習近平主席はトランプ大統領の"弱点"を見抜いている…テスラやウォルマートを自滅させる「関税合戦」の大誤算
2025年5月5日(月)9時15分 プレジデント社
■トランプの対中強硬姿勢に早くも綻び
4月後半になって、トランプ大統領の強気一辺倒だった政策姿勢に少しずつ変化が表れている。特に、中国に対して、関税率を145%まで引き上げ、徹底して圧力をかけるスタンスは後退している。同氏は、毎日、中国と連絡を取り合っていると述べているが、中国サイドは貿易交渉を行っていないとすげない態度をとっている。
写真=共同通信社
2025年4月15日、ベトナムの首都ハノイで、ルオン・クオン国家主席と会談する中国の習近平国家主席 - 写真=共同通信社
政権発足当初、トランプ氏は自信満々の様子だったが、政権発足から100日を経過し、金融市場の反応などで政策運営の馬脚を現しつつある。一方、最大の標的である中国は、徐々に対トランプ氏の政策に自信を持ち始めているようだ。
その背景には、対中関税をはじめトランプ氏の政策が、米国経済に深刻な打撃を与えるとする企業経営者や消費者の心理がある。中国はその展開を想定し、時間軸を広げて対米の貿易戦争に臨む方針なのだろう。
ただ、トランプ氏の行動は読みづらく、今後も世界の経済に不確実性を与える政策を続ける可能性は残るだろう。4月17日、連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長の解任論が再度浮上し、米金利は上昇した。金利上昇は、投資家だけでなく、米国の消費者や企業経営者の懸念を追加的に煽(あお)った。そうした事態は、これからも発生する可能性は払拭できない。そのリスクだけは覚悟しておいたほうがよい。
■中国に弱点を見透かされるトランプ氏
トランプ大統領は、おそらく自身の思いつきで中国に対する追加関税率を145%に引き上げた。それに対して中国は、即座に徹底抗戦の構えを示し125%に関税率を引き上げた。
4月下旬、ベッセント財務長官は、中国との緊張感の緩和が重要として関税引き下げに含みを持たせた。その発言は、米中貿易戦争が米国の国債経済に与える影響の大きさを物語っているともいえるだろう。これ以上貿易戦争を拡大させてしまうと、米国にも重大なマイナスの影響が出るためだ。
政治・経済・安全保障などあらゆる面で、米国と中国は競合している。米国にとって、中国は最大の脅威であることは間違いない。その一方、米中は経済面で相互依存度を深めている。米国のナイキやギャップなどは、中国の安価な労働力を活かして製品を製造し、価格競争力を高めた。
その上でブランド価値を磨き、国際的な企業として成長した。また、2000年代以降、米アップルは国内では高付加価値型のソフトウェア開発に集中した。製品の生産は、主に中国の企業に委託した(水平分業体制)。
■トランプ構想には明確な弱点がある
米国と中国は、互いに比較優位性の高い分野にヒト、モノ、カネを配分し、高い経済成長を達成してきた。デジタル化の進展で、世界で“ジャスト・イン・タイム”の供給網(サプライチェーン)の構築も加速した。
そうした世界経済の構造の中、のこぎりでパイプを切るようなイメージでトランプ氏は関税を引き上げ、米国に製造拠点を移し自国経済を再び偉大にすると宣言した。
問題は、短時間にそれができないことだ。米国には熟練の労働者がいない。人件費も高い。米国で製造活動を活発化するには時間がかかる。その中で政策的に供給網を寸断すれば米国の需給バランスは悪化せざるを得ない。その時間差を埋める手立てが見えない。トランプ構想の明確な弱点だ。
■小売業界から高まる悲鳴と懸念
そうした展開を予想し、中国は関税の引き上げ合戦には付き合わないと表明したのだろう。その背景には、米国の経済・金融市場は放っておけば自然と崩れるとの判断があったはずだ。実際、米国でも同様の懸念を持つ企業経営者が増えた。
4月21日、大統領執務室でトランプ氏は、ウォルマート、ホーム・デポはじめ大手小売企業の最高経営責任者(CEO)と非公式な会談を行った。多くの参加者は、異口同音にトランプ政策に対する深刻な懸念を伝えたようだ。
特に、145%の対中関税は小売業者にとって死活問題に違いない。米国で販売されている日用品や家電、衣類、玩具などの多くは中国の企業が供給している。そうした製品が事実上、輸入できないとなると、米国の小売企業にとっては死活問題だ。それは、米国の消費者にも重要なマイナスになる。
一部のCEOは、「サプライチェーンの寸断、駆け込み需要による在庫の枯渇で、まもなく店頭が空になる」と厳しい見方を伝えたという。小売業トップは、金利上昇のリスクも大統領に伝えた可能性は高い。
■「FRB議長解任」をとどまった政策転換の兆し
近年、米国の低所得層では、金利上昇もありカード延滞率は上昇した。住宅ローン金利も高止まり傾向にある。トランプ政権の発足以降、新規の失業保険申請者件数も増加傾向だ。トランプ政策の不確実性上昇を嫌って、米国債を売る動きが増えると金利に一段の上昇圧力がかかり、個人消費への打撃は大きくなるはずだ。
4月17日、トランプ氏がパウエル議長の解任を主張し、再度、米金利が上昇して米国売りが再燃した。ベッセント財務長官は解任を思いとどまるよう忠告したが、当初、トランプ氏は聞く耳を持たなかったようだ。ところがニュースで報じられると、米国債売りの圧力が一挙に高まった。それを見て、トランプ氏もやむなく、パウエル氏の解任を思いとどまらざるを得なかった。
小売企業トップと会談後の22日、トランプ氏はFRB議長解任論を撤回した。翌日、「トランプ政権は中国の出方次第で対中関税を50~65%に下げる可能性がある」との報道も出た。主要投資家に加え、米国経済を支える有力企業のCEOが強い懸念を表明したのも、中国の想定通りだったかもしれない。
■トランプ関税は“蜜月”のテスラにも打撃
金融や他の業界からも、トランプ政策で米国の経済に大打撃があるとの懸念は増えた。1~3月期の決算で、EV大手テスラの収益は市場予想を下回った。同社はトランプ関税の影響などにより、設備投資見通しも下方修正した。
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse
政府効率化省(DOGE)トップのイーロン・マスク氏は、政府に割く時間を減らしテスラの事業運営に軸足を移す必要が高まったようだ。先行きに懸念を強める企業経営者が増加すれば、米国の雇用環境は悪化し、個人消費は減少するだろう。
その一方、ドル安による輸入物価の上昇、物流や資材調達費の増加から、景気後退と物価上昇が同時に進行するリスクは上昇している。それは、米国の住宅や株価の下落につながる可能性が高い。
米国の世論でも、そうした懸念は増え始めたようだ。4月中旬に発表された世論調査では、大統領支持率が50%を下回る結果が増えた。中には、最初の3カ月間の平均支持率は、第2次世界大戦後の歴代大統領の中で最低との調査結果もあった。
さらなる支持率低下を避けるため、目先、トランプ氏やベッセント財務長官は対中緊張感の緩和を重視するだろう。それは、株式など資産価格の下支えと有権者の支持の維持につながる可能性を持つ。
■「我慢比べレース」の勝者はまもなくわかる
ただ、中長期的に見ると、中国は政治・経済・安全保障の分野で米国を追いかけ続ける。最近、中国のファーウェイは、新型のAIチップ(アセンド910C、920)を投入予定と報じられた。
米国が基軸国家の地位を守るため、中長期的に対中引き締め策は強化せざるをえないだろう。トランプ政権は、関税、防衛負担引き上げで圧力をかけ、米国の政策に強引に従わせようとしている。今のところ、トランプ政権のスタンスは大きく変わらないだろう。
一方、トランプ政権の発足以降、米ドルは主要通貨に対して下落した。トランプ氏の政策は世論の批判や懸念を高めただけでなく、国際経済での基軸国家としての米国の地位の低下が加速するきっかけになったとみられる。それは長い目で見て、米国のメリットにはなりにくい。世界の投資家はそれに気づき始めているはずだ。
その証拠に金価格が大きく上昇した。金がドルの代わりになっているからだ。中国はそれに気が付いているはずだ。トランプVS習近平の我慢比べレースの行方が、徐々に明確になってくるだろう。
----------
真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
----------
(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
関連記事(外部サイト)
注目されているトピックス
-
声の主はジャムおじさん!?「お〜は〜よ」で始まった嵩の運命の1日【あんぱん第26回レビュー】
『あんぱん』第26回より写真提供:NHK日本人の朝のはじまりに寄り添ってきた朝ドラこと連続テレビ小説。その歴史は1961年から64年間にも及びます。毎日、15分…
5月5日(月)16時0分 ダイヤモンドオンライン
-
子どもの「コミュ力」が一発で上がる!親が2秒でできる神習慣
写真はイメージですPhoto:PIXTA「コミュ力=学力と同じくらい大切」。そう語るのは、日米で学習塾を経営し25年間で延べ5000名以上のバイリンガルを育成し…
5月5日(月)12時30分 ダイヤモンドオンライン
-
「もしもーし?」突然スマホが通信不能に…東京や大阪で多発する「偽基地局」詐欺、ターゲットは誰なのか
写真はイメージですPhoto:PIXTA「あれ?圏外になった」「もしもーし?」。最近、渋谷や池袋、大阪心斎橋などの繁華街で、突然スマホが使えなくなる不可解な現象…
5月5日(月)8時45分 ダイヤモンドオンライン
-
【シンプルすぎ最強】成功者がしているたった1つの習慣
ずば抜けて実務能力が高くなくても人より成果を上げられる人は何が違うのか。今、ビジネスパーソンから経営者まで数多くの相談を受けている“悩み「解消」のスペシャリスト…
5月5日(月)8時5分 ダイヤモンドオンライン
-
習近平主席はトランプ大統領の"弱点"を見抜いている…テスラやウォルマートを自滅させる「関税合戦」の大誤算
トランプの対中強硬姿勢に早くも綻び4月後半になって、トランプ大統領の強気一辺倒だった政策姿勢に少しずつ変化が表れている。特に、中国に対して、関税率を145%まで…
5月5日(月)9時15分 プレジデント社
-
罪のない「6歳の男児」が犠牲に…関東大震災で壊滅状態になった帝都・東京で起きた"理不尽すぎる事件"
1923年9月1日に発生した関東大震災では、大混乱の中でさまざまなデマが飛び交った。その中には、「朝鮮人が暴動を起こした」といったものもあり、憲兵や自警団が討伐…
5月5日(月)9時15分 プレジデント社
-
トランプ大統領はなぜ支持されるのか? その裏にある「たった1つの不安」
トランプ大統領はなぜ支持されるのか?その裏にある「たった1つの不安」「経済とは、土地と資源の奪い合いである」ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ…
5月5日(月)8時15分 ダイヤモンドオンライン
-
八代亜紀さんは死後も男に利用されるのか…元フライデー編集長が考える「ヌード写真付きCD」の本当の問題点
なぜ私的な写真が流出したのか「八代亜紀のフルヌード付きCD」の販売は、なぜ、止められないのか?歌手の八代亜紀は2023年12月に亡くなった(享年73)が、彼女の…
5月5日(月)11時15分 プレジデント社