石原裕次郎は「俺は借金を返すためにやっただけだ。歌手じゃないんだから」と…兄・慎太郎が“弟の歌にダメ出し”の真相とは
2025年5月5日(月)7時0分 文春オンライン
〈 石原裕次郎は「バカバカしいくらいの大酒飲み」で…兄・石原慎太郎だけに見せていた知られざる「タフガイ」の素顔 〉から続く
石原裕次郎は、強い絆で結ばれていた兄で作家の石原慎太郎氏(1932〜2022年)にしか見せない顔があったという。死去の直後に緊急増刊「さよなら石原裕次郎」へ発表された手記では、知られざる「タフガイ」の素顔が明かされている。(全3回の2回目/ #3 に続く)

◆ ◆ ◆
「俺は歌手じゃない」
ただ、変に頑固なところもありました。一度厭だと言ったら、絶対に翻(ひるがえ)さない。
たとえば、歌手と言われるのは嫌いだったのですが、いつだったか、東北の方の民放が開局して、弟に3曲ワンステージ唄って下さいという依頼があり、ギャラは当時のお金で600万円だといいます。かなりの高額ですが、田舎の局なので弾んだのでしょう。小林専務が取りついで、
「社長、行って下さい」
と頼んだら、本人は気が向かない。
「厭だ、俺は歌手じゃない」
という。
以前にも、借金を返すために行った全国縦断リサイタルがうまくいったので、もう一度ぜひ、という声が出たのですが、
「俺は借金を返すためにやっただけだ。歌手じゃないんだから」
と断ってしまった。
そう聞いて弟の歌のファンは不本意かもしれませんが、とにかく俺は歌で食ってるのじゃないから、民放へは行かないという。私が用事で小林専務に会ったら、
「スケジュールは前後もあいているし、裕次郎さんの小遣いも出来るし、こんないい話はないんですから、お兄さん言って下さいよ」
訴えるので、弟にいうと、
「俺は厭だ。金なんか欲しくない」
「馬鹿だなあ、お前は。お前が行かないんなら俺が行ってやろうか」
「おお、行けよ。お前じゃ相手は6万円も出さねえぞ」
それはそうです。
その晩、たまたま二人とも時間があったので、食事して一杯飲もうと、弟の贔屓のピアニストのいるクラブへ行きました。宵の口だから、お客は3、4人。
「おい、唄おうか」
といい出して、気持よさそうに15、6曲たて続けに歌うんです。もちろん、お客は大喜びですが、たった3、4人のために15、6曲。
「お前、馬鹿じゃないか」
と言ったら、
「いや、これでいいんだ」
と笑っていました。
レコーディングでも、弟は、テイチクのキングでしたから、みんな遠慮して、ダメ出しや、注文は殆どつけないみたいでした。
弟の歌にダメ出し
私には、弟のために作詞作曲した歌が二つあります。両方とも、都会的なソフィスティケーティッドな曲ですが、実は、別の歌手に頼まれて作ったものです。ところが、その歌手が、新曲を吹き込んだばかりだから、半年待ってくれと言う。弟に話をしたら、
「それなら俺に唄わせろ。俺の歌になれば、第一、印税が違うぞ」
と乗り気です。欲に目がくらんだわけではありませんが、早く世に出したいので、弟に唄わせることに決め、一つの条件を出しました。
「お前の歌の吹き込みは乱暴だから、俺がディレクターをやる」
と。
そこで、レコーディングの日に立ち会ったわけですが、一杯飲みながら、8曲ぐらい吹き込む。最初に一枚分、裏表2曲吹き込むのを見ていたら、別に弟は威張り散らしているわけではないけれど、ディレクターは大分遠慮している。私が聴いても、リハーサルを一回やるごとに良くなることが分かりますから、もう一回やって本番にしたらよくなるなと思っていると、弟が、
「今のでいいだろう」
と言う。ディレクターも、
「はい、結構です」
と答える。ちょっと歌詞の解釈が違うなというところがあっても、ディレクターは、結構ですの一点張りですから、
「駄目だ、遠慮せずに言いなさいよ、いまのなんか、もう一回やったらもっとよくなる」
と言っても、結構です、でお終(しま)いです。
私の曲になった時、今度はそうはいかないぞと、
「駄目、もう一回リハーサル。ここは違うんだよ。もうちょっと長目にやれ」
などと注意すると、
「うるせえなあ」
ディレクターがハラハラして、本番にしましょうとなだめにかかりますから、
「いや、駄目だ、もう一回だ」
と言ったら、弟が、
「馬鹿野郎、俺はこんなに何回もリハーサルしたことないんだ。ぐずぐず言うんだったら、手前で唄え」
「何言ってんだ。こんなの、俺が唄ったほうがよっぽどいい」
すると弟がすかさず、
「おい、兄貴に唄わせろ、唄わせろ。みんなで聴こうじゃないか」
それで伴奏が始まってしまいました。で、私が唄ったわけですけれど、当然うまくいくはずはない。
「リールバックしてすぐ聴かせてやれ」
弟が言うので、仕方なく聴きましたが、弟はニヤニヤ笑うばかり、こちらも笑うしかありません。
「分かったか?」
「いや、分かった」
これで、弟のさっきの吹き込みでOKということになってしまいました。
〈 “がん闘病”中の石原裕次郎は慎太郎に「兄貴、元気でいいなあ」と…「初めて弟に、後めたいような気がしたのを覚えています」 〉へ続く
(石原 慎太郎/ノンフィクション出版)