「イノベーションへの抵抗」が生まれる組織と生まれない組織、その「決定的な違い」とは?
2025年4月15日(火)6時0分 JBpress
科学技術の進化や社会変化の中で、さまざまなイノベーションが生まれている。しかし、それらを取り巻く環境は国ごとに大きく異なる。今後、日本企業がイノベーションを生み出し、社会の発展に役立てるためにはどのような考え方が必要だろうか——。2024年11月に著書『イノベーションの科学 創造する人・破壊される人』(中央公論新社)を出版した早稲田大学商学学術院教授の清水洋氏に、日本企業のビジネスリーダーが考えるべきイノベーションの在り方について聞いた。
「アメリカ型」を安易に模倣してはならない
——著書『イノベーションの科学 創造する人・破壊される人』では、世界をリードする「アメリカ型のイノベーション・システム」を模倣することに対して警鐘を鳴らしています。日本のビジネスリーダーは、このシステムの特性をどのように理解すべきでしょうか。
清水洋氏(以下敬称略) 労働者に対する保護が強い国と弱い国には、それぞれ長所と短所があるため、それを理解してイノベーションと向き合うことが大切です。
米国のように労働者の保護が弱い国は、整理解雇によって不採算ビジネスにブレーキをかけやすいため、新規性の高い研究やビジネスを生み出しやすい、という長所があります。
一方で、日本のように労働者の保護が強い国では、企業の研究開発からイノベーションが生まれやすい傾向があります。日本企業では「結果を出さないと解雇されるかもしれない」という恐怖心が少ないからこそ、社員は不確実性が高い研究開発に長期的に取り組んで成果を生み出すことができるといえるでしょう。
顕著な例として、米国のある企業のケースが挙げられます。その企業では研究開発の成果として、大きなヒットにつながるゲームが生まれました。その企業の社長が次に見せたのは、驚くべきアクションでした。
大ヒットを生んだ米企業の社長が見せた「驚くべきアクション」とは?
——その社長は何を行ったのでしょうか?
清水 大ヒットゲームの研究開発が終わった時点で研究者を全員解雇したのです。それは、ゲームがヒットしたならば研究者にボーナスを支給しなければならないからです。
こういったことが起きると、研究者たちは真面目に研究に取り組まなくなります。経営者に機会主義的な行動が見られると、研究者は成果が出そうな研究の存在を隠し、社内では共有することなく、自分でスタートアップを立ち上げるようになるのです。
もし、日本の経営者がこのような機会主義的な行動を取れば、従業員によって裁判を起こされた際に負けてしまうでしょう。だからこそ、日本の研究者は安心して研究に取り組むことができるため、既存の研究開発が強くなりやすいのです。こうした社会制度を生かして大企業が研究開発に注力することは合理的といえます。
——著書ではイギリスの産業革命を振り返り、イノベーションと同時に多くの暴動が発生していたことに触れています。一方、戦後の日本では労働者の抵抗はあまり見られなかったとのことですが、「イノベーションへの抵抗が生まれるか、否か」を分ける要因は何でしょうか。
清水 大きく2つの要因が考えられます。
1つは、マクロ経済状況という要因です。経済が成長しているときには技術転換によって社内に生まれた「スキルが破壊された人」たちを、より成長する事業部に配置できるため、失業者を生むことなく企業を成長させ続けることができます。つまり、経済の成長フェーズでは抵抗が起きづらいわけです。日本の戦後はまさに良いタイミングだったと思います。
もう1つは、労働組合の存在です。労働組合が強ければ容易に解雇ができないため、短期的にはイノベーションに対する抵抗も生まれづらいといえます。例えば、中国がWTO(世界貿易機関)に加盟した後、多くの安価な自動車部品が世界中に輸出され、米国経済は深刻なダメージを受けました。対照的に、ドイツ経済にはあまり大きな影響がみられませんでした。この背景には、ドイツは労働組合が強い交渉力を持っているため、会社側は従業員を解雇はできないと考え、従業員のリスキリングによって対応を進めたことが関係しています。
しかし、こうした対策が長期的に機能するかどうかは、従業員のスキルアップのスピードと、そのコストに依存します。企業が従業員に対してリスキリングのプログラムを提供しても、それよりも技術変化が速いスピードで進めば、企業は競争力を失います。
例えば、自動車の製造工場で働いていた従業員に、自動運転システムに使うAIの開発者になるための再訓練プログラムを提供しても、スキルの習得には時間もコストもかかるでしょう。そのような場合には、労働組合はイノベーションの抵抗勢力になる可能性もあるのです。
ビジネスパーソンは資本主義の主役としてイノベーションに注力せよ
——これからの時代、日本企業のリーダーはイノベーションをどのように位置付け、向き合っていくべきでしょうか。
清水 資本主義社会はイノベーションが駆動していくものです。つまりイノベーションに求められるのは、資本主義社会において、消費者が欲しいものをより安く、新しい方法で提供することだと考えています。
そして、こうした方法を生み出すのがイノベーターであり、その役割を担う人になるのがビジネスパーソンです。ビジネスパーソンはその前提を理解し、役割をきちんとこなすことが必要だと思います。
一方、スキルを破壊されてしまった人をどうすべきか、という点については社会的な視点が求められます。社会全体で「スキルが破壊されてしまうリスク」をシェアすることが必要でしょう。少子化と長寿化が進む社会では、リスキリングのコスト、特にシニアのコストを低くすることが大切です。良質で安価なリスキリングの機会を用意することは、いま社会に求められる一つの対応策だと思います。
ビジネスパーソンは企業の構成員であるのみならず、社会を構成する一個人です。つまり、ビジネスパーソンとしての自分と一国民としての自分、双方の視点を持つことが大切です。企業のリーダーは、まずはビジネスパーソンとしてイノベーションに注力し、国民個人としては包摂的な社会をつくるために考えること、現代はそうした考え方が求められていると思います。
筆者:三上 佳大