11歳で入隊「第二次世界大戦の英雄」になった少年 2つの勲章を授与も母親にバレて…

2022年10月5日(水)20時0分 tocana

 1941年、日本軍が真珠湾を爆撃した直後、米戦艦USSサウスダコタは、新しく採用した「グリーンボーイ」の乗組員とともに太平洋へ出航した。アメリカが正式に第二次世界大戦に参戦した時、多くの少年たちが国のために尽くしたいという熱い思いから、年齢を隠して兵役に就いた。実際、「Veterans of Underage Military Service(未成年兵役の退役軍人)」のメンバー29人は13歳で入隊している。


 1942年の夏、フィラデルフィア海軍基地から戦艦X(後に日本軍が命名)に乗って出撃した11歳のテキサス人の少年がいた。カルビン・グラハムは、アメリカ海軍の最年少乗組員であった。


 カルビンは7人兄弟で、継父に虐待されながら育った。新聞配達をしていた彼は、第二次世界大戦の進行状況など、常に最新の情報を入手することができた。従兄弟が米軍に入隊して亡くなったことをきっかけに、自分も入隊することを決意したという。


 当時、親の同意があれば16歳で入隊できたが、カルビンは17歳と年齢を偽ったと後に語っている。11歳の小学6年生の時、彼は髭を剃り、兄の服を着て、より説得力のある大人に見えるように深い声を試してみたという。


 母親のサインは何とか偽造できたが、歯で実年齢がわかる歯医者がネックになった。歯医者に年齢詐称を見抜かれたカルビンだったが、持ち前の機転を生かしてその場を切り抜けた。目の前に並んだ少年たちも17歳以下であることを彼は知っていたのだ。そのことを歯医者に告げると、歯医者は「お前と言い争ってる暇はない」と捨て台詞を吐いて、カルビンを通過させた。


 「Veterans of Underage Military Service(未成年兵役の退役軍人)」の創設者であるレイ・ジャクソンさんによると、当時兵役に志願することは「大きな家庭問題や複雑な家庭問題を抱える子供たちの逃げ道だった」という。


 入隊後、カルビンは太平洋戦争で執拗に攻撃された戦艦USSサウスダコタに搭乗。同艦は日本軍の駆逐艦から猛攻撃を受け、42発に被弾。カルビン自身も榴散弾で顎がちぎれ、3階から下に叩き落されるという大けがを負った。しかし、彼は夜通し仲間の兵士を救い続けたという。


 その後、ブルックリン海軍工廠に戻ったカルビンは、ガダルカナル沖での英雄的行為に対して青銅星章を授与され、また名誉負傷者としてパープルハート賞も授与された。


 英雄として2つの勲章を与えられたカルビンだったが、その喜びは長くは続かなかった。カルビンの母親が、ニュースの映像から彼に気づき、海軍に実年齢を報告したのだ。カルビンはすぐに勲章を剥奪され、コーパスクリスティの刑務所に収監されることに。3カ月後、マスコミが彼を「赤ん坊の退役軍人」と報じると、彼はついに名誉除隊することなく釈放された。


 だが、1976年にジミー・カーターが大統領に就任すると、ついにカルビンの戦争の英雄としての功績が公式に認められることになった。カルビンは、名誉除隊を認められ、はく奪された勲章を再び手にした。


参考:「BIGTIME FYI」、ほか

tocana

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