北朝鮮の国営病院、死を招く「特製薬」に怯える患者たち
2025年5月21日(水)10時7分 デイリーNKジャパン
北朝鮮では数十年にわたり、深刻な医薬品不足が続いている。国営の製薬工場は存在するものの、原材料の確保がままならず、国内の需要を満たせるだけの生産はできていない。
その不足を補っているのが、中国からの輸入品、あるいは病院や個人の医師が独自に製造した「手作り医薬品」である。しかし近年、これらの医薬品の安全性を疑問視する声が急速に広がっている。
咸鏡南道(ハムギョンナムド)・咸興(ハムン)市で発生した医療事故は、その不信感をさらに強めるきっかけとなった。現地のデイリーNK情報筋によれば、今月7日、咸興市病院で低血圧の症状を訴えて来院した40代の女性・キムさんが、医師の処方による点滴を受けた直後に死亡する事故が起きたという。
キムさんは以前から頭痛や吐き気といった症状に悩まされていたが、正規の病院ではなく、自宅で無許可に診療を行う“闇医者”のもとに通っていた。そこでは、5%ブドウ糖やアミノ酸を含む点滴液を購入して治療を受けていたという。こうした非公認の診療所は違法であるものの、短時間で診察・処方が受けられ、薬もすぐ手に入ることから、多くの市民が頼りにしていた。
一方、無料で治療を受けられる建前の咸興市病院でも、実際には診察や投薬に料金がかかるのが実情だ。手術などを必要とする重篤な病気でなければ、民間クリニックを選ぶ人が多い理由でもある。
事故当日、かかりつけ医が不在だったため、キムさんはやむを得ず咸興市病院を訪れ、そこで製造された点滴液を投与された。しかし、投与中に異常反応が現れ、痙攣を起こしてそのまま亡くなった。
同病院では、慢性的な薬品不足に対応するため、国の指示によりブドウ糖点滴や漢方薬などを独自に製造する体制が整えられていた。
こうした「自家製」医薬品に対しては、以前からその安全性に疑問が呈されてきたが、今回の事故により住民の不信感はさらに強まっていると、情報筋は伝えている。
同様の事例は過去にも発生している。たとえば2019年6月には、両江道(リャンガンド)・三池淵(サムジヨン)市病院で、医師が化学調味料や農薬を水に溶かした液体を点滴として患者に投与し、調合に失敗して患者を死亡させた。この医師は後に処刑されたと報じられている。
さらに2022年には、平安南道(ピョンアンナムド)の病院で、食塩水にアヘンを混ぜた注射を患者に投与し、死亡させる事故も起きている。こうした“手作り医薬品”による医療事故は後を絶たない。
今回の咸興市病院での医療事故について、関与した医師に対する具体的な処分は明らかになっていない。