ウイスキーのトリビア 第6回 『メーカーズマーク』の知られざる5つのトリビア! 赤い封蝋の向こう側へ
2025年4月30日(水)11時0分 マイナビニュース
バーの棚で、あるいは酒屋の店頭で、ボトルの首から肩にかけて垂れる、鮮やかな赤い蝋(ろう)に見覚えはありますか? まるで高級な手紙を封印するかのようなそのボトルは、一度見たら忘れられないインパクトがあります。このウイスキーは、プレミアムバーボン『メーカーズマーク』です。
アイコニックな赤い封蝋の裏側には、意外なほどドラマチックで、時にユーモラスな物語がたくさん隠されています。今回は、知ればメーカーズマークがもっと好きになる、そしてお酒の席で披露すれば感嘆の声が上がること間違いなしのトリビアを5個、厳選してお届けします。
■170年間の歴史(秘伝のレシピ)を燃やしてから伝説が始まった
1790年、スコットランド系移民の一族であるロバート・サミュエルズがアメリカのケンタッキーに移住し、農業をしながら自家用のウイスキーを作り始めました。約60年後、孫にあたる3代目のテーラー・ウィリアム・サミュエルズが本格的にウイスキー事業を手がけるようになったのですが、アメリカの禁酒法時代には操業停止を余儀なくされました。
時を経て1953年、6代目の蒸留家だったビル・サミュエルズ・シニアは、家業に伝わるバーボンのレシピに満足していませんでした。そして、一家に170年間伝わった秘伝のバーボンレシピの紙を、なんと火のついたバケツの中に投げ入れたのです!
これは単なる衝動的な行動ではなく、当時のバーボン業界の常識を覆し、「耳が吹っ飛ぶような」強烈な味わいではない、まったく新しい、柔らかな口当たりのバーボンを造るという固い決意の表れでした。
そして、ケンタッキー州ロレットにあった「バークス蒸留所」を3万5,000ドルで購入し、メーカーズマークを作り始めたのです。
レシピを一から開発するにあたり、ビル・シニアは革新的な方法を思いつきます。新しい穀物の配合(マッシュビル)を試すには、通常なら蒸留して樽で熟成させる必要がありますが、それでは何年もかかってしまいます。
そこで彼は、様々な穀物の組み合わせでパンを焼き、その味を比較するという斬新なアプローチを取ったのです。このパン焼きテストの結果、従来のバーボンでよく使われていたライ麦ではなく、「ソフトレッドウィンターウィート(柔らかい赤冬小麦)」を使用するという、独自のレシピが誕生しました。
この小麦を活用したレシピこそが、メーカーズマークの特徴である滑らかでまろやかな味わいの源となっています。一枚の紙を燃やすという大胆な行動から、バーボン界に革命をもたらす新たな一歩が踏み出されたのです。
■いたるところに伝統が息づく『メーカーズマーク』のトリビア5選!
【トリビア1】名前も封蝋もビル・シニアの妻が考えた
メーカーズマークが他のバーボンと一線を画す独自のブランドイメージを確立できたのは、ビル・シニアの妻、マージョリー・サミュエルズ(通称:マージー)の存在なくしては語れません。ルイビル大学で化学を専攻した彼女は、1950年代という男性中心のバーボン業界において、革新的なアイデアの数々を実現させました。
『メーカーズマーク』という名前自体も彼女のアイデアでした。この名称は高級イギリス製ピューター(すず製品)に施される職人の刻印「メーカーズマーク(製作者の印)」に着想を得たもので、自分たちの製品が職人の技と誇りを体現していることを示す思いが込められています。
何より象徴的な赤い封蝋は、彼女が自宅のキッチンで開発したものです。マージーは自身の化学の知識を活かし、自宅の天ぷら鍋(フライヤー)で溶かしたワックスにボトルを1本ずつ手作業で浸して、独特の垂れ方を持つあの封蝋を完成させました。彼女はまた、コニャックボトルにヒントを得た独特な角ばったボトル形状や、手でちぎったような風合いのラベルなど、メーカーズマークの視覚的アイデンティティのほぼすべてをデザインしたのです。
マージーのこだわりは蒸留所の美観にも影響を与えています。メーカーズマーク蒸留所(旧バークス蒸留所)は、その歴史的・文化的価値が高く評価され、1978年にアメリカで稼働中の蒸留所として初めて国定歴史建造物に指定されました。
【トリビア2】匠の技と伝統 - メーカーズマークを支える職人技
メーカーズマークは「ハンドメイド」をうたうだけあって、製造プロセスの各段階に驚くべき職人技と伝統が息づいています。
発酵工程では、メーカーズマークが生まれるはるか前、家業の創業以来150年以上も受け継がれてきた貴重な酵母株を使用。この酵母は門外不出のもので、メーカーズマークの風味の核を成す重要な要素となっています。
筆者は実際に見学したことがあるのですが、メーカーズマーク蒸留所はほとんどが手作業なので、現代の蒸留所としては働いている人数がとても多かったのが印象的です。
興味深いのは、発酵には100年以上前から使われているサイプレス(イトスギ)製の木製発酵槽が今も現役で稼働していることです。バークス蒸留所から引き継いだもので、実はメーカーズマークの歴史よりも古いのです。現代では多くの蒸留所がステンレス製の発酵槽に移行していますが、メーカーズマークは伝統にこだわっているのです。
熟成工程においても品質を重視し、他の多くの蒸留所が効率化のために廃止した「樽のローテーション」という手法を続けています。巨大な樽をなんと人力によって、熟成庫内の異なる階層間を定期的に移動。温度差による熟成のムラを防いでいるのです。
そして最も有名な手作りの証しが、赤い封蝋です。今でも1本1本、職人の手によって封蝋が施されています。機械化すれば1時間に数百本は処理できるところを、あえて手作業にこだわることで、同じ形のボトルは2つとない個性を生み出しているのです。
【トリビア3】「SIV」の謎 - ラベルに秘められた歴史
メーカーズマークのボトルに描かれたロゴマークにも深い意味が込められています。星印は蒸留所がある土地「スターヒルファーム」を、「S」はサミュエルズ家の頭文字を表しています。そしてローマ数字の「IV」は、ビル・シニアのことと家系を表しています。
実は6代目だが4代目と勘違いしていたとか、蒸留酒の製造者としては4代目であたるなど、諸説あります。サントリーのWebサイトによると、本格的にウイスキーを作り始めた3代目から数えて4代目、という意味とのことです。
また、メーカーズマークのラベルにはもうひとつ秘密があります。アメリカ産のウイスキーは通常「Whiskey」と「e」を入れてつづりますが、メーカーズマークは「Bourbon Whisky」と表記しているのです。サミュエルズ家がスコットランド系アイリッシュの血を引いていることに敬意を表し、メーカーズマークはあえてスコットランド式の「e」なしのつづりを採用しています。
【トリビア4】「スラムダンク」ボトル - 失敗から生まれたプレミアム
手作業で行われる封蝋工程では、時にワックスがボトルのラベル近くまで大きく垂れた「スラムダンク」または「ウープス(失敗)」と呼ばれるボトルが生まれることがあります(両者はニュアンスが異なりますが、通常ボトルの封蝋とは違う点は同じです)。一般的な工場生産なら不良品として扱われるところですが、メーカーズマークではこの個性的なボトルが逆にコレクターの間で人気を博し、通常の2倍近い値段で取り引きされることもあるのです。
とはいえ、実際に封蝋をしている人に話を聞いたら、時々たくさん浸したり、ほとんど浸さなかったりと、意図的に作ることもあるとのこと。熟練の彼女たちは、やろうとすれば完ぺきに蝋の量を調整し、垂れてくる蝋の本数までコントロールできるのです。
【トリビア5】50年間変わらぬ一筋の道 - 初の新製品「46」の誕生
創業以来、メーカーズマークは約50年もの間、唯一の定番製品だけを造り続けるという、驚くべき集中戦略を貫いてきました。多くのブランドが次々と新製品を発売する中、創業者の息子であるビル・サミュエルズ・ジュニアは、父から「ウイスキーを台無しにするな」との教えを守り抜いてきたのです。
そして2010年、ようやく満を持して送り出された最初の新製品が『メーカーズマーク46』でした。この名前の由来は、熟成の最終段階で樽に挿入する特殊加工されたフレンチオーク材の仕様番号「46」から取られています。このトーストしたインナースティーブは10枚あり、よりリッチな風味が得られます。
メーカーズマークの哲学を表すエピソードがもうひとつあります。2013年、需要の急増に対応するため、メーカーズマークは長年守ってきたアルコール度数90プルーフ(45%)を84プルーフ(42%)に引き下げると発表しました。
社内のテイスティングでほとんど味は変わらないと判断したためですが、このニュースに対して世界中の熱狂的なファンから猛反発が。SNSでは批判の嵐が巻き起こりました。この反応を受けて、メーカーズマーク側は発表からわずか一週間足らずで度数の据え置きを宣言。この一件は、ブランドに対するファンの強い愛着と影響力を示す出来事として、マーケティング史に残るエピソードとなりました。
■メーカーズマークを味わう! おすすめはミントジュレップ
メーカーズマークはその滑らかでフルーティーな甘さ、口当たりの柔らかさ、そして喉越しの心地よい余韻は、バーボンの可能性を広げた革新的な存在として多くのウイスキー愛好家を魅了し続けています。公式テイスティングコメントは以下の通り。
色合い:蜂蜜のような琥珀色
香り:オレンジ・ハチミツ・バニラ
味わい:なめらかでバニラを中心に複雑で繊細・ふっくらした小麦由来の甘み
余韻:柔らかく、しなやかな印象がつづく
楽しみ方も自由です。まずはストレートで本来の複雑な風味を堪能してみましょう。次にウイスキーと同量の水を加えるトワイスアップにすると、香りがより一層開き、新たな味わいの発見があります。氷を入れたロックではゆっくりと変化する味わいを楽しめますし、ハイボールにすれば爽快な飲み口と共に、食事との相性も抜群です。
個人的なおすすめは、ミントジュレップです。作り方は簡単。グラスにガムシロップとフレッシュミントを入れ、バースプーンの先で軽く叩き、メーカーズマークを注ぎます。ステアしながらクラッシュドアイスを山もり入れて、最後にミントを飾れば完成です。
クラシック ミントジュレップのレシピ
メーカーズマーク:45ml
ソーダ(水):20ml
ガムシロップ:15ml
フレッシュミント:2g
そしてもちろん、この記事で紹介したトリビアを披露しながら飲めば、単なる一杯のバーボンが、友人との間で語り合う特別な体験へと変わるでしょう。次にメーカーズマークを手に取る機会があれば、赤い封蝋の向こう側にある、これらの知られざる物語に思いを馳せてみてください。
柳谷智宣 やなぎや とものり 1972年12月生まれ。1998年からITライターとして活動しており、ガジェットからエンタープライズ向けのプロダクトまで幅広い領域で執筆する。近年は、メタバース、AI領域を追いかけていたが、2022年末からは生成AIに夢中になっている。 他に、2018年からNPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立し、ネット詐欺の被害をなくすために活動中。また、お酒が趣味で2012年に原価BARを共同創業。 この著者の記事一覧はこちら