寺尾聰 父・宇野重吉さんからの「数少ない教え」語る 「父親が死に際に俺の顔に...」「面白い親父だった」
2025年5月4日(日)15時2分 スポーツニッポン
俳優でミュージシャンの寺尾聰(77)が4日放送のフジテレビ「ボクらの時代」(日曜前7・00)に出演。父で戦後を代表する名優・演出家の宇野重吉さん(享年73)について語った。
この日は寺尾が主演する映画「父と僕の終わらない歌」(23日公開)で幼なじみを演じる俳優の石倉三郎、喜劇俳優の三宅裕司とともに出演した。
寺尾は18歳の時に、グループサウンズ「ザ・サベージ」のベーシストとしてデビュー。21歳の頃、映画「黒部の太陽」(1968年)で宇野さんと親子役で俳優デビュー。その後、俳優、歌手として活躍している。
寺尾は「僕は父親から芝居のことについて細かくいろんなこと教わったことは技術的にはないんですけども、話はいっぱい聞いてるけども。数少ない教えの中、数少ないんだけども、“音感、リズム感…これは他の人は俳優として勉強するんだけど、お前は音楽でできてるから、それを大事にしろ”って言われたのは覚えてる」と明かした。
「だからこっちにバンドがあって、歌を作ってるから、でこっちの芝居がある。やっぱ両方でバランスが取れてる感じがする」とした。
「三宅くんなんかドラムでやるから分かるだろうけど、2拍子と3拍子しかないわけだよね」と寺尾。「2拍子と3拍子、この2つしかないこの世界で役者をやるときに、手も2本、足も2本だから1、2は動きやすいけど、これは3拍子やると1、2、3、1、2、3って逆に難しいわけ。これは遊びでやったらすぐできるけど、遊びでこれを覚えていないとなかなかできない。だからそれを台本読んだ時に、こういう人、クンクンクンクンクンクンって(3拍子で)歩いているなっていうふうに読み込んだり、いろんなこう感じるものがある」と話した。
これに三宅も「シーン、シーンで盛り上がってそういうリズムもあるし、セリフの1つ1つもあるし…そういうお客さんの笑い声も入ってくると、それも計算しながらまた落とすみたいな…やっぱリズムだらけですよね」と感心した。
さらに、「俺、あちこちでよく話すんだけど、死んだ父親が死に際に俺の顔に“我慢”って書いたのよ」と告白。「この“我慢”って、“俺はとてもしんどいんだから我慢してるぞ”って言ったのか、“こういう状況でもお前我慢しろ”って言ったのか…いろいろ考えて、何年か経って、そういえば、しょっちゅう言われていたのが“お前は我慢が足りない、辛抱が足りない。でもギリギリまで我慢しろ。これ以上我慢すると人間卑屈になるから、そこまでになったら、けつをまくって帰ってこい”って。やっぱ面白い親父だったんだよ」と懐かしんだ。