「逮捕すれば認めるに決まってる」警察が“無実の社長ら”を犯罪者にでっち上げ→捜査中に死亡した人も…「大川原化工機冤罪事件」の“ありえない捜査”
2025年5月28日(水)7時10分 文春オンライン
〈 「動くな」「電話するな」ある日突然、会社に大勢の捜査員が押しかけ…“冤罪事件”に巻き込まれた大川原化工機は、なぜ警察に狙われてしまったのか 〉から続く
不正輸出の濡れ衣で社長ら3人が逮捕されるも、初公判直前に起訴取り消し、その後の国賠訴訟では捜査員からの「捏造」発言も飛び出した「大川原化工機冤罪事件」。なぜ警視庁公安部によるストーリーありきの捜査は止まらなかったのだろうか?
ここでは、同事件を取材した毎日新聞記者・遠藤浩二氏の著書『 追跡 公安捜査 』(毎日新聞出版)より一部を抜粋して紹介する。(全3回の3回目/ 1回目 から読む)

◆◆◆
不正輸出事件は、被害者側の証言や被害現場の状況と照らし合わせる必要がない
私は捜査関係者を取材する中で、「不正輸出事件には被害者がいない」という言葉を何度も聞いた。どういうことなのか。殺人や強盗、窃盗といった一般の刑事事件には必ず被害者がいる。殺害された場合、被害者は言葉を発することはできないが、遺体から死因や死亡推定時刻などは特定できる場合が多い。
現場に指紋や毛髪などが残されていれば、犯人特定の大きな手がかりとなるだろう。強盗や窃盗の場合は、防犯カメラに犯人が映ったり、目撃者がいたりする場合もある。少なくとも被害品は必ず存在する。
一方、外為法違反に問われる不正輸出事件はどうか。ルールを守っている企業の立場からすれば、不正輸出をした企業によって自社の利益を損ねられ、広い意味での被害者と言えるかもしれない。
しかし、殺された、奪われた、盗まれたというような、直接の被害者は見当たらない。つまり、不正輸出事件は、被害者側の証言や被害現場の状況と照らし合わせる必要がないのだ。
「おかしいと思う捜査員はたくさんいたが、捜査は止まらなかった」
ある捜査関係者は言った。「被害者から話を聞く必要がないので、ある意味では『当事者不在』の捜査になる。法令解釈や業界の認識を押さえてしまえば、捜査機関側が事件をいくらでも組み立てられる。ストーリーありきの捜査になるリスクがある」
大川原化工機の捜査はどうだったか。宮園警部が「外為法はザル法」と周囲に語っていたように、公安部は、CISTECの生物・化学兵器製造装置分科会の主査だった男性に話を聞きに行き、経産省の輸出規制省令が曖昧で、欠陥があることを序盤でつかんだ。
そして、独自の乾熱殺菌という解釈を打ち立てた。噴霧乾燥器メーカー、そして装置を実際に使うユーザーからも話を聞いたが、公安部の乾熱殺菌を支持する会社はいなかった。そこで、何でも言いなりになる同業他社のX社の証言を業界の認識と位置付けた。公安部はまず見立てを決め、それに沿う証拠や証言を集めていったのである。
ある捜査関係者は諦めと怒りを込めて言った。
「おかしいと思う捜査員はたくさんいたが、捜査は止まらなかった。幹部に表立って異を唱えれば、翌日に捜査から外されるだけだ」
捜査方針に沿う証言を集められない捜査員は宮園警部から個別に呼び出され、叱責を受けることもあった。また、大川原社長の取調官は当初、「捏造」発言をした濵﨑警部補だったが、不正輸出を認める調書を取ってこないので、途中で交代させられたという。
そもそも大川原化工機側は不正輸出をしたという認識はないため、社長や社員から不正輸出を認める調書は、本来取れるはずがないのだ。
過去に起きた不正輸出事件との共通点
ストーリーありきの捜査は別の事件でも起きていた。外事1課5係は大川原化工機の捜査を始める直前まで、金属加工メーカー「Y社」の不正輸出事件を捜査していた。
Y社は外為法で規制されている核兵器の開発に転用可能な「誘導炉」をイランなどに輸出したとする疑いがかけられていた。社長ら2人は外為法違反容疑で書類送検されたが、17年3月、いずれも不起訴(起訴猶予)処分になった。ある捜査関係者は自嘲を交えて言った。
「貴金属を溶かす鋳造機でウランを溶かして固めるような馬鹿はいない。業界では、この装置の輸出が法律で規制されていることをみんな知らなかった。このため検察は不正輸出の『故意』を問えないと判断した。公安部は『故意』があると考えたが、検事はそう考えなかった」
捜査関係者によると、この時は、Y社を退職した社員の話を軸にして事件を組み立てたという。Y社の事件では「退職した社員」、大川原化工機の事件では「同業他社のX社」が重要な役割を果たした。公安部の捜査には見立てを演じてくれる「役者」が必要なのだ。
Y社と大川原化工機の明暗を分けたものとは?
2つの事件は、社長らには不正輸出の認識がないにもかかわらず、公安部の言いなりになる人物や企業を抱き込み、ストーリーに合う証言を集めたという点が共通している。
ただ、Y社の時は東京地検がまともに機能し、不起訴にした。Y社の事件の捜査指揮を執ったのは、大川原化工機事件の時と同じ宮園警部だったが、地検側の担当検事は大川原化工機を起訴した塚部検事とは違った。検事の違いが、Y社と大川原化工機の明暗を分けたのだ。
Y社の捜査がストーリーありきだったことは、A4用紙1枚の文書にも残されている。ある捜査員が書いた備忘録だ。この捜査員は、宮園警部の指示に忠実に従い、大川原化工機の立件を目指す安積警部補に強い不信感を持っており、会話をメモとして記録していた。2019年1月、原宿署の9階第一会議室で、安積警部補は次のように語ったとされる。
係長(筆者注:宮園警部のこと)が前の事件でもストーリーを無理やり作るってのはいろんな人から聞いてますよ。Y社の事件の時はCさんがやったんですよね。Dさんは曲がったこと嫌いだし、Eさんもそういうタイプじゃないだろうし。今の5係で係長の方針に乗るタイプの人っていないですよね。やっちゃうとしたら私なんだろうな(笑いながら)——。
備忘録には、C、D、Eに捜査員の名字が書かれている。この備忘録の内容を、かみ砕いて説明すると次のようになる。「前の事件」とはY社の事件を指す。Y社の事件でも捜査を指揮した係長の宮園警部は、Y社を立件するためのストーリーをつくり上げた。
そのストーリーに忠実に従って動いたのは、捜査員Cだった。安積警部補は、現在捜査をしている大川原化工機の事件で、この役割を果たすのは、自分だろうと語っていたのだ。
「逮捕すれば認めるに決まってる」宮園警部の信じられない言葉の数々
外事1課は18年10月に大川原化工機の本社などに家宅捜索に入った。この会話がなされた19年1月は、社員らの聴取を本格化させていた時期だ。安積警部補は元取締役の島田順司さんの取調官だった。
安積警部補の取り調べは、国家賠償請求訴訟の1審・東京地裁判決(23年12月)で、偽計、欺罔を用いたとして、違法と認定されている。実際に「やっていた」のだ。
宮園警部は部下の捜査員らにこう語っていたという。
「うちに目を付けられたら終わりだよ。こえーよ警察」
「認めなければ会社潰れるんだから、逮捕すれば認めるに決まってる」
「不正輸出するヤツは手続きが面倒なんだ。手続きに時間をかけていると、競合他社に負ける。だからあえて許可を取らないんだ。そういう供述を取ってこい」
信じられないような言葉の数々だが、捜査は宮園警部1人だけで進めることはできない。それを容認する上司の存在なしに、捜査は進むことはなかったはずだ。それがよく表れたエピソードがある。
「女は噓つきだから落とせ」厳しい取り調べを受けた女性社員はうつ病に…
大川原化工機の海外輸出担当の女性社員が厳しい取り調べを受け、うつ病になったことがあった。その際、女性社員の取り調べを担当していたT警部補が捜査会議で「落とせません(自白させられない、の意)でした」と報告すると、宮園警部と上司の渡辺誠管理官(警視)は「女は噓つきだから落とせ」「女の話は聞く必要がない」と言っていたという。
このやりとりを聞いていたある捜査員は、「この発言自体がアウトなので、よく覚えている」と呆れ返っていた。
捜査関係者によると、最初に乾熱殺菌の解釈を生み出したのはK警部補だった。K警部補は経産省に出向経験があり、法令解釈を熟知していた。当初、経産省との打ち合わせに部下の女性と参加していた。
ただ、途中でこの部下にセクハラをして、外事1課から異動することになった。このK警部補の家には後輩記者が行った。毎日新聞の記者であることを名乗ると、「いい、いい」と言ってすぐに玄関の扉を閉めた。
セクハラをするような警部補が乾熱殺菌という独自理論をつくり、人権意識に欠けた発言をしていた渡辺管理官、宮園係長が事件のストーリーを練り上げ、忠実な部下の安積警部補が関係者から見立てに沿う証言を集める。
そして、多くの捜査員が捜査方針に盲目的に追従する。これが、私が複数の捜査関係者から聞いた大川原化工機事件の捜査の実体だ。この無茶苦茶な捜査の過程で、元顧問の相嶋静夫さんが亡くなっているのだ。もはや国家権力の暴走としか言いようがない。
(遠藤 浩二/Webオリジナル(外部転載))
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