ノルマを達成できないと臓器をとられて海に捨てられる…軽い気持ちで「闇バイト」に応募した若者が向かう地獄
2025年4月21日(月)18時15分 プレジデント社
霞が関にある中央合同庁舎第2号館(写真=Wiiii/CC-BY-SA-3.0,2.5,2.0,1.0/Wikimedia Commons)
■警察が発表した「闇バイト」の驚くべき実態
4月3日、警察庁が発表した組織犯罪情勢によると、暴力団勢力は、警察庁が統計を取り始めた1958年以降、初めて2万人を下回った。一方で、メンバーらがSNSでつながり離散集合を繰り返し、犯罪を通して資金獲得を行う「匿名・流動型犯罪グループ(以下トクリュウ)」の活動が深刻化していることが明らかになった。
霞が関にある中央合同庁舎第2号館(写真=Wiiii/CC-BY-SA-3.0,2.5,2.0,1.0/Wikimedia Commons)
2024年、摘発されたトクリュウは、暴力団勢力の8249人を超える1万105人だった。
このうち約4割(3925人)は、SNS上の「闇バイト」に応募して犯罪に関与していた。
罪種別では、口座を転売するなどの犯罪収益移転防止法違反が3293人、詐欺2655人、窃盗991人、薬物事犯917人、強盗348人などとなっている。
ただ、摘発できているのは、特殊詐欺などの実行役が多く、「主犯または指示役」は1割程度(1011人)にとどまっているのが現状だ。また、犯罪の収益がマネーロンダリングされており、追跡が困難なケースが多いことも課題である。
警察庁の楠芳伸長官は3日の記者会見で「暴力団と匿名・流動型犯罪グループが互いに一定の関係を保ちながら、さまざまな資金獲得犯罪を敢行している実態がある」と述べている。
警察はアングラ化した暴力団とトクリュウが一部で連携していると考えられるとみているのだ。この点について、筆者は著書などで、元暴アウトロー(暴力団離脱後に社会復帰できず違法な資金獲得活動を行う者)や暴力団偽装離脱者等の存在を指摘している。
■ドラマのような「潜入捜査」が現実に
こうした中、警察庁は、いわゆる「仮装身分捜査」の実施要領を策定し、全国の都道府県警察本部長に通達している。
仮装身分捜査は、捜査員が犯罪の実行者の募集に応じて犯人に接触する際、架空の運転免許証や住民票等を提示して行う捜査活動のことである。
実施要領においては、対象となる犯罪を、インターネット等を通じて実行者の募集が行われていると認められる強盗、詐欺、窃盗、電子計算機使用詐欺等とし、「他の方法では犯人を検挙し、犯行を抑止することが困難と認められる場合に、相当と認められる限度において実施する」とされる。
仮装身分捜査は、警視総監や道府県警察本部長の指揮の下、あらかじめその承認を受けた「実施計画書」に基づいて捜査を実施。同計画書には「仮装身分捜査を実施することが必要かつ相当であると認める事由」「実施所属・従事体制」「実施期間」等を記載するとされる。
■これが有効打になるのか
これが「闇バイト」捜査の有効打になるのだろうか。
警察庁は「正当な業務による行為は罰しない」とする刑法35条規定を根拠として、違法にはならないと説明している。正当な業務のために身分証を偽造すること、公文書偽造にあたるも違法性が阻却されるとの立場をとっている。
これでは、捜査活動の一環であれば何をしてもいいという拡大解釈がなされかねないため、非常に問題があるという意見も根強い。
警察内部のルールのみで運用されることや、対象が市民活動の監視などにも及び、運用時の適用範囲が拡大解釈されるリスクもあるというのだ。
闇バイト実行犯の国選弁護経験がある弁護士で衆議院議員の藤原規眞氏は、2025年4月8日提出の質問主意書(質問第139号)において、「仮装身分捜査を、すべて任意捜査と捉えることには違和感を覚える」と述べている。
さらに筆者は、仮装身分捜査の法的議論に加えて、いくつかの問題点があると考える。
まず、警察の廉潔性の問題である。警察官が人を騙すということを業務として行うことで、適法捜査への国民の信頼が揺らぐ可能性が懸念される。仮装身分捜査が令状主義の例外となるならば、裁判所によるスクリーニング、いわゆる司法による統制が不可欠ではなかろうか。
■なぜ「闇バイト」応募者は海外に行くのか
次に、仮装身分捜査に携わる捜査官は、捜査期間中、配偶者をはじめ、親兄弟や友人等との接触を断たれ、公私共に別人格の人間として生活しなければならない。つまり、捜査官に選任された警察官は、意図的に社会的孤立を余儀なくされるので、過度な心理的負担を負うことは想像に難くない。
さらに、仮装身分捜査が実施されると、闇バイトのリクルーターも慎重になる。闇バイトなどの犯罪勧誘が巧妙化する可能性がある。
2024年からタイミーなど短期バイトを募集するサイトには「深夜の猫探し」という投稿が出現した。猫はレクサスなどの高級車を指し、強盗の下見だったことが指摘されている。
こうした例がこれ以上に増えるかもしれないのだ。
写真=iStock.com/Blackzheep
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Blackzheep
台湾では、高収入求人、観光、展示会、海外移住などの名目で、騙されてミャンマーなどの詐欺拠点に連れて行かれる人が数十万人にのぼるという。これだけの人数が騙されたのは、台湾での勧誘が非常に巧妙であることの証左だろう。
ちなみに、ミャンマーの詐欺拠点には日本人もいたことが報じられている。
なぜ闇バイトから海外に行くのかと思うかもしれないが、闇バイトは、一度関与してしまうと抜け出すのが極めて難しい。応募の際に免許証や住民票の画像の送付をするなどで個人情報が相手に知られる。相手からは執拗に脅され、辞めたくてもやめられない。挙句、海外へと送られてしまうことになる。
筆者がこれだけ警戒感を強くしているのは、闇バイトの危険性が、新たな局面を迎えているからだ。
■ミャンマーの犯罪拠点で行われていること
国内の詐欺拠点への取り締りが厳しくなり、犯罪組織の一部は海外に拠点を構えるようになっている。中国人などによる特殊詐欺グループは、タイとミャンマーの国境地帯に特殊詐欺の拠点を構えている。
NHKによると「ミャンマー東部の国境付近では、4年前のクーデター以降、少数民族の武装勢力による支配地域が広がるなか、中国人などによる犯罪組織が詐欺拠点を相次いで設けているとみられています」(NHK「ミャンマーで日本人の男子高校生2人保護 特殊詐欺に加担か」2025年2月18日)という。
そこで行われているのは、どうやら特殊詐欺だけではないようだ。
中国メディア「環球時報』では、23年9月にミャンマーにある詐欺拠点から救出された中国人医師が、逃亡に失敗すると下半身が黒く腫れあがるまで棒で殴られたとの証言を掲載している。
同様の証言は日本人の高校生もしている。ミャンマーで詐欺行為をやらされていた愛知県の16歳の男子高校生と宮城県の17歳の男子高校生は警察に対し、「ネットでやり取りした相手から、海外に関わる仕事があると話を持ちかけられて興味を持った。日本に詐欺の電話をかけていたが、ノルマを達成できないとスタンガンを当てられた」(同上)と話した。
写真=AFP/時事通信フォト
2025年2月18日、ミャンマー東部ミャワディ郡シュエコッコの詐欺拠点で働かされていた中国人労働者たち - 写真=AFP/時事通信フォト
■生きたままでの臓器摘出
これらの証言に、筆者は着眼した。これは、被害者の臓器を傷めないためではないか。
特殊詐欺のかけ子をさせられた人はその後どうなるのか。犯罪の内容やアジトを知られた者を、犯罪組織が解放するとは考えにくい。彼らの犯罪は、カネに始まりカネに終わるものだ。
今年1月20日に配信されたデイリー新潮の記事によれば、騙されてミャンマーに来た人たちは次々と犯罪組織に転売されるのだという。そして最後に行き着くのが、「東南アジアの最終地点」と呼ばれる、ミャンマー・カレン州ミャワディの「KK園区」だという。
「22年の詐欺拠点報道で最も恐怖の対象になった場所は、ミャンマー・カレン州ミャワディの『KK園区』である。(中略)当時の中華圏メディアは、残虐行為の象徴として『生きたままでの臓器摘出』を盛んに報じていた。KK園区に売られた人たちはすでに転売できる“商品価値”がなく、最終的には麻酔をかけられて船に乗せられ、臓器を摘出された後は海に捨てられるという内容だ。また台湾では、臓器売買目的でKK園区に人を向かわせたグループが有罪判決を受けている」(デイリー新潮1月20日配信記事)
■逮捕されるならまだマシ
台湾での報道をまとめたというnoteには、信憑性は定かではないが「KK園区では、女性がレイプされるのは当たり前。ノルマを達成できないと、水牢、暴行、トウガラシ水の拷問の途中で命を落とす者も多い。耐え抜いたとしても使い物にならない者は『豚』のように扱われ、一人ずつ(臓器提供の容器のように)売られていく」という投稿がある。
海外にも広がる闇バイトのネットワークに対し、日本の警察も手をこまねいているわけではない。
カンボジアを拠点にした複数の詐欺グループのリーダー的存在であったといわれる元関東連合の幹部、山口哲哉容疑者を逮捕しているほか、特殊詐欺犯罪に従事した被疑者を複数逮捕している。
また、ミャンマーの犯罪拠点で日本人を含む多数の外国人が特殊詐欺などの犯罪に加担させられていたとみられる問題では、国境を接しているタイ警察の幹部が日本を訪れて警察庁と協議し、詐欺組織の壊滅に向けて連携を強化していくことを確認している(NHK 2025年4月9日)。
現時点でKK園区に日本人がいたかどうかについての報道はないが、いたとしても全く不思議ではない。日本の闇バイトとKK園区は間違いなく地続きにある。
闇バイトのリスクは、逮捕されると預貯金口座が開設できないどころではなくなっている。最悪の場合、生命すら奪われる地獄がSNSの世界の先にあることを肝に銘じてほしい。
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廣末 登(ひろすえ・のぼる)
龍谷大学嘱託研究員、久留米大学非常勤講師(社会病理学)
博士(学術)。1970年福岡市生まれ。北九州市立大学社会システム研究科博士後期課程修了。専門は犯罪社会学。青少年の健全な社会化をサポートする家族社会や地域社会の整備が中心テーマ。現在、大学非常勤講師、日本キャリア開発協会のキャリアカウンセラーなどを務める傍ら、「人々の経験を書き残す者」として執筆活動を続けている。著書に『若者はなぜヤクザになったのか』(ハーベスト社)、『ヤクザになる理由』(新潮新書)、『組長の娘 ヤクザの家に生まれて』(新潮文庫)『ヤクザと介護——暴力団離脱者たちの研究』(角川新書)など。
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(龍谷大学嘱託研究員、久留米大学非常勤講師(社会病理学) 廣末 登)