《第一容疑者は児童への性的虐待で逮捕》DNA解析技術で明らかになりつつある全米最大のミステリー“連続殺人犯・ゾディアックの正体”

2025年5月11日(日)7時0分 文春オンライン

〈 「人を殺すのが好きなんだ」「去年も子供たちを殺したよ」30人以上の被害者を生んだ全米最大の未解決事件“ゾディアック”犯行の瞬間 〉から続く


 1960年代後半〜1970年にかけて、37人を殺害したと主張し、「私を捕まえてみろ」と言わんばかりに犯行声明文や解読困難な暗号文を含む15通の手紙を警察や新聞社に送りつけて挑発した連続殺人犯ゾディアック。いくつかの暗号文は解読されたものの、事件から57年経った今も、警察は、犯人に繋がる手がかりを掴むことができていない。


 それでも、捜査の過程で被疑者となった人物は何十人もいる。陰謀論者の中には、米国各地の大学に爆弾を送りつけ、3人が死亡、23人が負傷する事件を起こし「ユナボマー」と呼ばれた元大学助教授セオドア・カジンスキーや白人富裕層の居住区で無差別殺人を行い、7人を殺害、169人を負傷させたカルト集団のリーダー、チャールズ・マンソンといった米国を震撼させた凶悪犯がゾディアックだと主張する者がいたり、自分の父親がゾディアックだと訴える者が現れたり、最初に確認された殺人事件の2年後に生まれたテキサス州のテッド・クルーズ上院議員がゾディアックだというありえない主張をしたりする者もいる。それだけ、「ゾディアック事件」は今も米国の人々が目を離せない一大ミステリーなのだ。



写真はイメージ ©︎Paylessimages/イメージマート


 ゾディアックが最後に送った手紙は1974年1月29日消印のサンフランシスコ・クロニクル紙に宛てた手紙で、映画『エクソシスト』を最高の風刺コメディーと評価し、『ミカド』(ギルバード&サリバンが製作したコミック・オペラ)の歌詞が引用されていた。謎の図形とともに、37人を殺害したものの、サンフランシスコ警察が捕まえた犯人は0と示唆する“Me = 37, SFPD = 0”と言う文字も描かれていた。そして、この手紙を最後に、ゾディアックは人々の前から消え去ってしまった。それこそ、泡のように、きれいさっぱりと。


 ゾディアックはいったい誰だったのか?(全2回の2回目/ 最初から読む )


◆◆◆


小学校の教師職を解雇された第一容疑者のアレン


 多数浮上した被疑者の中でも特に強く疑われた人物たちに焦点を当ててみたい。


 警察が第一容疑者として注目したのは、海軍の退役軍人で、性的不品行の疑いで小学校の教師職を解雇されたアーサー・リー・アレンだった。アレンは唯一人、警察から尋問を受けた被疑者で、2007年の映画『ゾディアック』でも犯人の可能性が高いという視点で描かれている。


 疑われた理由として、アレンが小学校教師を務めていた頃、小学生に暗号解読法を教えたり、ゾディアックが手紙の中で言及している『ミカド』の音楽を聴かせたりすることがあったこと、アレンの友人が「アレンは、カップルを無差別に殺したい、夜撃つために銃に懐中電灯を取り付けると話していた」と証言したこと、アレンがゾディアックのシンボル(十字と円を組み合わせたもの)が入った腕時計を身につけ、ゾディアック事件で使用されたのと同じ口径の銃を所有し、車内からは血まみれのナイフも見つかったこと(アレン自身は、ナイフはディナー用の鶏を殺すために使ったと警察には説明している)などがあげられる。「アレンがタクシー運転手を殺害しにサンフランシスコに行くと話していた」との証言に基づき、1991年、警察はアレンを再捜査もしている。また、2番目の殺人事件で生き延びたマイケルはアレンの写真を見て彼が犯人だと主張した。


 しかし、アレンの指紋は、被害者ポール・スタインのタクシーで発見された、ゾディアックのものと考えられる指紋やゾディアックの手紙から見つかった指紋と一致しなかった。また、彼のDNAはゾディアックのものとされる封筒に付着していた唾液から作成されたDNAプロファイルとも一致しなかった。そのため、アレンは被疑者リストから除外された。


次々に候補から外されるゾディアック事件の容疑者たち


 サンフランシスコでカウンターカルチャーの新聞を編集していたリチャード・ガイコウスキーも疑いをかけられた。元同僚が彼がゾディアックだと告発し、一緒に暴力行為をしようと彼に誘われたと訴えたからだ。また、自身を「ゴールドキャッチャー」と名乗るある告発者が、ガイコウスキーの音声録音をテレビ番組「ヒストリーチャンネル」に提供したが、ゾディアックからの電話を受けたという警察の電話通信員が音声録音はゾディアックの声と同じだと思うと指摘したこともガイコウスキー犯人説に信憑性を与えた。


 しかし、「ゴールドキャッチャー」は陰謀論者と見られており、レイク・ハーマン・ロードで殺人事件が起きた時、ガイコウスキーは国外にいたと主張している。また、警察もガイコウスキーのDNAサンプルをゾディアックのDNAサンプルと比較しようとはしなかった。


 自分の父親がゾディアックだと訴える者も現れた。ゲイリー・スチュワートは、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーになった2014年の著書『最も危険な動物』の中で、実父のアール・ヴァン・ベスト・ジュニアがゾディアックだと主張した。スチュワートによると、実父は目撃証言を元に描かれたゾディアックの似顔絵に似ており、殺人当時はカリフォルニア州に住んでいて、暗号に興味があったからだという。また、スチュワートはゾディアックの暗号文の中に実父のイニシャルを見つけたことや、筆跡鑑定士がベストが結婚証明書に書いた筆跡がゾディアックの筆跡と一致したと判断したことも根拠として主張している。


 しかし、専門家がスチュワートが用いた暗号解読法を疑問視したこと、筆跡もマッチしているとは言えなかったこと、角縁メガネをかけた“クルーカット”と言うヘアスタイルは、1960年代には珍しいルックスではなかったことなどから、ベスト・ジュニアはゾディアックではないと見なされた。


 デニス・カウフマンは、亡き義父ジャック・タランスがゾディアックであると主張した。その理由として、義父がゾディアックの似顔絵にそっくりなこと、ベリエッサ湖で起きた事件で犯人が身につけていたという奇妙なフード付きの衣装を義父も持っていること、筆跡鑑定士が義父とゾディアックの筆跡が一致していると述べたことなどをあげている。


 しかし、警察側は、フード付きの衣装は目撃証言と比べて粗雑であったことや筆跡鑑定士の信憑性を疑問視し、カウフマンの証言を却下した。


「ベイツ殺害犯はゾディアックではない」


 ベイツ殺害事件が起きたリバーサイドにある大学で図書館職員を務めていたロス・サリバンも、この事件の数日後、姿を消したことから疑いをかけられた。サリバンはゾディアックの似顔絵に似ており、1967年には、最初の事件が起きたベイエリアに引っ越していた。双極性障害と統合失調症という精神的問題も抱え、数回入院もしていた。べリエッサ湖で起きた殺傷事件では、ゾディアックはアーミー・ジャケットと軍用ブーツを身につけていたという証言があったが、サリバンも同様のものを所持していた。


 同じく、ベイツ殺人事件が起きた時、リバーサイドに住んでおり、スタイン殺害事件が起きた時には犯行が起きたサンフランシスコの現場近くに住んでいたアマチュア無線技師で映写技師のリチャード・マーシャルも被疑者扱いされた。マーシャルの場合、特にゾディアックと多くの類似点があることが注目された。マーシャルは『レッド・ファントム』という古い映画を好んでいたが、この映画についてはゾディアックも手紙の中で触れていた。また、彼はアパートの地下に住んでいたが、ゾディアックもそのことに言及していた。さらに、ゾディアックの手紙に使われたのと同じタイプライターも持っていた。マーシャル自身もゾディアックと多くの類似点があるとは認めたものの、自身がゾディアックであることは否定している。また、事件を長年捜査してきたリバーサイド警察も、ベイツ殺害犯はゾディアックではないと発表している。


海軍予備役で暗号を学んだ男


 ゾディアックの関与が疑われている事件の一つに、1970年にレイク・タホという北カリフォルニアの湖畔にあるカジノホテルで看護師として働いていたドナ・ラスという女性の失踪事件がある。2023年、ドナの頭蓋骨がホテルから約110キロ離れた場所で発見された。ドナと同じホテルで働いていたのがローレンス・ケインだ。海軍予備役だったケインは、海軍で暗号を学んだ可能性があった。また、自動車事故で脳が損傷を受けたため、衝動を抑えることができなくなっていたのか、のぞき見や徘徊で逮捕されたこともあった。捜査した刑事はゾディアックの暗号文にケインの名前が埋め込まれていると主張。スタイン殺害直後にゾディアックを目撃したという警官やゾディアックに誘拐された可能性があるキャスリーンも、ケインはゾディアックに似ていると証言している。


 近年、ゾディアックではないかと目されたのがゲイリー・フランシス・ポステという空軍の退役軍人だ。2021年10月、未解決事件を捜査しているボランティア・チーム「ケース・ブレーカーズ」がポステがゾディアックの可能性があると発表し、米メディアに注目された。


 また、2023年に、同チームは、ポステが、殺人事件のデータベースでゾディアックの容疑者として秘密裏に登録されており、ポステの「部分的な」DNAサンプルを連邦捜査局が所持しているという話をFBI捜査官から聞いたと言う内部通報を得たという。チームは、法執行機関が発見したポステのDNAと、犯罪現場のDNAを照合してほしいと訴えている。


殺害に同行させられた子供たち


 もっとも、メディアは、事件当時、第一容疑者と目されていたものの証拠不十分から逮捕には至らなかったアーサー・リー・アレンに今も注目している。昨年10月には、ネットフリックスがドキュメンタリー番組「This is The Zodiac Speaking」の中で、子供の頃からアレンのことを知っているというシーウォーター家のコニー、デイビッド、ドンの3人が登場し、驚くべき発言をして注目された。彼らは、子供の頃、アレンが犯す殺人に同行させられた可能性があるというのだ。


 1963年末、彼らはアレンに連れられてタヒグアス・ビーチに行くが、アレンは彼らを車の中に置き去りにして姿を消したという。アレンは1時間ほどして息を切らしながら戻ってきたが、その手は真っ赤に染まっていたという。その翌日、そのビーチでは、銃殺された10代の男女の遺体が見つかった。犯人はまだ捕まっていない。


 前述したベイツ殺害事件が起きたリバーサイドにも、事件が起きる直前の1966年10月28日、アレンはコニーとデイビッドをカーレースに連れて行っていた。10月30日の夜、彼らは何も思い出せないほどの深い眠りについたが(後にアレンは彼らに薬を飲ませたと告白したという)、その10月30日にベイツの遺体が見つかっている。そのため、彼らはこの2つの事件の背後にはアレンがいる可能性があると考えている。


 また、デイビッドは、アレンに「あなたはゾディアックなのか?」ときくとアレンは泣きながら“YES”と告白したと話している。デイビッドは警察にそのことを伝えたが、対応してくれなかったという。そのアレンは、1992年、心臓発作により58歳で亡くなった。


 また、アレンが児童に対する性虐待の罪で服役していた期間、ゾディアックによる殺人が起きておらず、警察や新聞社にゾディアックからの手紙が来なかったことも、アレンがゾディアックであることを示唆しているとする声もある。


 アレンがゾディアックだったのか?


 そうだとしたら、なぜ、アレンは凶悪な連続殺人犯となったのか?


 ゾディアックについての著書『ZODIAC』を書いたロバート・グレイスミス氏は、アレンがシーウォーター家の子供たちやその家族に惹かれたのは、彼がパートナーや家族を熱望していたからではないかとの見方を示している。一方、アレンは、地下室で母親と淋しく暮らしていた。


 ゾディアックが犯したことが確認されている4件の殺人事件のうち3件の死傷者は幸せそうなカップルだった。幸せではなかったアレンの羨望が、銃やナイフを彼の手に取らせたのかもしれない。


DNA解析で犯人を割り出す技術に期待


 結局のところ、ゾディアックの正体は闇に包まれたままだが、なぜ、捜査当局はゾディアックを捕まえられなかったのか? 考えられる理由は様々ある。主に指摘されているのは、当時は、洗練された法医学やDNA解析技術がなかったこと、描かれたゾディアックの似顔絵がクールカットのヘアスタイルに眼鏡というありふれたルックスだったこと、ゾディアックの顔をはっきりと見ることができた生存者や目撃者がいなかったこと、ゾディアックが残した暗号文が捜査の手がかりにならなかったことなどだ。


 しかし、事件から57年が経過し、今では、先進的なDNA解析技術がある。


 米国では、家系図を遡って、DNAが一致する人物を見つけることで犯人を割り出す調査方法が注目されており、この方法で、2020年には、1976〜1986年にかけて13人の女性を殺害し、“ゴールデン・ステイト・キラー”と呼ばれた連続殺人犯の正体が明らかになった。同じ方法で、ゾディアックの正体が判明する日もそう遠くはないかもしれない。その日まで、ゾディアックは米国の人々をミステリーの渦へと巻き込み続けることだろう。


(飯塚 真紀子)

文春オンライン

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