンタクトを図るという旧来の親密性のあり方を実践している。様々な垣根を超えてニューヨークでアーティストとして戦うという、僕の決意を表した作品でもあります」

 松山智一作品の鑑賞は“元ネタ探し”が大きな楽しみのひとつだが、それにしても様々な素材が用いられていることに改めて驚かされる。松山はその手法をヒップホップカルチャーにならって“サンプリング”と呼ぶが、その元ネタは古今東西、なんでもありだ。

「フィクショナル・ランドスケープ・シリーズの《Divergence Humble Solitaire》(2024)。1人の若者がいる部屋の風景を表した室内画で、部屋の中には尾形光琳の絵から引用した蝶が舞い、テーブルの上には17世紀オランダの静物画から引用した果物が置かれています。若者の姿は広告写真からイメージを借用したもの。全体としてはフィクションの風景ですが、それぞれのパーツは実在する画像がベース。これはリアルか、フィクションか。その狭間で、頭を悩ませながら鑑賞してもらえたら」

最新シリーズ「First Last」を公開

 展覧会タイトルにもなっている「First Last」は、松山智一の最新シリーズ。これまでの作品に通底する古今東西のモチーフの引用に加え、松山のルーツに関わるキリスト教の画題を取り込むことで、自身のアイデンティティに向き合う姿勢が示されている。

「First Lastシリーズの《Passage Immortalitas》は、ボッティチェリの《チェステッロの受胎告知》を引用。処女懐胎による純白さや優美さを表現することで、人間の情欲を戒め、キリストの神性を象徴してきたルネサンス期の名画です。ここに食べかけのピザやポテトチップス、プロテインの袋、美術や建築の書籍などを散らばせることで、食欲や知欲を断ち切れない生活の痕跡を示しました。それぞれのモチーフを自分の中に取り入れ、考え、自由に読み解いてください」

 最新作《We The People》では、フランス古典主義の画家ジャック=ルイ・ダヴィッド《ソクラテスの死》の構図を用いながら、現代のアメリカの問題を取り上げている。

「舞台はアメリカのスーパーマーケット。画面左側の商品棚には健康への被害が問題視されている超加工食品の象徴としてシリアルが、右側の商品棚には国民の不健康から利益を得る製薬業界の商品が並んでいます。まさに、アメリカの悪循環のループ。でも、アメリカの人々はそうした問題に直面しながらも、この生活を享受しています。僕も含めて、アメリカの何が人を惹きつけるのか? アメリカでは砂糖を摂取するのも、クスリを取るのも自分の自由。自由はアメリカ人の魂であるとも言えます。

 対峙する作品ひとつひとつの読み解きが楽しい展覧会。入口は明るく、ポップで、カラフル。松山智一の世界をまだ体験したことがないという人も、ぜひ。

「松山智一展 FIRST LAST supported by UNIMAT GROUP」
会期:開催中〜2025年5月11日(日)
会場:麻布台ヒルズ ギャラリー
開館時間:10:00〜18:00(金、土、祝前日は〜19:00)※入場は閉館の30分前まで
会期中無休
お問い合わせ:azabudaihillsgallery@mori.co.jp

https://www.tomokazu-matsuyama-firstlast.jp/

筆者:川岸 徹

JBpress

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