二重まぶたでも、まつ毛クルンでもない…「カワイイ」と本能的に思われ愛されるヒトの「目」の重要な条件
2025年3月27日(木)10時15分 プレジデント社
※本稿は、小林朋道『ウソみたいな動物の話を大学の先生に解説してもらいました。』(協力・ナゾロジー、秀和システム)の一部を再編集したものです。
■イヌの目がオオカミより黒っぽいワケ
ここではイヌやネコなど、ペットとして飼われているような身近な動物の研究についてお話しします。
最初に紹介する研究は「イヌの瞳は、なぜオオカミの瞳より黒っぽいのか」というものです。一言でオオカミと言っても、30種以上の亜種が存在します。亜種というのは、たとえば、一つの種の中で地域が異なったりすると形態や習性が多少異なる場合があるため、同種だけれど「亜種」という分類群で区別しているのです。
オオカミの亜種としては、シベリアオオカミ、ヨーロッパオオカミ、シンリンオオカミ、メキシコオオカミ、インドオオカミ……などがあげられます。
いっぽうで、イヌの祖先が、どの亜種から分岐したのかについてはこれまでさまざまな説が提唱されてきましたが、ミトコンドリアDNAやオスのみがもつY染色体の分析も踏まえた最新の研究は、イヌはアジアのオオカミを祖先にもつことを示しています。そして、その分岐は約1万年前に起こったと考えられています。
出所=『ウソみたいな動物の話を大学の先生に解説してもらいました。』
■瞳孔の円の大きさは大きくなったり小さくなったりする
さて、本題に入る前に、ヒトの瞳について一言。「瞳」は生物学的に言うと、眼球の真ん中にある瞳孔と呼ばれる円形の部分です。瞳孔は光が、目の内部の網膜に入る入り口です。瞳孔の大きさは、瞳孔を取り囲む虹彩の面積が大きくなったり小さくなったりすることによって、大きな円になったり(つまり光の取り入れ口が広がる)、小さな円になったり(取り入れ口が狭くなる)します。
ちなみに、ヤギの目の場合、瞳孔は、面積が小さくなったときは、「小さな円」になるのではなく、上下の幅が狭くなり、横一文字の形になります。面積が大きくなったときは上下の幅が広がり、「大きな円」になります。つまり、瞳孔は、日中は光が強いので横一文字形に、暗くなるにつれて横の幅はそのままで、縦の幅が広くなり、円形になります。
瞳=瞳孔とはこういったものなのですが、ただし、一般的な会話の中でもそうですが、「瞳」は、虹彩も含めた部分のことを指して言っている場合がほとんどです。「青い瞳」というのは、虹彩の色が青だからそう呼ぶのであって、学術界での「瞳」はほとんどの場合、青ではありません。ただし便宜上、以後の話の中では、瞳を虹彩も含めた領域全体を指して呼ぶことにします。
■黒い瞳は「可愛い」「保護してあげたい」という感情が湧き上がる
さて、もう一つヒトの瞳について知っておいていただきたいのは、ヒトの虹彩では、両側が白色になっているということです。これは他の、少なくとも哺乳類では見られない構造です。瞳の色は日本人はほとんどが黒、欧米のヒトは茶色などの場合が多いのですが、白色と有色の部分の境目は連続しており、単に白色の部分には色素が沈着していないだけなのです。
なぜヒトの虹彩だけがこのような形態になったのか、現在最も有力視されているのは、「白い部分があると、その個体がどちらを見ているのかが明白にわかり、目の動きによって個体間でのコミュニケーション、たとえば、『お前は先回りをして獲物の前方で待ち伏せしろ』とか『よし、行くぞ!』といった内容の伝達が格段にレベルアップされる」という説です。情報伝達を盛んに行い、集団で目的達成にあたるという方向に進化したヒトという動物では、「白い部分」は重要な形質だったのでしょう。
最後に、ヒトでは、幼児の黒い瞳は成人の場合と比べ、顔の中でよく目立つ、大きな比率を占めます。このような、ヒトに共通して見られる特性は、「口元の割合の小ささ」などとも併せてキンダーシェマ(幼児構図)と呼ばれ、そのキンダーシェマを目にすると、「可愛い」、「保護してあげたい」という感情が湧き上がる生得的(本能的)脳内特性を有していることもヒトを対象にした研究で知られています。
写真=iStock.com/IPGGutenbergUKLtd
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/IPGGutenbergUKLtd
■イヌの瞳がオオカミより黒い理由とは
さて、イヌの瞳がオオカミより黒い理由です。東アジアのオオカミが、遺伝子の小さい変異を伴いながらイヌになっていく過程で起こったこと。その具体的な出来事の内容については諸説ありますが、以下のような状況があっただろうという点については大方、一致しています。
1万年以上前、ヒトは狩猟採集生活をしていたわけですが、「イヌ祖先」オオカミは狩猟するヒトたちについていき、対象となる動物を見つけると、吠えて、狩猟の成功に結果的に役立つこともあったのではないでしょうか。
夜、ヒトがベースキャンプで寝ているとき、危険な猛獣が近づいたとき、「イヌ祖先」オオカミが吠え、ヒトが目を覚まして危機を免れた、といった場面も想像できます。
そんなことが最初は偶然に起き、ヒトは、「イヌ祖先」オオカミが自分たちの近くにいることが有利であると考え、餌を与えたり、親和的な姿勢で接したりして、自分たちの近くにとどまるように振る舞ったのではないでしょうか。
いっぽう、「イヌ祖先」オオカミの中にも、遺伝的にさまざまな特性の個体がおり、餌をもらうことを速やかに学習し、ヒトの近くにとどまることが多かった個体もいたでしょう。
そういった個体は、ヒトと利益を分かち合うことによって、「イヌ」という、いわば新しい亜種になっていったと考えられるのです。その後、イヌという亜種は、品種改良によって、チワワからセントバーナードまで、実にさまざまな外見に分かれていったのですが……。
■イヌはヒトに強い親和的感情を湧き立たせ、手厚い保護を引き出す
ついでなので、ヒトから利益をより多く得るために遺伝的に変化していったイヌの特性を一つお話ししておきましょう。その特性とは「ヒトの喜怒哀楽の状態を読み解く」というものです。
飼い主の表情から落ち込んでいるとか、元気で明るいとかいった内面を推察ができることが、学術的な研究から示されています。そして、ヒトの状態に合わせて、それに応じた行動を示すのです。たとえば、そのヒトが落ち込んでいる場合には、ゆっくりと体を低くして近寄り顔をなめたりするのです。
これはオオカミには備わっていない特性でもあります。オオカミがヒトの表情を読み取るような特性を持っていても、そんな特性はオオカミが得をすることはありません。しかし、イヌではそういった特性で、ヒトにより強い親和的感情を湧き立たせ、手厚い保護を引き出す可能性が高いのです。
アメリカ・プリンストン大学の進化生物学者フォン・ホルト氏は、イヌは、ヒトに好まれるように、遺伝的にオオカミより友好的、社交的になっていると主張し、その変化を生み出した遺伝子も特定しています。「GTF2I」と「GTF2IRD1」という遺伝子です。
ここまで述べてきたことをまとめると、オオカミの一亜種とも言えるイヌの祖先は、ヒトに対して友好的にふるまい、ヒトの表情や動作からそのヒトの状態を読み、それに応じた行動をとり、遺伝子の変化によって、ヒトの側からすると愛らしい特性をもつようになり、現在のイヌに至っていると言えます。
■アニメの可愛い女の子は目が大きく、口元が小さく描かれる理由
以上の仮説は「イヌの瞳は、なぜオオカミの瞳より黒っぽいのか」に対する動物行動学的返答にそのままつながっていきます。
冒頭で書いたように、ヒトの幼児の目(瞳)は大人の目(瞳)より、顔の中の割合として大きく、黒目の部分が広くよく目立ちます。それが、大人が幼児を可愛いと感じる理由でもあり、ヒトの脳内には大きくて黒っぽい色の目の顔に反応して「可愛い、世話をしてあげたい」という感情を生起させる回路が存在すると考えられているのです。
パンダやニホンモモンガの顔を可愛いと感じるのも、その回路が反応するからだと考えられます。あるいはアニメに出てくる可愛い女の子は目が大きく、口元が小さく描かれていることからも理解できるでしょう。
小林朋道『ウソみたいな動物の話を大学の先生に解説してもらいました。』(協力・ナゾロジー、秀和システム)
イヌの顔についても、遺伝子の変化、すなわち虹彩部のメラニンの生成増加を促す遺伝子の変化で、瞳が黒っぽくなったイヌのほうがヒトに親和的な印象を感じさせやすく、より多くの利益をヒトから得て生存・繁殖に有利だったというのは十分考えられることなのです。
さて、「イヌの瞳は、なぜオオカミの瞳より黒っぽいのか」に対して以上のような説を、実験も交えて論文①で発表したのは、帝京科学大学アニマルサイエンス学科の今野晃嗣氏たちの研究グループです。
同グループは、同じイヌの顔の写真を加工して、一方は目が黒っぽく、他方は目が黄土色(中心の瞳孔の部分だけが黒)のペアの写真を、いくつかの犬種について用意しました。これを被験者に見せ、「どちらのほうに触れたいか」とか「飼育したいか」、「どんな性格のイヌに見えるか」を答えてもらいました。
出所=『ウソみたいな動物の話を大学の先生に解説してもらいました。』
その結果、すべての写真のペアについて、被験者のほぼ全員が目が黒っぽいイヌのほうが親しみやすく、可愛らしく、友好的に見えると答えたのです。この結果は、イヌの目が黒っぽいのは、「『イヌ祖先』オオカミが、イヌになっていく過程で、ヒトが友好的、愛らしさを感じる個体とのつながりを強めていったことが主要な要因の一つである」ことを支持するものであると言えます。
ヒトは、ヒトを怖がらず友好的に近づく個体、ヒトの心理を読んでそれに対応するようになった個体、瞳が黒っぽい個体に、より優先的に餌などの利益を与える行動を示していったということです。
① Are dark-eyed dogs favoured by humans? Domestication as a potential driver of iris colour difference between dogs and wolves
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小林 朋道(こばやし・ともみち)
公立鳥取環境大学学長
1958(昭和33)年岡山県生まれ。公立鳥取環境大学学長。岡山大学卒、理学博士(京都大学)。ヒトを含むさまざまな動物について、動物行動学の視点で研究してきた。『ヒトの脳にはクセがある 動物行動学的人間論』(新潮社)など著書多数。
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(公立鳥取環境大学学長 小林 朋道)
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