独裁政治下の恐怖や不安、岐路に立つ映画へのラブレター…カンヌ作品は社会の潮流と連動
2025年5月23日(金)18時32分 読売新聞
リチャード・リンクレイター監督「NEW WAVE(英題)」=映画祭提供
第78回カンヌ国際映画祭があす24日に閉幕する。最高賞パルムドールを争うコンペティション部門でこれまで上映された、注目作などを紹介する。(木村直子)
「社会の政治的な動きや変化を先導し、時には追随する。映画祭はますます現実と調和している」
開幕に先立つ審査委員団の記者会見。カンヌの役割について問われ、審査委員長の仏俳優ジュリエット・ビノシュはそう強調した。
最高賞パルムドールを競うコンペティション部門の出品は22本。執筆時点で鑑賞した20本のうち、スペインのオリバー・ラクセ監督「SIRÂT」が印象に残った。表題はアラビア語で「道」の意。初コンペながら、広漠としたモロッコの渓谷で娘を捜す父の旅路と受難を黙示録のようなスケールの物語と映像で見せた。
批評家の評価が高かったのは「TWO PROSECUTORS」(セルゲイ・ロズニツァ監督)。1930年代のソ連、若き検察官が秘密警察の罪を暴こうとする。スターリン体制下の大粛清がテーマだが、検察官が抱く恐怖や不安には同時代性が強く打ち出されていた。
全編白黒で監督ジャンリュック・ゴダールの誕生を描く「NEW WAVE(英題)」(リチャード・リンクレイター監督)は、ゴダールが率いた仏ヌーベルバーグ運動はもちろん、岐路に立つ映画そのものへのラブレターと言える作品で、前評判通りの人気だった。「ルノワール」の早川千絵、「DIE MY LOVE」のリン・ラムジーら女性監督の作品も支持を集めている。
社会の潮流との連動は作品のラインアップだけではなく、様々な場面で見られた。「ヌードドレス」の禁止などレッドカーペット上のドレスコードが開幕直前に変更された。映画が主役という原点に立ち返ろうとする主催者の意志を感じた。
名誉パルムドールのロバート・デ・ニーロは「トランプ映画関税」批判
開幕式で特に盛り上がったのは、米俳優ロバート・デ・ニーロの名誉パルムドールの受賞スピーチだ。デ・ニーロは喜びの言葉もそこそこに、トランプ政権が海外で制作された映画に100%の関税を課す方針を表明していることを批判。「芸術は本来民主的で、自由を求め、多様性を受け入れるもの」として映画界の連帯を呼びかけて、喝采を浴びた。
「ある視点」部門に出品されている「遠い山なみの光」の原作者カズオ・イシグロ氏にインタビューする機会があった。同氏が審査委員を務めた1994年の最高賞は、強烈な描写のクエンティン・タランティーノ監督「パルプ・フィクション」に贈られた。当時を振り返り、「結果を批評家からは批判され、授賞式でもブーイングが起こったが、今では傑作として知られている」と笑った。
今年の審査委員団はどのような判断を下すのか。24日の受賞結果が注目される。
深田晃司監督「恋愛裁判」に温かい拍手
22日にはカンヌ・プレミア部門で深田晃司監督の「恋愛裁判」が上映された。異性との恋愛をめぐり、所属事務所に「契約違反」で訴えられた元人気アイドルが尊厳を懸けて争う異色の法廷劇だ。
ファンが「推し」を支え、育てる日本独特のアイドル文化に敬意を払った作品で、若い観客でにぎわう公式上映には深田監督、主人公の真衣役を演じた元日向坂46の齊藤京子が出席した。上映後、会場から温かい拍手が送られ、深田監督は「この映画が今ようやく生まれたと思っています。メルシーボク」とあいさつし、齊藤も「世界で一番幸せです」と感激した様子だった。
深田監督は20日、カンヌ・クラシック部門での「浮雲」4Kデジタルリマスター版の上映にも、解説役として登壇した。成瀬巳喜男監督について、黒澤明や小津安二郎といった同時代の日本の映画人と比較しながら、「作家性を一言で表しにくい透明性がある」などと表現。演出手法を「物語で、ダイナミックで感傷的な瞬間を描くことを周到に避けることで、観客の想像力を引き出す」などと解説した。