クソオヤジどもから搾取されている…韓国の若者たちがK-POP企業の内紛で「NewJeansのママ」を支持する理由
2024年5月17日(金)18時15分 プレジデント社
■20代は62.3%が「ミン代表の主張に共感」
BTSが所属する韓国の大手芸能事務所「HYBE(ハイブ)」のお家騒動が、発生から1カ月たってもなかなか収束の兆しを見せない。
ことの発端は4月22日、HYBEからの「傘下レーベルADOR(アドア)のミン・ヒジン代表に背任容疑があり、監査権を発動した」という発表から始まった。ADORとは、今勢いに乗るK-POP第4世代の中でもNo.1ガールズグループといわれるNewJeans(ニュージーンズ)が所属するレーベルで、ミン・ヒジン代表は「NewJeansのママ」とも呼ばれる人物だ。
写真=YONHAP NEWS/アフロ
2024年4月25日、韓国・ソウルで行われたADORのポジション発表記者会見に臨むミン・ヒジンCEO - 写真=YONHAP NEWS/アフロ
そして同25日にはHYBEがミン代表を業務上背任などの疑いで告発。ミン代表はこれに真っ向から反論し、泥仕合が続いている。
この騒動に対し、韓国の世論は興味深い反応を見せている。世代によって意見が割れているのだ。
韓国のネット媒体「メディアトマト」が18歳以上の韓国人1030人を対象に行った世論調査によると、HYBEの主張に同調する世論は24.6%、ミン代表の主張に同調する世論は33.6%で、ミン代表に共感する世論がやや優位を示している。
年齢別に見ると、30代以上は「よく分からない」という意見が最も多く、双方の主張に対する共感度が拮抗しているが、K-POPの主な消費層である20代だけは、なんと62.3%がミン代表の主張に共感しているのだ。なぜこの差が生じているのだろうか。
■大手K-POP事務所のアートディレクターとして活躍していた
まずは今回のトラブルの概要を整理したい。ミン・ヒジン氏はもともと、K-POPというジャンルを開拓したとされるSMエンターテインメントで東方神起や少女時代などのアートディレクションで活躍していた。入社から15年目で取締役に昇進した立志伝的な人物のミン氏を、HYBEの創業者であるパン・シヒョク会長は「HYBE初のガールズグループを作ってくれ」と破格の条件でスカウトした。
2019年、ミン氏はSMを退社してHYBEにCBO(チーフブランドオフィサー)として入社。2021年にはHYBE傘下の独立レーベルであるADORのCEOに就任した。HYBEガールズグループのために設立されたADORの株は、HYBEが80%、ミン代表が20%の持分を分け合った。なお、その後、ほかのADOR経営陣と分け合ったことでミン代表の持分は18%に減少している。
■2時間の緊急記者会見で思いの丈をぶちまけた
HYBEの主張によれば、ミン氏はNewJeansの大成功後、HYBEからADORの経営権を簒奪するための謀議を始めた。その証拠として、ミン氏とADORの経営陣との間の会話内容が公開された。
そのシナリオでは、まずミン氏がプットオプション(保有持分を売る権利)を行使して18%の持ち株を高く売り払ってイグジットする。その後、HYBEが保有しているADORの株を売るように誘導し、投資家を集めてADORの持分を安く買い入れ、ミン氏が代表に復帰するというものだった。ADOR経営陣が提示したこのシナリオに、ミン代表が「すごい」と答えた記録も残っている。
ミン代表は4月22日の時点で「ADORの経営権を奪取しようとしたことはない」「内部の問題を指摘する自分を追い払うためにHYBEが仕組んだフレーム」と反論。続いて25日には、2時間にわたる緊急記者会見を開催する。この会見が、若年層からの支持を得る「神の一手」となった。
YouTubeを通じて世界中に生放送された記者会見で、ミン代表は疲れ切った表情を隠せない素顔にカジュアルな服装で登場し、歯切れのいい悪口、感情を節制できない姿をときおり見せながら2時間にわたって思いの丈をぶちまけた。この様子に既成世代(韓国で多用される、社会の中核を担う中高年を指す世代区分)は眉をひそめたが、若者たちは熱狂した。
■「私があんたたちのようにドライバー付きの車をもらったか?」
ミン代表は会見を通じて、自分が大企業に雇用された一介の労働者であることを徹底的にアピールした。記者会見という場にそぐわない服装で仕事に疲れた姿を演出し、暴露された会話内容に対しては「私は会社員です、月給をもらっている雇われ社長です。会社員が上司や職場が気に入らなかったら、愚痴を言ってもいいじゃないですか」と釈明した。
ほかにも、「あくまでも私を搾取しようとしたのであって、私に対する尊重があったわけではない」「内部告発した私のことが気に入らなくて、私のことがとても憎たらしくてハメようとしている」「この会社から抜け出すためにはどうすればいいですか?」等々、会社員としての鬱憤を吐き出した。
男性中心の企業文化に反感を持つ若い女性を代弁するような発言も続いた。
「クソオヤジども(ケジョシ)が私をつぶそうとあらゆる私的会話を卑劣に寄せ集めた」
「私があんたたちのようにドライバー付きの車でももらったか? お酒を飲むのか? ゴルフをするのか?」
「一生懸命仕事した罪しかない」
「女性が社会生活をするのがこんなに大変だなんて!」
「つぶしたいなら後ろから卑怯に小細工しないで真正面でかかってこいよ!」
数年前、韓国の若い女性の間では既成世代の男性たちを「ケジョシ」と呼ぶスラングが流行した。権威的で、自分の利益のためには他人に迷惑をかけることも厭わない、特に若い女性などの弱者層に無礼な40~50代の男性を卑下する言葉で、韓国社会の権力構図の最上層に位置する中年男性に対する若い女性たちの反感を象徴する。
ミン氏はすでに流行からずいぶんと遠くなっている「ケジョシ」という単語を使って、HYBEを「権力を持つ中年男性の集団」にし、自分は「迫害される女性」という構図を作り出したのだ。
■K-POP産業全体の問題点にまで言及
さらにミン氏は、現在K-POP界で起きているさまざまな問題点を指摘することで、ファンダムの主軸を成す若年層の共感を引き出した。
近年のK-POP界ではマルチレーベルシステムが盛んだ。HYBEもこの手法を採用しており、ADORのほかにもBTSが所属するBIGHIT MUSIC、LE SSERAFIMが所属するSOURCE MUSICなど、複数のレコード会社(レーベル)が存在する。それぞれに独立してクリエイティブやビジネスを行うことが狙いだったはずだが、ミン氏はHYBEが各レーベルの自律性を認めず、固有の創作物の振り付けとコンセプトまでむやみにコピーして似たようなグループを量産していると批判した。
「レーベルごとに個性が違ってこそマルチレーベルなのに……私たち(NewJeans)の製作フォーミュラ(成功の方程式)そのものを模倣した。だったら、なんでマルチレーベルにしたの? そのままそっくりコピーすればいいじゃない? こうしたやり方は長期的に業界を駄目にする」
■ランダムフォトカード商法がファンを疲弊させている
さらに、K-POP業界の最大の問題として批判されているアルバムの売り方についても言及した。
「ランダムカードを作ったりミロネギ(押し出し)したりするべきではない。みんながそうするせいで、アルバム販売枚数がずっと右肩上がりの異常な市場になってしまった。そしてファンにすべての負担が転嫁される。K-POPアルバム市場全体が間違っている」
レコード会社はアルバムの販売枚数を伸ばすために、メンバー別のフォトカードをランダム封入して販売し、ファンは推しのフォトカードを集めるために1人で数十枚もアルバムを買う。このような消費は結局、フォトカードだけを残してアルバムはゴミ箱に捨てられるなどの環境問題も引き起こす。
「ミロネギ(押し出し)」とは、流通会社や販売店が事前に大量に購入し、後にサイン会などアーティストを動員するイベントを開くことで初動売上を増やす販売手法のことだ。K-POP業界のこうした慣行は、若年層のファンに莫大な金銭的負担を転嫁していると指摘されている。
「私はそれを直すためにNewJeansをつくったんです。私がHYBEにムカつくのは、(HYBEが)業界を濁らしているからです」
■時価総額は“御三家”の合計をはるかに上回る
BTSの世界的な成功によって建てられたHYBE帝国は、名実共にK-POP業界の最大手として君臨している。HYBEはBTSの軍白期(軍入隊で活動を休む空白期)を埋めるため、2021年から数多くのレーベルを攻撃的に買収合併し、短期間で規模を拡大した。おかげで、現在はかつて「K-POPの御三家」と呼ばれたSM、JYP、YGの3社を合わせたものの2倍を超える時価総額を誇り、年間売上は2兆ウォン(約2300億円)を超える大企業に成長した。
写真=iStock.com/sibway
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sibway
しかし成長に力を注ぐあまり、「音楽業界の悪習や不条理に対抗して業界に革新をもたらす」という初期の経営哲学を失い、いつのまにかK-POP消費層には、「ファンの財布をはたかせるためにアーティストを酷使させる企業」と認識されてしまった。
そして、はてしなく伸び続けていたアルバムの販売量は減少傾向に転じ、K-POP業界の売上は停滞している。この現実と照らし合わせると、HYBEのお家騒動に対する若年層の反応はK-POP産業全体の危機を物語っている。HYBEが率いる現在のK-POPシーンに対する若い消費者の不満が臨界点に達したことを示唆しているといえるだろう。
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金 敬哲(きむ・きょんちょる)
フリージャーナリスト
韓国ソウル生まれ。淑明女子大学経営学部卒業後、上智大学文学部新聞学科修士課程修了。東京新聞ソウル支局記者を経て現職。著書に『韓国 行き過ぎた資本主義』(講談社現代新書)、『韓国 超ネット社会の闇』(新潮新書)。
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(フリージャーナリスト 金 敬哲)
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