隠した本を探させて文句を言う。女性書店員を泣かせた<カスハラの王様>を出入り禁止にした方法とは
2025年4月13日(日)6時30分 婦人公論.jp
(イメージ写真:stock.adobe.com)
店の利用客から従業員が迷惑行為を受ける「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が社会問題として注目されています。4月1日から、全国初のカスハラ条例が東京都や北海道などで施行されました。「悪質なカスハラ」と「耳を傾けるべき苦情」の違いに悩む方も多いのではないでしょうか。大手百貨店で長年お客様相談室長を務め、現在は苦情・クレーム対応アドバイザーとして活躍する関根眞一さんは「カスハラに対抗するためには実態を知り、心構えを持つことが必要」と指摘します。そこで今回は、関根さんの著書『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』から、一部引用、再編集してお届けします。
カスハラの王様
「何でそんな大事なことを、早く言わなかったんだ!」と、私は書籍売り場の社員に怒っていました。現場で何度も繰り返されたカスハラ、それも、セクハラともとることができる事件を処理できずにいたということが分かったのです。
30代前半の男が書籍売り場で女性社員を困らせて泣かせるのだそうです。店長や総務担当に、「あなたたちは、そのとき何をしていたのか」と聞くと、その男から先にくぎを刺されたのだそうです。「この女性が嘘を伝え私を翻弄し、無駄な時間を費やしたため文句を言っている。たとえ上司でも、出る幕ではない、この女性が悪いのだ」と。「それで、対抗せずにそこに居たのか」「引き下がりはしません。そこで動向を確認していました」「つまり、見ていただけじゃないか。それでは販売員が職場放棄して辞めてしまうだろう」「……実は、すでに2名がこの男の犠牲になり辞めています」「呆れたよ、どのくらい前からだ」「かれこれ、3年になります」。実に長期間にわたる被害です。
翌日、旧知の書店役員と本部の部長、店の店長と総務担当の4名を呼び、相談しました。「氏名、年齢、住まい、正体は掴んでいるのか」「Eと言うようです」「役員、これをどうしたいのですか」「出来れば追い出したいです」「そうでしょう、出入り禁止にしましょうよ」
入店規制や出入り禁止にすることは、内容次第で可能です。
しかしEさんと対等に話す度胸のある社員はおらず、ならば、過去の事例を具体的にまとめたものを見て対応しようということになりました。まとめられた書類は温情的に書かれており、そんなものでけりが付くとは思いませんでしたが、私は敵を知るために、Eさんの起こした事例についてじっくり読んで予習しておきました。
ちなみに、この事件の舞台は2000年代初期の頃です。当時はカスハラという言葉はないのですが、実態としてはあったのです。Eさんは、いじめが趣味の、まさにカスハラの王様といえる人物でした。現在は、国が規制を掛け、都道府県が条例や規則を作成しているタイミングですので、お客様を出入り禁止にするのはより容易でしょう。
悪質な手口
そして3か月後、対決のときが訪れます。問題となったのは、『徳川家康』の単行本、全26巻、山岡荘八著の棚です。ご存じないかもしれませんが、棚の本と同じ物はその下の引き出しに入れて在庫とすることが多く、仕事の簡略化をしています。しかも、『徳川家康』のように26巻もあるものはめずらしく、1から3巻くらいまでは2冊展示し、仮に1巻が売れても、同じ1巻が残るよう品だしをし、その他は各巻1冊ずつ並べる書店が多いようです。
『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』 (著:関根 眞一/中公新書ラクレ)
カスハラの手口は以下の通りでした。来店し、担当が若い女性と見ると、2巻のうち1冊を他の棚に移動して、しばらく様子を見ます。そして担当者が離れた隙に、もう1冊を分かりづらいところに隠したうえで、在庫の引き出しを開け、在庫のないことを確認してから、その女性に訊ねるのです。
「山岡荘八の徳川家康の単行本で、2巻を探しています。出張で時間がないのですが」「はいこちらにあります」と女性社員は答えるが、あるべき場所にない。慌てて「少々お待ちください」と声をかけ探します。男は素知らぬ顔で別の棚の単行本を見ています。担当の女性は、30分前は2冊あったのだからと思い、探し回ります。10分もした頃、「ないのかな、電車が1本出てしまったから、探してください」と急かします。しかしどうしてもない。同僚も探してくれたがない。
そこで「もう待てない」と言って、「どうしてくれるんだ。20分以上待たされた挙句ありませんはないだろう、通常どんな管理をしているのか、あんたの責任で俺が帰社の電車に乗れない可能性が出た。これも大変なことだよ。相手の企業に迷惑がかかる、どうしてくれる。大きな商談で、それが決裂したら大被害だ、この書店に責任を取ってもらうことになる」と、つじつまの合わない無関係のことを言い出し、焦って理解できない女性社員を、人目もある書籍の棚前で吊るし上げます。「どうしてくれる」を繰り返すうちに、社員が涙目になっても、攻めを緩めません。
この光景を見て、他の社員が店長に救いを求めました。店長がそこまで行き声をかけます。「誰だあんたは」と言われ店長が名乗ると、「あんたは関係ないだろう、この女が『ないものをあると言って引き留め、結果なかった』ことをどう対処してくれるのか。対処出来るなら聞こう」と、そこでも圧力をかけます。
いよいよ直接対決
店長は窮しましたが、私に「今度機会があったら、そのまま連れてこい」と言われていたことを思い出し、「お客様、お時間はありますか。ご足労ですが、お客様と『お話をしたい』と言う者がおりまして、よろしければお会いしていただきたいのですが」「何だ、そいつは誰だ」と怪訝な顔をして探ります。「それが、お客様相談室の者で、『どんな迷惑をおかけしているのかお聞きしたい』と申しております」「時間はさほどないがいいか」「もちろんでございます」。10分もして4名がお客様相談室に来ました。
(イメージ写真:stock.adobe.com)
店長と書店役員と総務担当、そしてカスハラをしたEさんです。
私も、落ち着いた表情で応接室に通したまでは良いけれど、実は突然のことゆえ対応策は考えていませんでした。しかし、ここで片を付けなければ後に影響が残ります。
「こんにちは、初めまして。お忙しい中、こんなところにご足労願いましてありがとうございます。お名前を伺えますか」
「何で、用件も聞かずに名前を言う必要があるのか」
「では、失礼ながら、お名前が分かりませんので『あなた様』と呼ばせていただきます。私のところに入っている情報ですと、書籍の店頭でうちの女性社員がよく泣かされるとお聞きしまして、ぜひ会いたいと思いました。当然当方に非があることでしょうから、お詫びするのも私の役目です。お客様相談室長の関根と申します。よろしくお見知りおきを」
と、先鞭をつけます。
「なぜこんなところへ連れて来られなければならないのか、合点がいかない」
「店頭まで戻りますか、そこでも一向に差し支えはございませんが」
と、その会話を遮ります。
帰ろうとする相手に…
「俺が何をしたというのだ」
「その詳細をこれからお聞きして、今後どう対応させていただくか考え、非があれば詫びることでお許しを願いたいのです」
「そんなことはどうでもよい」
「場合によっては脅しで訴えることも考えの中の一つにはあるのです。私まで恐喝され
たとは恥ずかしくて言えませんので、慎重に受け答えをしておりますが」
「いいよ、今日は帰る」
と、相手は立ち上がろうとします。
「残念ながら、そのドアは自動で施錠になっていますから、開きませんよ」
もちろんウソです。
「『今井様(仮名)』と、お互いに腹を割って正直なことをお話ししましょう」
自分の姓を呼ばれてギョッとして、Eさんの目が大きくなりました。
「安夫さんでよいのですよね」
と、今度は名を呼びます。さらに、目が……。
「俺が何をしたというのだ、帰りたい」
その通り、書籍売り場に遊びに来ていきなりお客様相談室に連れて来られ、文句を言われているのですから、帰りたいのは当然です。
疑惑を突きつけると
「こちらも都合があるのです。3か月前の11月13日。うちの社員があなたに注意を受け泣かされています。その4か月前、同様に注意を受け泣かされたパート社員は、翌日退社しています。その方は、『会社で訴えを起こしてください』と、言って辞めて行きましたが、実情の詳細を掴めなかったことから、今日まで、延びていました。
(イメージ写真:stock.adobe.com)
その前年も2件記録があり、そのまた前年も1件の記録があります。ほとんど手口は一緒で、『あると言われた本がない』ことで、しつこい攻めを受け、対応ができず泣かされ、当時の上司も追い払われて、遠方から見ているという情けないことになっていました。長いことあなたをお待ちして、やっと会えたのです。よろしくお願いします。今井様」
この名前を連呼する行為は、相手の気持ちを萎えさせます。
「ところで、お叱りにはどんな理由が存在したのですか。今井様」
と、姓を繰り返します。
「噓を言って客を引き留めているじゃないか」
「そうですか、それでも無視して帰れば帰れますよね。あなたが帰った後、閉店近くから社員全員で、要望された本を探しました。それが、とんでもないところに、逆さまに伏せてあったり、背表紙を奥にして棚に置いてあったり、他の書籍の下の在庫箱にあったりしています。それが延べ3回続いています」
証拠はあるのか
「それは、俺ではなく他人が置いたのかもしれない。俺が置いた証拠はあるのか」
と、相手は少し上向きになり反りかえるような動作をしました。
「残念ですね、あなたは以前店長に名前を聞かれたとき答えています。その店長は、あなたがお帰りになるとき、尾行しておりました。その帰りに立ち止まった場所から、それらの本が見つかっています。それが、何よりの証拠です」
相手は下を向きました。
「恐喝で警察に通報します。そうすれば、その証拠を固めてくれることでしょう。訴訟はその辞めたパートが起こします。営業妨害を被ったのは当社になります」
相手を追い詰めるときです。役員、店長に目配せをして、たたみかけます。
「今井さんのお住まいも分かっております。もし引っ越していれば、警察から行政にお願いし引っ越し先を確かめます」
相手は観念し、黙っています。
「私は、あなたと約束をしたい。今後当店への出入りはやめてください。書籍売り場だけで結構です。書籍売り場の前は通路の通行だけにしてください。もし、ご購入したいモノがあるならば、私かこちらの役員が対応をさせていただきます。よろしいでしょうか。当店にとって大事なお客様を罪人にはしたくありませんので、3年間くらいは我慢してください。ただし、記録はすべて残しておき、近在の警察にコピーを渡します」
相手はうなだれたまま、応接室の出口に向かいました。その外には、2名の書籍販売員がいて見送りました。私と役員は「これで収まるでしょう」と言い、遅くなった食事に向かいました。それ以降、全く来店しなくなりました。
店の近くには、大通りを一つ挟んで、書籍の専門店ビルがあります。今頃そちらに行っているのでしょうか。業界は狭く、そこの幹部も同系列から分かれた旧知の方ばかりです。カスハラをすると、内容をよく知った社員が対応することでしょう。
※本稿は、『カスハラの正体-完全版 となりのクレーマー』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
関連記事(外部サイト)
- <彼とだめになったら、どうしてくれる>自宅に販売員を呼び出しクレーム2時間半。婚約指輪を求めた女性客が怒った驚きの理由は?
- 管理職に就いた途端、遅刻や欠勤が目立つように…環境の変化で発達障害の症状が現れる「グレーゾーン」の特徴とは
- 中野信子が警鐘「イケニエへの攻撃がやめられないのは脳の仕組みに由来。あなたも制裁の快楽をむさぼる<コンプライアンス中毒>に陥っていませんか?」
- 叱責されれば「パワハラ」と騒ぎ立てて難を逃れようとする20代男性社員E。「仕事量が契約社員より少ない」との不満の声に彼がとった驚きの行動とは
- 中野信子×デーブ・スペクター 日本のサラリーマンは今後どうなる?将来訪れる「断絶の時代」を受け入れられるかが勝負になる