阪神・湯浅 「やっとここからまた始まる」国指定の難病克服し544日ぶり1軍登板で1回零封
2025年4月30日(水)5時15分 スポーツニッポン
◇セ・リーグ 阪神1-4中日(2025年4月29日 バンテリンD)
阪神は29日、中日戦(バンテリンドーム)に1—4で敗れ、今季初の9連戦は黒星スタートとなった。国指定の難病「胸椎黄色じん帯骨化症」からの復活を目指す湯浅京己投手(25)が23年11月2日の日本シリーズ第5戦のオリックス戦(甲子園)以来、544日ぶりの1軍登板で1回零封。不屈の精神でマウンドに帰ってきた剛腕が、2連敗となったチームに活力をもたらす。
右手を頭上に掲げセットポジションに入る。湯浅は取り戻した投球フォームで腕を振った。
「緊張した。何も覚えてない」。3点劣勢の7回に登板。544日ぶりの1軍マウンドで頭は真っ白になりながらも、1回1安打無失点という欲しかった結果は残った。直球の最速は150キロを計測。1死二塁のピンチも「絶対点やらん」と後続を断った。
昨年3月から原因不明の微熱が1カ月続く体調不良や右足の脱力感に悩まされてきた。「140キロぐらい出ているのにリリースの感覚がないんです」
異常を感じながらも復活をかける1年で立ち止まることはできなかった。投球フォームを一からつくり直すなど試行錯誤する中、「胸椎黄色じん帯骨化症」と分かったのは夏を迎える頃だった。同年8月に手術を受けて再出発。2月22日の韓国・ハンファ戦で実戦復帰を果たしたが「ちょっとなめていました。そこからがめちゃくちゃしんどかったので」と道のりは平たんではなかった。
「(今年も)3月に2、3回症状が出て。一回出たら続く。3月が一番しんどかった」。右足のしびれはいつも突然で立て続けにやってきた。
「投げては、はぁ…またか…ってため息の繰り返しで。手術をしてもそんな簡単じゃないな、難しいなって」。血流を良くするために温冷交代浴やサウナを試しても逆効果という絶望も味わい「症状が出た時にいろいろ試そうとやったけど、ひどくなって…」と気持ちが折れかけたのは一度や二度ではない。
それでも、時間は無駄にしなかった。トレーナーの紹介で試した高周波治療器を「感覚が良かった」と自宅用にも購入。「治療器は高かったですけど、少しでも自分の体にプラスになるならと思って」と戻るべき場所へ、歩みを進めてきた。
潮目が変わったのは4月4日。ウエスタン・リーグの中日戦で1回1失点も「今まで気持ち悪かったのがなくなってリリースに力が入るようになってきた」と大きな手応えを得ていた。
「マウンドでいっぱい投げる姿を見せて、恩返ししていけるように。やっとここからまた始まる」
地獄からはい上がってきた男は、ひと息つくことなく前を向いた。 (遠藤 礼)
【湯浅の経過】
▽24年8月25日 福島県内の病院で「胸椎黄色じん帯骨化切除術」を受け、退院。
▽9月16日 約20メートルの距離でキャッチボールを再開。
▽10月22日 秋季練習初日、藤川新監督から「慌てなくていい」と激励される。
▽11月20日 契約更改交渉に臨み、開幕1軍と勝利の方程式入りの2大目標を掲げる。
▽同30日 術後初めてのブルペン入り。
▽25年1月10日 リハビリの拠点を鳴尾浜から沖縄に移す。
▽2月1日 具志川キャンプ初日、ブルペンで直球のみ30球。
▽同12日 術後初の実戦形式となるシート打撃に登板。打者6人に最速150キロを含む27球で安打性1本。
▽同22日 韓国・ハンファとの練習試合で227日ぶりの実戦復帰。最速149キロ、1回を1安打1失点。
▽3月28日 ウエスタン・リーグのくふうハヤテ戦で術後初の連投。
▽4月19日 ウエスタン・リーグの広島戦に登板し、1回無失点で今季初セーブ。
▽4月24日 23年以来2年ぶりに1軍登録される。