世界3位となった<日本の美容外科医数>。その背景には過酷な働き方からの逃避も…医師「術後トラブルが増加中。医療への信頼に<タダ乗り>の指摘も」
2025年3月30日(日)6時30分 婦人公論.jp
(イメージ写真:stock.adobe.com)
世界的に高く評価されている日本の医師制度。しかし、OECDの医療統計によると、人口1000人あたりの医師数は、日本は2.6人。OECD37か国の平均である3.7人を大きく下回ります。日本国内では近年、医師不足や診療科の偏在、医学部受験の加熱など、さまざまな問題が表面化してきました。そのようななか、千葉大学医学部在学中に国家公務員総合職採用試験に合格し、現在は慶應義塾大学医学部特任助教でもある、医師の木下翔太郎さんは日本の医療の現在地をさまざまなデータから俯瞰。いびつな構造を指摘します。そこで今回は、木下さんの著書『現代日本の医療問題』から、一部引用、再編集してお届けします。
日本は美容医療の盛んな国
韓国では美容整形が盛んで、医療ツーリズムにも貢献していることを前節で紹介しました。しかし、近年では、外科系など美容整形以外を専門としていた医師が、過酷な働き方から逃れるために、美容整形に転科するという傾向が続いており、医師の診療科偏在に拍車をかけている状況があります。
実は、こうした現象は韓国だけでなく、日本や中国でもみられています。実際に、国際美容外科学会(ISAPS)が2024年6月に公表したグローバル調査によると、美容整形手術は世界的に増加していますが、美容外科医の数では、日本(第3位)、中国(第4位)、韓国(第6位)と、東アジア地域が目立って多いことがわかっています(図15)。
『現代日本の医療問題』 (著:木下翔太郎/星海社新書) 図を拡大
これらの国々に共通する点として、診療科の選択に関する規制がほとんどないことから、なりたい診療科になることができ、診療科を変更することも容易であること、外科系などで医師不足により労働環境が厳しい状況が続いているということがあります※1 。
日本が美容外科医の数で世界第3位と聞くと驚かれる方も多いのではないでしょうか。
こうした医師数のカウントは、美容外科の定義や調査方法によって大きく変動するため、ISAPSの調査が実態を正確に表しているかどうかという点では議論があるかと思いますが、こうした調査では、日本は海外と比較して美容医療への抵抗が少なく、盛んな国として以前からみられてきたようです※2。
施術数が3倍に増加
そうした中で、日本では、近年特に美容医療を行うクリニックなどが急増しています。
『現代日本の医療問題』 (著:木下翔太郎/星海社新書)
厚生労働省の調査によると、全国の美容医療の施術数は、2019年の約123万回から、2022年には約373万回と3倍程度に増加していることがわかっています※3。
美容医療といっても幅が広いですが、例えば2022年に行われた外科的手技によるものだと眼瞼形成(まぶたを二重にするなど)45・4万回、フェイスリフト(顔のしわ・たるみの改善)8・4万回の順に多く、非外科的手術によるものでは脱毛が61・2万回、ボツリヌス菌毒素注入(しわの改善など)が55・7万回の順に多かったと報告されています。
こうした美容医療が増加した理由としては、さまざまな要因があると考えられますが、一つに若い世代の価値観の変化があります。リクルート社の2023年の調査によれば、美容医療を受けることについて、10〜20代の女性と20代の男性の半数以上が「抵抗感・違和感がない」と回答しており、他の世代よりも多くなっています(図16)。
『現代日本の医療問題』 (著:木下翔太郎/星海社新書) 図を拡大
美容医療に携わる医師も急増、3倍に
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そして、このようなニーズの高まりを受け、美容医療に従事する医師も増加しています。厚生労働省の調査によると、2008年から2022年にかけて、診療所に勤務する医師全体が1・1倍とほぼ横ばいとなっている中で、美容外科に従事する医師は2008年から2018年までで2倍、2008年から2022年までで3倍となっています※3。
これは、他の診療科よりも増加が著しいことはもちろん、2019年から2022年までで1・5倍に増えているということになり、わずか数年間の間に急増しているということができます。
なお、美容外科医以外にも、外科的手技は形成外科医、非外科的手技などは皮膚科医が行うこともあり、これらの医師も増加傾向にあることから、美容医療全体の規模も大きくなっていると考えられます。
また、美容医療の特徴の一つに、都心に集中しているというものがあります。例えば美容外科医の分布を都道府県別にみると、東京、大阪、福岡、愛知など大都市圏に集中していることがわかります。
若い世代にニーズ
これは、美容医療が、一般医療と異なりビジネス的観点から需要の多い地域に集中しているからと推察されます。
こうした急激な美容医療の増加は、若い世代のニーズに応えたものなのかもしれませんが、問題もあります。美容医療は保険適用されない自由診療にあたるため、価格設定が医療機関によってばらつきがあります。
保険診療の場合は、同じ治療・医薬品であれば全国一律の価格になるため、患者がおかしな値段で治療を受けることはありません。しかし、自由診療の場合は、患者側が適正価格や相場がわからないため、交渉次第では非常に高額な契約を結ばされてしまうこともあります。
例えば、広告をみて来院した患者に対し、理由をつけて広告よりも高い値段で契約させたり、広告とは別の高額の治療を勧誘したりといった、ビジネス的な顧客単価向上(アップセル)手法が多く行われていることも問題視されています。
行政機関への相談増加
また、美容医療特有の問題として、疾患の治療ではないことから、施術後の結果・効果に患者側が納得いかないケースや、治療の副作用や合併症などが生じるケースなど、さまざまなトラブルが生じます。こうしたトラブルが生じた際に、患者側が納得いくアフターフォローがされないケースも多く、行政機関などへ相談するケースが近年増加しています。
全国の消費生活センターなどの公的機関に寄せられる美容医療に関する相談件数は、2018年に1741件だったものが年々増加し、2022年には3462件、2023年には5507件と急増しています。
相談内容は、2023年度の調査(複数回答可)では、契約に関して「解約(全般)」が2287件、「返金」が2155件、料金に関して「高価格・料金」が1278件、施術に関して「施術不良」が1070件、アフターサービスに関して「連絡不能」が1199件など、多岐にわたるトラブルが生じていることがわかります※3。
現代医学が全くリスクのないものではない、という側面はもちろんあります。一般の保険診療における治療においても、薬の副作用・アレルギーが生じてしまったり、美容以外の外科系の手術においても合併症が生じたりすることもあります。美容外科は外科的な処置なども行う以上、合併症のリスクをゼロにすることは難しいでしょう。
しかし、通常の医療であれば、そうしたリスクについてきちんと事前に説明し、もしそうした事象が生じてしまった場合は責任をもって対応する、ということで、医師—患者間の信頼が保たれているといえます。
前述の消費生活センターへの相談内容をみると、「施術不良」以外の契約・料金に関する相談が多いことや、アフターサービスにおいて「連絡不能」が多数存在しているという点が、異様な点であるといえます。
適切なアフターフォローがないことも
日本美容外科学会が厚労省の検討会で例示した問題のある美容医療の例をみると、普通の医療とは大きく異なる実態がみえます(表‑15、‑16)。
『現代日本の医療問題』 (著:木下翔太郎/星海社新書) 表を拡大
通常のビジネスではありえない、このような酷い営業などが横行している背景について、日本美容外科学会は「医療機関という信用があり『営業』としてはやりやすい環境にある」などと説明しています。こうした事例は、医療全体、特に保険診療に従事してきた医療従事者たちが築いてきた、医療への信頼に”タダ乗り”している上、それを毀損する行為でもあり、問題があります。
『現代日本の医療問題』 (著:木下翔太郎/星海社新書) 表を拡大
さらに、こうした美容医療によって生じた副作用や合併症の対応・治療において、悪徳な美容医療機関は適切なアフターフォローを提供しておらず、結果としてその対応・治療は、他の一般医療機関、保険診療の世界がカバーすることになります。
これも、「いざとなれば患者は他の医療機関で安くて質の高い治療を受けられる」、という日本の医療制度にタダ乗りしていることになります。実際、こうした合併症などの対応を丸投げされるような酷いケースも増えていることから、こうした美容医療を問題視する声は医療界の中でも年々高まっています。
※1 Kinoshita, S., Wang, S., & Kishimoto, T. (2024). Uneven Distribution of Physicians by Specialty in East Asia. Journal of Korean Medical Science, 39 (12).
※2 ISAPS. ISAPS INTERNATIONAL SURVEY ON AESTHETIC/COSMETIC PROCEDURES performed in 2023
https://www.isaps.org/media/rxnfqibn/isaps-global-survey_2023.pdf
※3 厚生労働省、 『資料1 美容医療に関する現状について』https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/001363278.pdf
※本稿は、『現代日本の医療問題』(星海社)の一部を再編集したものです。
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