トランプ関税は「アメリカ離れ」を引き起こす大愚策…トランプ大統領の暴走でトクをする"唯一の国"とは

2025年4月14日(月)16時15分 プレジデント社

ホワイトハウス報道官のキャロライン・レビット氏が、メリーランド州で開催された2025年保守政治行動会議(CPAC)で演説(写真=Gage Skidmore/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

トランプ米大統領による関税政策で、世界経済が混乱に陥っている。政治ジャーナリストの清水克彦さんは「トランプ氏が仕掛けた貿易戦争は、世界第2位の経済大国である中国の求心力を高め、習近平が狙う『アメリカVS中国+国際社会』という構図につながりかねない」という——。

■国際社会に喧嘩を売るトランプ政権


「中国が報復関税をかけたのは過ちです。アメリカが殴られれば、トランプ大統領はさらに強く殴り返します。したがって、きょうの真夜中に中国への104%の関税が発効します」


4月8日、ホワイトハウスで記者団にこう語ったのは、27歳で報道官に抜擢されたキャロライン・レビット氏だ。


ホワイトハウス報道官のキャロライン・レビット氏が、メリーランド州で開催された2025年保守政治行動会議(CPAC)で演説(写真=Gage Skidmore/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons

学生時代から反リベラル色を打ち出し、1期目のトランプ政権で報道官補佐としてメディア戦略に関わってきた彼女は、今やトランプ氏の方針をオブラートに包むことなく国際社会に発信する「首都ワシントンの顔」だ。もっと言えば、一方的な関税政策で国際社会に喧嘩を売る「ホワイトハウス」、いや「ファイトハウス」の申し子と言っていい。


しかし、レビット報道官の会見の翌日(9日)、中国への関税率は、わずか1日で104%から125%にまで引き上げられ、さらにその翌日には、「2月と3月分を加算すると145%になる」と修正された。


■中国を「偉大な国家」にする愚策


日本をはじめ、トランプ氏による関税政策に報復措置を取らなかった国々への関税率は、90日間、10%に留め、対決姿勢を示した中国に対しては過去に類を見ない高関税を課したことになる。


筆者はこれまで、トランプ氏が「良くも悪くも公約を守る」という1点において、その動静を好意的に見てきたが、中国に仕掛けた貿易戦争は、「パリ協定からの離脱」や「不法移民の強制送還」といった政策とは比べようもないほどの悪手というほかない。


なぜなら、トランプ氏が仕掛けた貿易戦争は、結果的に中国の国内を引き締め、国際社会の中国への傾斜をもたらす可能性が大きいからだ。トランプ流に言えば、「Make China Great Again」につながりかねない愚策中の愚策なのだ。


■すでに中国経済は虫の息だが…


今、中国は、2020年から2022年までの「ゼロコロナ政策」で景気が冷え込み、不動産バブルの崩壊や反スパイ法改正を受けての国際社会からの投資控えもあって、青息吐息の状態にある。


そのうえに高関税による輸出産業へのダメージが加われば、中国にとっては「泣きっ面に蜂」状態になりかねない。


中国当局は、3月開催した全人代(中国の国会)で、今年の経済成長率目標を5%前後に据え置き、景気下支えのため内需を喚起する方針を打ち出した。しかし、関税率が145%ともなれば、外需への下押し圧力は避けられず、経済成長率は少なくとも2%以上は下落するとの見方も出ている。


ただ、筆者の見立ては少し違う。トランプ関税によって最も得をするのは中国だと断言できるからである。


■多くの国々が世界第2位の中国へなびく


中国は、1期目のトランプ政権と熾烈な貿易戦争を繰り広げて以降、貿易相手国を東南アジア諸国などへとシフトした。アメリカの貿易額に占める中国の割合は14%弱にすぎない。


また、オーストラリア・シドニーに本部がある研究機関「ローウィ国際政策研究所」(Lowy Institute)によれば、すでに200を超える国々のうち、実に7割の国で対米貿易額より対中貿易額が多く、2023年には100を超える国が、アメリカとの貿易額の2倍を超える貿易を中国と行っているという実態もある。


トランプ氏が「アメリカを再び製造大国にして、アメリカの黄金時代を築く」ことだけを目的に、この先も関税政策を継続すれば、中国の対米貿易額はさらに低下し、多くの国々が、世界第2位の経済大国で、かつては「世界の工場」とも称された中国になびくに相違ない、と筆者は見ている。


4月4日、イギリスのBBCはトランプ氏による関税政策について、「中国首脳にとって『贈り物』」になるとの分析を公表した。


習近平総書記(71)は、この機に乗じて、トランプ氏率いるアメリカを「混乱、貿易破壊、自国利益優先」の国として位置づけ、習氏率いる中国については、「安定、自由貿易、国際協力」を推進する国だとアピールできるというのがBBC記事の要旨だ。


2024年11月16日、習近平中国共産党総書記がペルーAPEC2024で米国のバイデン大統領と会談(写真=@POTUS46Archive/Executive Office of the President files/Wikimedia Commons

■中国の報道官「保護主義に未来はない」


「中国人はトラブルを起こさないが、恐れもしない。圧力や脅迫、恐喝は正しい方法ではない。貿易戦争と関税戦争に勝者はなく、保護主義に未来はない」


中国外務省の林剣報道官(写真=中国新聞社/CC BY 3.0/Wikimedia Commons

これは、ホワイトハウスのレビット報道官同様、すっかり顔が売れた中国外務省の林剣報道官(47)が4月8日の記者会見で国内外に発信したフレーズである。


中国は、その数日前まで台湾を取り囲む形で大規模な軍事演習を実施し、頼清徳政権に圧力をかけ脅迫していた国だ。個人的には「よく言うよ」とは思うが、言葉だけ聞けば、トランプ氏やレビット報道官が放つコメントよりも、はるかにまともに感じてしまう。


そんな中国も今、1期目のトランプ政権下で貿易戦争を繰り広げたような体力はない。


台湾統一への余力も残しておきたい。そこで、習指導部が目指しているのが、アメリカと1対1で勝負するのではなく、「団体戦でアメリカに勝つ」という体制づくりだ。


代表的なのが、トランプ政権誕生をにらんで進めてきた「戦狼外交」(攻撃的な外交スタイル)から「ほほ笑み外交」への転換である。


■習近平の「この指とまれ」大作戦


中国は、アメリカとの貿易戦争を、「トランプ氏の理不尽さに、みんなで対抗していこうよ」とアピールする好機ととらえ、「この指とまれ」と言わんばかりに同調国を募っているのである。珍しく習氏自らが動いた4月14日からの東南アジア3か国歴訪は、それを象徴する動きだ。他にも最近の動きをまとめておく。


(1)EUへの接近

2月、王毅外相が、ドイツ、スペイン、フランスなどを回り25か国の首脳と会談。アメリカに依存しない「多極主義」に賛同するよう呼びかけた。ウクライナ戦争の解決策をめぐってアメリカと対立するEU諸国を中国側に引き入れる狙い。


(2)日本との関係改善

3月、来日した王毅氏は、石破首相らと会談し、相互信頼と協力強化を求めた。日本に「脱トランプ」を迫り中国に傾斜させたいという思いの表れ。


(3)アジア運命共同体の促進

3月、中国・海南省のボアオに60カ国以上の代表者を集め、中国共産党序列6位の丁薛祥副首相が、アメリカを念頭に「開放的な地域主義の堅持」を訴え、アジア各国の結束強化を求めた。これもアジア諸国を中国になびかせるため。


このように、中国は、国際社会が「トランプ恐慌」に陥っている現状を利用し、「アメリカVS中国+国際社会」という構図を作ろうとしているのだ。また、国内的には、習氏の経済対策に対する国民の不満の矛先をアメリカにすり替えようとしているのである。


思えば、アメリカがバイデン政権だった時代は、経済も安全保障も「アメリカ+国際社会VS中国」という構図だった。景気の低迷で習氏の指導力にも「?」がつけられたものだ。わずか数カ月で変われば変わるものである。


■ウォール街と国民の反対にビビるトランプ


とはいえ、そんな中国の野望も長くは続かないだろう。


「トランプ氏の狙いは、来年11月の中間選挙で、上下両院ともに共和党が勝つこと。トランプ氏が関税の発動に90日間の猶予を設けたのは、アメリカの株価の急落や物価高を恐れる国民の反発が予想以上だったため、ビビッてしまったからです。高関税はあくまで取引材料で、長続きはしません」


とは、ボストンのTV局、WGBHのプロデューサーが筆者に語った予測である。


写真=Chris Kleponis/CNP/時事通信フォト
2025年4月9日、ホワイトハウスの大統領執務室で、一連の大統領令に署名した後、報道陣の代表に向かって話すドナルド・J・トランプ米大統領。 - 写真=Chris Kleponis/CNP/時事通信フォト

UNIQLOなどを展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長(76)も、4月10日に開いた決算会見で「トランプ氏の関税政策は、たぶん続かない」と予想している。


これらの見方には筆者も同調する。バイデン前大統領に対する「不満のポピュリズム」で再選を果たしたトランプ氏がもっとも神経質になるのがウォール街や国民の反応だからである。


4月13日、トランプ氏が「スマホなどの電子機器には別の関税を課す」との考えを示したのは、中国からの輸入が多い情報通信機器の販売価格が関税によって急騰し、若者らの反発を買うことを恐れたためだ。


日本で言えば、石破茂首相(68)が近く、赤沢亮正経済再生相(64)をアメリカに派遣し、相互関税の見直しを求めることにしているが、トランプ氏とすれば、各国との間でアメリカへの投資やアメリカ製品の輸入拡大にメドがつけば、「中国を利するだけ」で「自分への支持率を下げるだけ」の政策は取り止め、対中関税に絞る可能性も十分にある。


■石破政権は「土下座外交」するしかない


ただ、石破政権としても対策は急務だ。政府・与党内では、所得制限は設けず1人あたり5万円を給付する案や、食料品等を念頭に置いた消費税の減税策が浮上している。


前者は、参議院選挙を意識したバラマキにすぎず、過去の給付を見ても政権浮揚にすらならない愚策だ。後者も、一国民としては助かる反面、国の税収の3割を占める安定財源を大幅に減らしてしまう付け焼刃の政策だ。


筆者が思う関税対策は、石破政権として愚策をゆるゆると考えながら、トランプ氏の翻意を待つことだ。強いてやるなら、格好は悪いが「土下座外交」を繰り返すことである。


トランプ氏には、潜在的に「われわれは日本を守るが、日本はわれわれを守らない。何も支払わない」という安全保障上の不満がある。それはおいそれとは消えない。


日本としては、「日本の対米投資は世界一」で「アメリカとはこんな共同プロジェクトが可能」といったファクトを示しながら、トランプ氏に「どうぞ、お目こぼしを」と懇願し続けるしかない。そうしている間に、今、国際社会を襲っている豪雨は止むと思うのである。


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清水 克彦(しみず・かつひこ)
政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。米国留学を経てキャスター、報道ワイド番組プロデューサー、大妻女子大学非常勤講師などを歴任。専門分野は現代政治、国際関係論、キャリア教育。著書は『日本有事』、『台湾有事』、『安倍政権の罠』、『ラジオ記者、走る』、『2025年大学入試大改革』ほか多数。
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(政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授 清水 克彦)

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