数万人凍死の戦場で「じわじわと処刑」される北朝鮮の若者たち

2025年4月4日(金)4時52分 デイリーNKジャパン

北朝鮮は、ウクライナ侵略戦争を続けるロシアに、2次にわたり計約1万4000人の兵士を派兵した。英国防省は先月28日、このうち約5000人が死傷したとの分析を示しており、それに先んじてウクライナ軍の捕虜となった北朝鮮兵2人の動画も公開されている。


北朝鮮は未だに、派兵の事実そのものを認めていないが、国内では既に情報が広がっている。当局は、噂の拡散を抑えようと必死になっており、強硬策を動員している。平壌のデイリーNK内部情報筋が伝えた。


市内の船橋(ソンギョ)区域にある金哲柱(キム・チョルチュ)師範大学の講堂で先月20日、朝鮮労働党平壌市委員会と、平壌市青年同盟の幹部の指導の下、思想闘争会議(吊し上げ、人民裁判)が行われた。


教職員、学生全員が参加した中で行われたこの思想闘争会議にかけられたのは、同校の2人の学生だ。その罪とはこのような噂話をしたというものだ。


「ロシアとウクライナの戦争に行ったわが国(北朝鮮)の軍人たちが多く死んだ」
「ウクライナで捕虜になった軍人が、南朝鮮(韓国)に行くと言った映像を見た」


この話を聞いた学生たちは、かなりのショックを受けたようだ。そして、そのことが何者かによって密告され、2人は吊し上げにされることになった。



思想闘争会議は、大学史上類を見ない4時間以上に及び、壇上に立たされた2人には、「反動的な言動で朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の忠誠性を冒涜した」「ありもしないこと」をデマとして広げたなどと、厳しい批判の集中砲火が浴びせかけられた。


結局、2人は退学処分を受け、咸鏡南道(ハムギョンナムド)の長津(チャンジン)郡にある伐木事業所に追放された。また、1人は除隊軍人で朝鮮労働党の党員だったが、党員としての基本的な資格すらないとして除名された。


長津は海抜1000から2000メートルの高所にあり、冬は極寒の地だ。朝鮮戦争中だった1950年11月から12月にかけて行われた「長津湖の戦い」では、零下40〜50度の極寒の中で、米軍主導の国連軍からは数千人、中国人民志願軍からは数万人の凍死者が出たことで知られる。追放された学生2人も、じわじわと餓死や凍死に追い込まれてもおかしくないほどのところだ。


だが、これでもまだマシな処分だとも言える。


「今回の事件は管理所(政治犯収容所)送りになってもおかしくないが、2人とも平壌の力のある幹部の一人息子なので、親があらかじめ手を回した。家宅捜索で彼らが見たという映像が発見されなかったので、退学と追放で済まされた」(情報筋)


しかし、時は既に遅し。捕虜になった兵士が韓国行きを望んでいるという話は、平壌の他の地域にも広がり、市民は様々な疑問を持つに至ったようだ。


また、この2人以外にも情報源は複数ある。ただでさえ口コミネットワークの威力の強い北朝鮮で「人の口に戸を立てる」ことは非常に困難なのだ。

デイリーNKジャパン

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